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13話※ 契約

軽度なグロテスク描写があります。

軽度ではないと思われた場合お知らせください。

 地下から飛び出した私は、通路の先のただっ広い玄関ホールで足を止めた。


「ふぅ‥‥っ、ふぅっ」


 玄関ホールは消し忘れだろうか、ろうそくが灯っていて微かに明るい。相変わらず城の中は静かで、私は見つかることも気にせず息を整えることができた。


 魔人のいた塔を目指そうと思って走ってきたが、よく考えれば道がわからない。

 地下で気を失った私が目覚めた時にはもうすでにその塔にいたし、その後地下へ運ばれた時も気を失っていたから道順など見ていない。

 気を失ってばかりでいやになる。


 顔を上げてホールを見渡した。

 ここから行くなら、正面玄関から外に出るか、左右の通路を行くか、背後の階段を上がるかだ。


 魔人がいた塔はどこだったか知らない。けど、どこでもいいから探し出して見つけなければならない。でないと、間に合わない。

 早くしなければリュカが殺されてしまうかもしれない。


 ひとまず、最初に玄関へたどり着いた時の通路へ向かおうと思った。あの中庭で上った塔の渡り廊下から、魔人の元へ行けるかもしれないと考えたからだ。

 やみくもに城の中を走り回るよりはいいとも思った。


 私はまた走り出した。

 絨毯の敷かれた、鹿の首が並ぶあの廊下は確か左だ。玄関ホールを横切ろうとしたその時、何もないホールの中心で躓いた。


「あっぐぅ!」


 転んだ拍子に手をつくと、ケガをした手のひらが鋭く痛んだ。そのせいでせっかく手をついたというのに、おかしな転び方をする。

 膝を打ち、肩をぶつけた。耐えられない痛みにその場で悶絶する。


「いった‥‥! なんで‥‥っ」


 驚いたのは、呪術の効果が消えていたからではない。受け身がまともに取れなかったとはいえ、分厚い絨毯の上で転んだのに、そうとは思えないほどの痛みに襲われたからだ。


 床に転がったまま手のひらを見る。傷跡からはじゅくじゅくと血が流れていて、脈打つような痛みが再開していた。

 胸騒ぎがする。


 リュカの身になにかあったんじゃ‥‥?


 気が気ではなく、すぐに立ち上がろうとしたけれど、膝も肘も肩も激痛に震えて、痛みと疲労のせいで息もできなくて、もう走るどころか起き上がることもできなかった。


「リュカ‥‥っ! 無事でいて‥‥!」


 体は自由に動かないが、それでも這ってでも進もうと顔を上げると、今度は肩が痛んだ。地下の扉にぶつけ、転んだ時も打った箇所だ。

 前進しようと膝に力を入れると、そこも痛んだ。階段にぶつけた方の膝だ。さっきぶつけた反対側の膝も曲げると痛んだ。脛の痛みも健在だ。

 満身創痍とはこのことだった。


 痛みの中、不安が脳裏をよぎる。

 もし、リュカになにかあったんだとしたら‥‥。


 頭を振って不安を取り払おうとする。が、不安はへばりついたように残り続けた。

 けど、想像で動けなくなるのはもう嫌だった。できるだけ現実的なことを考える。


 呪術が切れて、あの三人が解放されたんだとしたら‥‥。間違いなくやつらは私を追ってここまで来るだろう。なら、どうしたらいいか?


 リュカが私を逃がしてくれたことは無駄にしたくなかった。


「隠れなきゃ‥‥」


 私は痛む腕を前に伸ばした。


 極力血の跡が残らないようにケガした手はポケットに入れて、ずりずりと這う。幸いホールに敷かれた絨毯は赤っぽいような黒いような色をしていたので、なんとか血の跡は残さずすみそうだった。残ったとしてもこの暗さでは気づかれないだろう。


 激痛に耐えながら進み、地下通路が開いたために左右に移動した二階への階段、その死角にどうにか隠れた。


 一旦隠れて、それから‥‥これから、どうしよう? 頭を振った。今は考えている暇はない。私は手のひらをぐっと握る。


 試しに歩けるかどうかの確認で足の状態を見てみる。リュカが痛そうと言っていただけあって、脛は黒くなって腫れていた。左右の膝も内出血しているように赤黒く腫れている。


 ろうそくの心もとない明かりの下だから余計黒く見えるだけで、きっと蛍光灯の下ならもっとマシな色をしているはず‥‥。そう思うことにした。


 じっとしていても止まない痛みに顔を歪ませていると、想像通り通路の方から数人の足音が聞こえてきた。思ったよりもはやい。

 私は息を止める。


 男たちは玄関ホールの真ん中で立ち止まったようだ。


「あの女どこ行ったわけ!?」

「あーっくそ! 寝不足確定じゃねーかぁ!」

「そんなことどうだっていいんだよ! 朝日が昇る前に見つけ出して、連れ戻す。じゃないと僕らの不始末をどうやって挽回するのさ!? あんなのに操られて!」


 二人の男の声が聞こえる。

 一人は私の手を痛めつけた男で、もう一人はこん棒を持っていた男だ。私は息をひそめて様子を伺った。


「挽回‥‥ううん。あんなガキ一人に、僕ら三人がまとめて操られたんだよ? この失態‥‥どうやったって取り繕えないよ! せめて女を見つけ出して、ローベルト様が納得するように丁寧に殺すしかない‥‥」

