12話-1※ 儀式
軽度なグロテスク描写があります。
抑えたつもりなのですが、軽度じゃないと思われた場合お知らせください。
目を覚ますと、生臭い場所にいた。仰向けになっているようで、自然と見上げる天井は真っ暗でどこまでも黒い。
暗闇を眺めていると、突然そこに明かりが灯った。
それはここからみると拳ほどの大きさの火で、八つほどが円を描いている。続いてその円の外側にも同じように火が点いた。そこまでくるとそれなりに見えるようになる。
天井から鎖がいくつか垂れ下がっていて、その先にフックがかかっているのが見える。ここはあの場所だった。
儀式の、会場。
そうだ、私は捕まったんだと状況を思い出し、慌てて起き上がろうとする。けれど、私の腕や足、首も固定されていて起き上がるどころか動けもしなかった。
きっとあの寝台の上だ。
背筋に悪寒が走り、私は逃げられないかと首を真横に向けた。
なんとなしに首を向けたそこにはフックに吊るされた肉の塊があって、その体は大きく左右に開いていた。
なにこれ? と思いながら目を見張る。
それは、人間の死体だった。
「きゃああああああ!」
静かだった会場に私の声が響いた。
叫んだ瞬間、寝台の周りに置かれていた燭台にも火が点いた。そして、あたりの光景が一斉に目に飛び込んできた。
「いやぁーーー!」
明るくなったここは、地獄の中心だった。
フックに吊るされた死体がいくつかあり、それらもすべて食肉みたいに体が開かれていて肋骨が見えている。三又に分かれた燭台の中心では人間の体の一部と思われる物体がてらてらと光を反射していた。
首を反対側に向けると、そこには真っ黒い眼窩を晒した生首が並んでいた。どれも大きく口を開け、舌をだらりと垂らしている。
視線を動かし、何もない場所を探すが、そんな場所どこにもなかった。真上を見ていた方が何も目に入らないが、異常な状況に気が気ではなく、私は視線をいろいろな方向に向けた。
探していたのだ。いるはずの奴らを。
ふぅふぅと激しく恐怖によって興奮したような呼吸音が響く。口を開ければ悲鳴がこぼれる。私は狂ったように暴れた。
この拘束を今すぐ解かなければ、私もあんな風になるのだと思うと、足や腕が拘束に擦れ切れ痛むなんて気にしていられなかった。
疲れ果てるまで私は暴れ続けた。しかし、体力が尽きるまで抵抗しても、拘束はびくともしない。
逃げられない。殺される。
あんな風に!
私は自分の声で耳鳴りがするほど叫び続けた。
「ローベルトさん。あれさすがにうるさくないすか? 徹夜の頭に響くんすけど」
どこかからか男の声がして、私は急いであたりを見渡した。
死体の山の向こう、明かりが少なく薄暗い観客席から聞こえてきた気がした。
「それはお前が寝不足だからだろ〜? けど、うるさいってのは同意。やっぱり叫び声は男の方が好きだな。若い女は金切声になるんだもん。たくさんいれば賑やかで楽しいけど、一人だといらいらするよねー」
「私は女の声の方がいいですね。‥‥今回は若い方が多かったので‥‥あれもですし。少し残念です。前回の男だらけよりはマシというものですが」
姿は見えないが、そこにいる。複数人の男の声がする。私は薄暗い闇を凝視した。
あそこに、この城の、すべての諸悪の根源たちがいるのだ。
「お前ら黙れ。金切声でもなんでも、悲鳴は悲鳴だ。供物の一つに違いない。なのにお前らが喋るから、あの供物が悲鳴を上げるのをやめたぞ。どうしてくれる」
「でもこれ今日三度目ですよ。ローベルトさん。さすがに要らなくないっすか? さくっと苦しめてさくっと殺して、さくっと寝ましょうよ」
「お前は途中から来ておいて何を言っている。どの儀式も手順は丁寧に慎重に、掟に従って行うんだ。いいな」
「すんません」
「じゃ、掟に従い悲鳴のあとは暴行と血の穢れ~。僕が最初ね」
「いいですよ」
途端に彼らが動き出す物音が聞こえだした。
椅子を引く音。足音。鉄の棒を引きづるような音。鎖の音。
姿は見えないが、足音でこちらへ近づいてくるのがわかった。やがて、暗闇の中から黒いローブが現れた。
「こ、こないで! こないでぇ!」
叫んだ。しかし、そんなもので止まるわけもない。
燭台の向こうまでやってくると、彼らの手にこん棒や鎌やナイフが握られているのが見えて、あれでやられるんだと思うと恐怖が私を駆り立てた。
喉が裂けるんじゃないかってくらい叫んだ。
「悲鳴はもういい。”黙れ”」
そう言われると突然声がでなくなった。周りの音は聞こえるから、私の耳がおかしくなったわけではない。なにか、それこそ魔法のような何かのせいだと思った。
私はかすかすと息だけが吐き出される口を大きく開けてなおも拒み、叫び続ける。意味がなくてもそうする以外なかった。
「儀式が終わってから見つかるとは、運のいい奴だ。今までどうやって隠れていた? 少ないながら、衛兵が巡回していたはずだが。言え」
目の前の男がそう言うと‥‥。
「きゃあああーーーー!」
喋れるようになった!
