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12話-2 儀式

 理解すると、恐怖と屈辱がせり上がってきて溢れだした。


「やだやだやだ! いやだぁーー!」


 しかし、拘束された私一人の抵抗なんか複数の男の人に通用するはずもなかった。


 激しい抵抗を続けるさなか、私の頭にはいろいろな景色が流れるように見えては消えを繰り返した。走馬灯というやつだと思った。


 リュカのいう通り、飛行機に乗っていればよかった。百年でも、二百年でも、安全なところだというなら、あの飛行機の中にいればよかった。


 ああ、いや。

 いやだ。

 痛い、こわい、つらい。


 こんなことならリュカに殺してもらえばよかった。


 誰も助けてくれない。リュカだって消えてしまった。


 ああ、そもそも私はリュカが助けなきゃいけないミズキママじゃない。それに気がついて、きっと夢の中に帰っちゃったんだ。


 私を助けてくれる人はここにはいない。あの魔人って人も助けてくれない。契約しておけば助けてくれたんだろうか?


 そんなこと全部今更だ。

 今更!


 ああ、こわい。ここにきて、後悔ばかりしてる。


 こわい。こわい。こわい。

 こわい‥‥!


「誰か、助けて‥‥!」


 その声はただの呼吸音となって喉を通過するだけだった。

 その時だった。


「呪術 踊る子供たち!」

「あっ!?」


 突然、こん棒を持った男が私の足を持ち上げている男に殴りかかった。男は避けたが、その拍子に私の足から手を離す。自由になった足は寝台に落ちた。


「か、体が勝手に!」

「いったい何が‥‥うあっ!?」


 続いてナイフの男も仲間に向かってナイフを振り回しはじめた。


「な、なにこれ!? 僕じゃない! 僕の体が、なんで!」

「操られてるんですねっ? バカな! 魔術疎外は効いているはず‥‥! くそっ」

「なんなんだよ!」


 やがて三人目も操られたのか、残る一人へ向かってくるくると踊るように襲い掛かる。四人目、ローベルトは黙って三人の様子を窺っているが三人の強襲を避けるうち観客席の方へ追いやられた。


 駆けてくる足音、何かが飛び乗るような音。

 はっとして目を開けるがそこには誰もいない。けどわかった。リュカだと。


 リュカがきてくれた!