「はぁーっ、たく。仕方ねぇ。俺はあっち行くからお前はそっちな。どうにか俺だけは許してもらえるよう言わねぇとなぁー。俺が先に見つけっから」

「はぁ? 僕が先に見つけるもんね。絶対ほえ面かかせてやる」


 言いあいながら、二人は別々の方向へ行ってしまった。ひとまずはほっと胸をなでおろす。

 さて、追っ手はいったし、呼吸も整った。体は‥‥。


「い‥‥っ」


 ゆっくりと動かした足は、膝が割れるように痛んだ。肩も、手のひらも疼くような痛みが続いている。けど、上半身は別に痛みを感じたって問題ない。足が使えれば前に進める。


 先ほどの男たちはリュカのことを話していた。

 捕まえるのは私だけという話だったから、もしかしたらリュカはすでに捕まってしまったのだろうか。


 ‥‥死んでいる、とは考えたくなかった。


 リュカのことだから、きっと大丈夫。

 大丈夫。

 大丈夫‥‥だよね?


 大丈夫と信じて、今は魔人を探そう。


 私はしぃんとするホールの様子をうかがった。男はローベルトを入れてあと二人いたはずだ。奴らも追ってくるはず‥‥。しかし、待っても誰も通らなかった。


 追手がいないならここを離れても大丈夫だろうか。今出ていったら、左右の通路へ向かった二人と鉢合わせたりするだろうか。なら、階段を上がってみようか。


 緊張が増してきたので、一度深呼吸をする。


 ‥‥魔人を探し出したら、契約をして、リュカを助けに行く。


「よし‥‥っ」


 私はもう一度体に力を入れた。


「‥‥っ!」


 やっぱり膝が痛む。

 いや、痛いなんてものじゃない。膝を中心に上と下が切り離されたみたいな感じたことのない痛みを感じる。

 なんとか階段の手すりにつかまって立ち上がったものの、両膝とも似たような状況で、松葉づえでもなければ力が抜けそうだった。すでに力を抜いて座り込みたかったけど、踏ん張る。


「‥‥は」


 バランスを取り、震える小鹿のような膝でなんとか立ち続ける。次は、進む。足を一歩だし、床につける。そちらの足に体重をかけ‥‥。


「うっ」


 転んだ。

 やはり、だめなのだろうか? そう思い閉じた瞼の裏に、今までのリュカの姿が見えた。


 飛行機の中で私を見あげていたぬいぐるみの姿。クローゼットから顔を出したホラーな顔。私が泣き喚いてわがままを言って困らせても傍にいてくれた優しい人。拷問を受けそうになったところを助けてくれて、すべてを引き受けて私を逃がし一人残った、リュカ。


 諦めるわけにはいかない!


 私はもう一度体に力を込めた。


「あ、あきらめない‥‥っ」

「いいえ。諦めなさい」

「‥‥っ!」


 突然の声に驚き振り返ると、階段の上に三人目の男が立っていた。

 男は階段から飛び降りて私の目の前に着地すると、深いため息をつく。


「本当に、うんざりする。あいつらは何をしているんだか」


 そう言って私の髪の毛を鷲掴みにする。


「は、はなしてっ!」

「ああ‥‥“黙りなさい”」

「‥‥っ」


 また、声が出なくなった。私は男を見上げる。


「ここは一部の客室が近くてねぇ。儀式が終わって寝ている御来賓の方々を貴方の悲鳴で起こしてしまうのは悪いでしょう? ‥‥それに、さんざんやってくれた貴方は特別に、ローベルト子爵が直々に楽しまれたいとのことですからね。できるだけいい反応を示して、少しでも子爵の機嫌を取ってもらいたいですね」


 そう言って、抵抗する私を引きずって地下通路へ向かい歩き出した。


「はぁ、まさか夢の国まで乗り込んでくるなんて思ってもみませんでした。おかげで少しは子爵の機嫌がよくなったからいいものの‥‥。とんだ誤算でしたねぇ‥‥。次はおかしな介入がないよう、術式を変えなければ‥‥。やることが山のようですよ」