悲鳴が終わると、私は恐怖のあまり言葉がでなくなったが、それでも何か言わなければ殺される。
必死に、言葉を探した。
「な、なん、で‥‥っ! こんな、こと‥‥!」
「そんなことをお前に話してどうなる。私の質問に答えないのであれば、もうはじめるとするか」
「まって‥‥! やめてっ! だって私、なにも悪いことなんかしてない! こんなことされる理由がないっ! ただ、帰るだけだったのに‥‥!!」
「ローベルトさん。他の奴らと大して変わりませんってこれ。衛兵を街におろしすぎたんじゃないすか? 俺がここに来るときも城の中誰ともすれ違わなかったすよ」
口の軽い男が言うと、子供のような声の男がそいつに肘うちする。
「お前さぁ。子爵に対してその口の利き方はなくない?」
「そうですよ。弁えなさい。そもそもお前が供物を用意できなかったせいで大多数の兵が領地を超えるはめになったのが人手不足の原因ですよ? 反省していなんですか」
「俺のせいかよ。つかさ、それなら言わせてもらうけど、ここの評判が悪すぎて馬車が走らせられないのがそもそも悪くね? 領地内どころか他所行ってもそんな話ばっかで、もう領地外からの移民すら来ねぇじゃん。怠惰の襲撃に怯えながら領地外まで行って供物用意する俺の身にもなって欲しいんだけど。連れてきたらきたで少ねぇだの男ばっかだの女ばっかだの文句言うしよぉ」
「ねぇそれ今話す必要ある? てか、怠惰の襲撃が怖いって本気で言ってるの? 弱虫も大概にしろよ~」
「はぁ? ヤんのか? コラ」
「いつでも受けてたつけど~?」
「二人ともやめてください。儀式の最中なんですよ」
このまま、時間が過ぎてくれればと思ったが、そうはいかないようだ。
一人がナイフをひらひらさせながら「しますか、拷問」と言った。
いや、言うやいなや、返事も待たずにそれを私の手のひらに突き立てた。瞬間、悲鳴すら呑み込むような痛みを感じて絶叫が途切れる。
「ひぅっ! ‥‥いっ!」
私の喉からは短い悲鳴が出たが、あまりの出来事に言葉にならない。
痛い!
鋭い、しかし広範囲にズキンと脈打つような痛み。熱く、手のひらを焼くような痛み。男がナイフを動かすと、激痛が襲ってくる。
「やめてっ! 痛っ、いたい! 痛いぃ‥‥! やめてぇええ!」
泣き叫んでもやめてもらえない。むしろ、私が苦痛に顔をゆがめるのを楽しむように、フードの奥で愉快そうな唇が弧を描く。
「正直、私は魔人がこの娘を隠していたんだと思いますがね」
「魔人やばいですって。早く殺すなり追い出すなりしません? ねぇローベルトさん」
「じゃあお前が追い出して来いよ」
「は?」
「は? じゃねぇよ役立たず。ローベルトさんローベルトさん言う前に役に立ってみろよ」
いつの間にか、男たちは私を取り囲むように寝台に集まっていた。
「正直今回の術式があれば今後供物に困ることはありません。私と子爵の魔力次第ではありますが‥‥それも改善可能な範囲と思います。この調子で月に200、いや100人も用意できれば、怠惰対策の結界も維持が容易くなるでしょう。そうなればあの魔人も不要になります」
「でもあの魔人が本当にこいつを匿ってたとして、ローベルトさんを裏切ってどうするつもりだったんすかね。あの様子じゃ森にでも籠らない限り三日と待たず餓死するっしょ」
「ここでしか生きられないような呪いだもんねー。女神さまはどうしてあんな呪いを授けたんだか」
会話を続けてはいるが、ナイフの男はその間も私の手をぐりぐりと痛めつけ続けている。
「痛い‥‥っ! い、‥‥っ」
私の悲鳴など聞こえてもいないようで、彼らは日常会話をするように至って普通に話す。
死体ばかりの部屋で、今まさに人を傷つけている最中だというのに、彼らはまるで放課後のクラスルームで同級生と駄弁るかのように会話をしている。
その様子の気味の悪さと言ったらなかった。彼らは異質だった。いや、この場所では私の方が異質なんだろうと思った。
