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11話-3 魔人

 ひとまず、リュカの判断を仰ぎたい。リュカを起こそうと揺する。


「小娘。いいのかのぅ、そんなに悠長にしておって」

「どういう意味?」

「やがてここにローベルトが来るというのに」

「‥‥え?」


 私は魔人を見つめた。にんまりと耳まで裂けた笑みを浮かべる人外は、何を考えているのかわからない。けど、嘘をついているようにも見えない。


「ここに、くるの?」

「来るとも。今は儀式の続きをしていようが、じきにな」

「あ、あなたが教えたの? 私がここにいること‥‥」


 そんなこと聞かなくてもわかる。

 だって、いくら仲間じゃないと言っても、この城にいる以上お城の‥‥ローベルトって人と全くの無関係というわけではないのだろうし。


 私が契約をすればよし、しなければ差し出せるんだ。むしろ、差し出されたくなければ契約しろと脅せるのだ。いや、脅しているんだ。


 そう考えたがしかし、魔人は呆れたように口の端を下げた。


「教えんでも、あれだけ泣き喚いておればなぁ。儀式中とはいえ少ないながら今も貴様を探して城を回っとる衛兵共の耳に入るじゃろうて。実際わしはその泣き声を聞いて塔を上がったのじゃから。ああ、疲れた」

「あ‥‥」


 そうだ、私大声を出して泣き喚いたんだった。どうしてそんなことも忘れていたんだろう。どうして思い至らなかったんだろう。

 我ながら危機感がなさすぎる。


「じゃあ、もう誰かがここに向かってきてるの‥‥?」

「かもしれんが、衛兵はここには来ん。わしがおるからの。できて儀式中のローベルトへの報告くらいじゃろうが、儀式中は奴らは儀式を抜け出せん。そういう”決まり”じゃ」

「そ、う‥‥」

「しかし儀式はそう長くは続かん。じゃから、早ぅ決めろ。その坊主に聞くのでも構わんが、聞いて決めてどうする? 貴様に不利な状況になった時その小僧を責めるか?」

「‥‥」


 魔人のいう通りだと思って、私はリュカから手を離した。


 そうだ。泣き喚いた時に決めたじゃないか。リュカに頼らず、自分で考えて進まなきゃいけないんだ。そうするべきだって。

 なら、ここはリュカに意見を求めるべきじゃない。


 自分の命が、魂が掛かっているんだから、これは私一人で決めるべき問題なんだ。


「あなたのいう通りだわ。‥‥一つ聞いていい? この先に外に出れる出口はある?」

「‥‥あるとも。部屋を出て階下へ下り、そこに城外へ続く扉がある。魔術による鍵が掛かっておるがな」

「そう‥‥」


 逃げ道はある。

 けれど、魔術が掛かっているなら私にもリュカにもどうすることもできないだろう。リュカは魔術は解けないと言っていたから。それでも可能性はあるんじゃないかと思いたいが、不確かすぎる。


 現状、この城から確実に脱出するには魔人との契約しかない。

 魔人を見た。ぎざぎざの歯をさらしてにやぁりと笑んだ凶悪な笑み。正直こわい。


 念が私に伝えたかったのは、きっとこのことだったんだと今ならわかる。この魔人の恐ろしさを、彼らは教えてくれていたんだ。出口だって魔術が掛かっていると。


「契約のことを決める前に、あなたの事を教えてくれない? どうしてお城と‥‥ローベルトと敵対するの? ここに住んでるのに」

「敵対しとるわけではない。しかし、先にも言うたが奴の仲間というわけでもない。いうなれば共存かのぅ。奴とは利害が一致しておってな。奴からしても、わしがここにおるのは都合がよいだけ、それだけのことよ」

「なら、どうして私と契約したいの? ローベルトと利害が一致してるのに。契約だって、ローベルトとすればいいのに」

「ローベルトと契約だと? 馬鹿なことを抜かせ。それをしてわしに何の得がある。奴はこの土地から出られん。わしの目的の半分も満たせんわ。そもそも奴は気に喰わ‥‥」


 男はヒートアップした頭を冷やすかのように、そこで一度咳払いをした。


「全くもって論外じゃ」


 冷やしきれなかったのだろうか、魔人は吐き捨てるように言うと、不機嫌に腕を組んだ。


 彼にとって契約とは本当に探し人を探すために必要な条件のようだ。探し人を探しに行けないのなら契約をする意味もない。なら、それについてだけはこの魔人を信用できるかもしれない。


「ねぇ、あなたは探してる人を見つけられたら、それでいいのよね? そしたら私は元の世界に戻れるんだよね?」

「そうとも。しかし‥‥」

「しかし?」

「実を言えば貴様を元の世界に戻す方法を知らんのだ」

「‥‥はぁ!?」


 はぁ!?