 独り言を呟きながら男は進む。

 私を掴む手には一切の躊躇いも優しさもない。この人たちにとって、私は道具とか、物なんだと改めて実感する。


 儀式に使うための、ただそれだけのために存在するモノ。


「やめて! 離してっ! いや! いやぁー!」


 髪の毛が抜けてもなんでもいいと、私は暴れまくった。

 抵抗むなしく、どんどんとホールから地下通路の方へ引きずられていく。


 カーペットに爪を立て、やがてその感触が冷たい石に変わる。爪が床の変なところに引っかかり、割れ、はがれても必死に立て続けた。

 しかし、抵抗などほとんど意味がなく、地下通路の天井が視界に入るといよいよもうダメだという気持ちになった。


 遠くなるホールが薄暗いはずなのに明るく見える。あの明るさの中にはもう戻れない、本当に終わってしまうんだ、と涙が滲む。


 リュカが身を挺して助けてくれたのに、結局意味がなかったわけだ。


 捕まった彼は無事だろうか?

 せめて彼だけは無事であってほしい。


 私は最後にもう一度ホールへ視線を向けた。あれが最後に見る地下以外の景色かもしれないから、見ておきたかった。


 涙でぼやける視界、ホールに人影がある。見間違いかと瞬きをする。


 いいや、見間違いなんかじゃない。ちゃんとそこにいる。その影は地下通路の手前で立ち止まり、じっと私を見ている。


 それは魔人と名乗った男だった。


 男は笑っていた。笑って、言った。


「小娘、契約すると言え。すれば、死なずにすむぞ」

「なにっ。魔人か!」


 私を掴んだ男が振り返り、その拍子に私は石壁に頭をぶつける。けれど、痛みなんかに囚われている時間はなかった。


 これがきっと最後のチャンスなのだと私は、出ない声を振り絞って叫んだ。


「する! 契約する!! 私を、助けてぇ!!」


 呼吸の音だけが喉を震わせる。私の耳にすら何の言葉も届いていない。

 けれど、魔人には届いたようだ。


 遠くで、満足そうな声がする。


「成った」


 途端に体が自由になった。

 引っ張られていた力がなくなり、勢い余って仰向けに倒れる。重力のままにつかまれていた髪の毛が顔に落ちてくる。鈍い音を立てて私の後頭部が床にぶつかる。


「い‥‥っ」


 声が出るようになっていたことに気が付く間もなく、耳元でぼとんと、なにかが落ちてくる音がした。続いて、あたたかな、冷たいような、雨が降ってくる。


 生臭い、赤い、べたつく、塩辛い、独特な鉄の味。

 これは、‥‥血の雨。


「きゃああ!」


 見上げたそこには、さきほどまで私を引きずっていた男の下半身だけが立っていた。その体から噴き出した血が私に降り注いでいる。


 叫ぶと口の中に血が入る。けれど悲鳴が止まらない。


 瞬きせず見ていたはずなのに、下半身は突然消えた。


「な‥‥に? なにが、起きて‥‥」


 頭を動かし消えた男を探す。

 私の頭の先に足のついたままの靴と、腕が残されていた。男は、それだけ残して消えてしまった。


「ほれ、立て娘。さぁ晩餐の続きじゃ。いや、デザートというべきか」


 いつの間にかそばに来ていた魔人は、にんまり笑って私の腕を優しく引いた。痛む腕と肩を庇いながら起き上がる。

 しかし、私の足にはもうまともに力が入らない。


 いつまでも立ち上がらない私を見て魔人は首をかしげる。


「立てんのか?」

「あ、足‥‥痛くて‥‥」


 その場で座り込む私を見下ろし魔人は一瞬めんどうくさそうな顔をしたが、次の瞬間にはひょいっと持ち上げて、その肩に担ぎ上げた。

 魔人は地下へ向かっていく。


「どこに‥‥」

「儀式の間じゃ」

「‥‥どう、して」

「ローベルトのやつがそこにおろう? だから向かうのよ。まさか、逃げようなどと言うつもりじゃなかろうな?」


 そこにはリュカもいる。なら、向かうのは大賛成だ。そもそもそのつもりだったのだから。


 けど、なぜ魔人は協力してくれるのだろう? まだ私はそれを伝えていないのに。


「なんで‥‥」

「ん? おかしなことを聞く。わしとおって、逃げる必要などどこにある」

「そうじゃ、なくて‥‥。どうして、ローベルトを‥‥? 仲間なんじゃないの‥‥?」

「さっきも話したと思うがのぅ‥‥。簡単じゃ。奴とわしは仲間ではないからよ。これから城をあとにするのに、追ってこられてもめんどうじゃからのぅ。追ってこれんようするんじゃよ。それに、貴様とてそれを望むじゃろう?」

「‥‥」


 魔人が立ち止まった。


「望まぬか?」

「‥‥わからない。けど、この先にはリュカがいるの‥‥。私は、リュカを助けたい。だから、お願い」


 魔人が喉を鳴らして楽しそうに笑った。


「そうじゃそうじゃ、それでよい。さぁ、生意気な子ネズミを食いに行くぞ」


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