 なにも見えないが、確かにそこにリュカがいるのだとわかった。

 見つめる空間から声が聞こえてくる。


「ごめん。チトセごめん。ここに来るのに凄く時間がかかっちゃった。ケガさせちゃった。こわい思いさせちゃった。ごめんね、ごめんっ

‥‥! 助けるからね! 呪術 かくれんぼ」


 とたんに私の目に彼の姿が見えるようになった。

 寝台の上に立ち人形を掲げたリュカは泣きそうな顔をしながら私を見ている。その姿をみて、私がどれほど安心したことか。


「呪術 かくれんぼ!」

「くそっ、今度は目が‥‥!」


 三人の男たちが武器を手に持ったままローベルトに襲い掛かる。


「いったい何なんだよ! 魔術師がいんのか?! どうなってんだ!」

「知りません! 魔術疎外の式が効かないなら、相当の手練れです」

「ねぇ! 子供の声が聞こえたよね!? もう一人いるんじゃないの!」

「うるっせぇな! なにも見えねぇんだよ!!」


 男たちがくるくる回るようにローベルトを追い回して部屋の隅へ行ってしまう。


「今のうちに‥‥!」


 リュカは片手で器用に二つの人形を操りながら、もう片手で私の首と両手の拘束を解いた。


「ごめん。残りは自分でとれる? 集中しないとこの人たち、操れないの!」

「う、うん!」


 いつの間にか声が出るようになっていた。

 リュカから手渡されたナイフは、先ほど私の手のひらを突き刺したものだ。切れ味のするどいそれで私は残った片足の拘束具をどうにか外すと、リュカを見上げた。


「リュカ! とれたよっ」

「じゃあ出口まで走って!」

「うん! ‥‥あッ!」


 寝台から降りた瞬間、私は足の痛みにしりもちをついた。


「大丈夫っ? 足、痛い!?」

「折れてはない‥‥けど、立てない‥‥う、んっ!」


 脛の痛みはさきほど暴れた時にさらに痛めていたらしい。まだ指先は動くので、やはり折れてはいない。我慢できれば、走れないにしても歩けるくらいならできそうだった。


 必死に立ちあがろうとするが、痛みのせいなのか恐怖のせいなのか立てない。力が入らない。


「呪術 身代わり人形。‥‥これで立てる? 歩ける? 走れる?」


 リュカが唱えると、私の体から痛みが引いた。それだけではなく、重たかった体が軽くなったのを感じる。力も入るようになって、足に力をこめると今度は簡単に立ち上がることができた。


「立てる‥‥。どうして‥‥」


 足の痛みは両足ともに消えている。手のひらも血は流れているが痛くなかった。

 振り返ると、こわばった顔をしたリュカが寝台に座り込んでいた。片手の動きも大分鈍っている。


「まさか、身代わりって‥‥」


 リュカは痛そうに顔を歪めて、それでも笑った。


「大丈夫。痛いだけ。ケガは移せないから‥‥。それより、本当にもう時間がないから、走って逃げて」


 観客席の方、男たちの声と足音がする。


「わ、私一人でじゃないよね? 一緒に逃げるよね? リュカ?」


 嫌な予感がして、私はリュカの服の裾を引っ張った。けれど、リュカは困ったように笑った。


「だめだよ。僕ここに残らないと。あの人たち強いんだもん。今術を解いたら次はかかってくれないよ。本当に殺されちゃう」

「そ、そんなのやだよ! 置いてけないよ!」


 私は掴んだリュカの裾を引っ張って、連れて行こうとした。


「そう? じゃあ、仕方ないな」


 リュカが私に人形を向ける。何をする気なのか察して、私は止めようと手を伸ばした。


「だめ!」

「呪術 踊る子供たち」

「リュカ‥‥っ!」


 次の瞬間、私はくるりと向きを変えて走っていた。

 私が通れるくらいの隙間が開いた鉄の扉、そこに体当たりするように勢いよくぶつかって廊下へ出る。あんなに強く肩をぶつけたっていうのに痛みはなかった。


 衝撃によろけつつも倒れそうで倒れない体。

 操られた私は、体当たりをしたそのままの勢いでまっくらの闇の中をがむしゃらに走らされた。


「リュカぁ!」


 振り返ることすらできなかった。

 私は長い長い暗闇を走り続ける。前に来たときはろうそくの明かりを頼りに進んだが、今は何のあてもない。


 長い距離を全力疾走しているというのに、息が切れない。心臓の激しい鼓動は感じるのに苦しくもない。痛みも疲れも感じない。全部、リュカが身代わりになってくれている。


 やがて、出口の光がほんの遠くに見えた頃、体は走ることをやめた。途端にぶわっと汗が噴き出す。

 心臓が破裂しそうだ。呼吸ができないくらい苦しく、私は膝に手をついて咳き込みながら必死に息をした。


 暗闇の中でひぃひぃと喉を鳴らす。振り返る通路は真っ暗だった。


「はぁ、はぁっ! どう、しよ‥‥はっ、は‥‥リュカ‥‥っ!」


 心臓がはちきれそうだった。呪術が解けたのかと思ったが、体に痛む箇所はない。


 戻ろうかと考えたが、戻ったところで足手まといになるだけだ。リュカを助けるには、どうしたらいいのか。


 ふっと、魔人が思い浮かんだ。


 そうだ、契約‥‥。


「契約すれば、助けてもらえる‥‥」


 願いを一つ、叶えてくれる。なら、リュカを助けてって願えばきっと助けてくれるはずだ。


 光の方へ向き直る。

 私はもう一度魔人に会わなければと覚悟を決めて、遠くに見える光の方へ走り出した。



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