「女神信仰だっけ。魔人の呪いって」
「いいえ違います。ですが大体人を呪うのは女神が多いと言いますね。怠惰の魔人もああなったのは女性関係が発端だと聞きましたが」
「はぁ。やっぱ女はろくでもないね」
「たらしこんだんじゃないっすか? あの魔人を、この女が」
「それこそないでしょー」
いっそのこと感覚がなくなってくれれば、と思うほど左手を何度も突き刺すナイフ。それを扱う男はそれを片手間に会話を楽しんでいる。
「あ、けど魔人がいなくなると死体の処理がめんどうだな」
「昔は森に捨ててたんだよね。それでいいよ」
「今も行くことがありますが、あそこは魔獣が多いんですよねぇ。おかげで研究に使っていた洞穴がダンジョン化してしまって困ってるんですよ。これで死体まで捨てはじめたら、森自体がダンジョン化しますね」
痛みに手のひらが痺れてくる。けれど、痛みはなくならなかった。涙が零れ落ち続ける。
このまま、ゆっくりと、こうやって痛みを感じながら死ぬんだろうか。
「い、や‥‥ぁ!」
「お前ら、そろそろいい加減にしろ。お前らの口も塞ぐぞ」
私に問いかけてきた男が口を開くと、他の男たちは静かになった。どうやらこの男がリーダーのようだ。
魔人は城主についてローベルトと言っていた。たしか、先ほど男の一人もそう呼んでいた。こいつが、ローベルト? すべての元凶‥‥?
私は痛みに涙を流しながらローベルトを睨みつけた。私など気にする様子もなく男たちはローベルトに頭を下げる。
「申し訳ありません」
「さっせん」
「僕はちゃんと拷問してまーす」
「お前の拷問も雑だ。片手間にやるなど、許されん」
「‥‥はーい」
やっとナイフが抜かれた。痛みの原因がなくなったからといって痛みはなくならないが、ぐりぐりと動かされなくなって多少マシになった。
「は、はぁっ‥‥」
しかし、痛み方はひどい。じくじくなんてものではない、ズキンズキンと痛んでやまない。
「それから、信仰は他宗教であってもしっかりと覚えておけ。異端は使えるからな。‥‥魔人の創造に女神信仰は関係がない。女神などここ数百年で創られたばかりの信仰だ。真に受けるな」
「はい‥‥」
「すんません」
「はい」
「わかったらさっさと続けろ」
男たちが一斉に私を見る。
「叫び声、どうしましょうね」
「頼むよ、ほんと、こいつの声頭に響いて痛ってぇの。俺朝から仕事あっからさ、声消さね?」
「いいですか? 子爵」
「‥‥次の工程に悲鳴は特に必要ない」
「ありがとうございます。”黙れ”」
「‥‥っ!」
また声が出なくなった。それでも私は涙を流して叫び続けた。
暴れて、なんとか拘束をとろうとするけど、やっぱりびくともしない。
切られてぐちゃぐちゃにされた手は動かすと激痛なんてものじゃない。だけど、今暴れなければ殺されるんだ‥‥私は手足を必死に動かした。
そんな私を見て、フードの人たちが笑っている声が聞こえる。
「で、暴行だけど。もうゴブリンもオーガも残ってないし、こいつはこれでいいよな? まさか俺たちが手を出すのも、なぁ。俺パス」
「私もです。あまり趣味じゃない」
「僕もやでーす」
なんの話か分からないが、こん棒を持った男が私の横にやってきた。私のお腹に棒を当てて「内臓一発だな」と話している。何をするのかわからないが、痛いことだということだけはわかる。
もう一人の男が片足の拘束具を解き、足を持ち上げた。こん棒がスカートの下に向けられる‥‥。
ここまでくれば、拷問に明るくない私にもこれから何をされるのか想像できてしまった。私は必死に暴れた。
「いやぁー!」
叫んでも声が出ない。
持ち上げられた足は階段で打った方の足だった。痛みが強かったが、折れてでもいいから抵抗しなければ、痛みや苦しみと同じくらいつらい思いをさせられる。
地下の牢屋で壁に吊られた同級生たちが、本当はどんなことになっていたのかようやく理解した。