「そんなの契約にならないじゃない!」

「なる。今は知らずとも、人探しの途中で同様に調べればよいわけじゃからな。そしてペナルティとなる前に貴様の願いを叶えられれば良いだけじゃ。じゃから現状でも契約はできる」

「そ‥‥! そんなの! 詐欺と一緒じゃない!」

「詐欺ではない。そのための契約じゃ。そのためのペナルティじゃ」

「そのペナルティってなんなのよ!」

「わし、そして主のどちらかが契約を違ったときに発生する罰の事じゃ。つまり、わしが主を帰せんかった場合、契約の担保にしとるわしの魂が貴様の物となる。同様、貴様が契約を破れば貴様の魂がわしの物となる」

「‥‥え?」


 魂が、どうすると言った?

 私は思わずスカートを握る。


「魂があなたの物に‥‥? それ、どういうこと?」

「魂というたが、実際は肉体もすべてじゃな。例えわしが主のいうように詐欺を働いたとしてもペナルティを受ければわしの全てが貴様の物となる。するとわしは貴様に一切逆らえん。死ねと言われれば死ぬしかない。一生付き従えと言われればそうするほかない。従属というやつじゃ。普通、そうならんために契約は守るものじゃ。安心せい」

「‥‥」


 言葉を失った。

 そんな重要な話をしないまま、この魔人は当初一言二言で契約を結ぼうとしてたのかと思うと呆れるというよりは恐ろしくなる。

 何が「安心せい」なのか全く理解できない。安心できない。


「もし、私の魂がペナルティを受けたら、私は元の世界には戻れなくなったり‥‥?」

「当たり前じゃ。ペナルティを受けた魂なぞ相手の所有物じゃぞ。そうなれば貴様がいくら願ったところでどうにもならんわ」


 当たり前。この魔人にとっては当たり前のことなのかもしれない。けど、私にとっては今初めて知ったことだ。


「‥‥か、考えさせて」

「時間はないぞ」

「それでも! 考えさせて!」


 私は苛立ったような顔をする魔人を無視してうつむいた。スカートを握る手に力が入る。


 どうしよう。どうしたらいい?

 誰にも頼らず自分で考える、なんて言い出した直後にこんな大問題とぶつかるなんて思いもしなかった。ランプの魔人だなんて楽観的なものじゃなかった。


 ちょっとだけ、整理しよう。

 私は元の世界に戻りたい。その願いを叶えてくれるという魔人がいる。けど、魔人はその方法を知らない。

 魔人の探し人を探す旅に私は同行することになる。探し人と一緒に帰る方法も探して、その道中はきっと私の身の安全は保障してくれる。

 私の願いが叶わなかった場合、ペナルティを受けるから、きっと魔人は必死になって帰る方法を探してくれる。‥‥はず。


 けど、それは全部この城を生きて出れたらの話だ。ローベルトに捕まればきっとその時点でジ・エンド。

 なら、なんにせよ私が生き延びるには契約するしかない。

 だけど‥‥。


 ちらりと部屋の扉を見る。


 もし、リュカと二人でここを脱出できたなら?


 魔術のかかった扉を開けて城を出れるなら、ノーリスクで生き延びられるかもしれない。そして、元の世界へ戻る方法はそのあと二人でこの世界を回って探せばいい。

 それなら私は魂を担保にするなんてこわい契約しなくてよくなる。


「ああ、そろそろじゃ。のぅ小娘、まだか? まだ悩み足りんか? 叶えたい願いは変わったか? もうやつらがくるぞ。早ぅ決めろ」

「え?」

「儀式は終わったようじゃ。塔の上からも下からも、奴らが来ておる」


 塔の下からも来ているなら、もう出口には向かえない。

 なら、もう道は一つしかない。


 死にたくない。

 リュカも死なせたくない。

 ならやはり契約すべきだ。


「早ぅせい。ローベルトのやつが来る。‥‥ただ一言、契約すると言えばよい。無知に免じて詳細はあとで決めさせてやる。今はただ、言えばよい」


 魔人はつまらなさそうに口の両端を下げて睨むように私を見ている。これが最後のチャンスなのだとわかった。


「‥‥っ、‥‥!」


 けど、‥‥言えなかった。


 覚悟が、足りなくて。


「時間切れじゃの」


 魔人がため息交じりに呟くと同時に、部屋の明かりが消えて扉が開いた音がした。

 部屋の明かりがつく。ろうそくの火は、扉の開閉による風圧かなにかで消えかけただけのようだった。


「‥‥!」


 明るさを取り戻した室内に黒ずくめのローブを目深にかぶった人たちが現れる。顔は見えないが人数は、四人‥‥。


 魔人はゆっくりと立ち上がり、私とフードの人たちとの間に立った。かばってくれるのだろうか、と期待する。


「魔人。どういうことだ。我々の邪魔をするつもりか?」

「小娘一人おらんくらいで何をぬかすか。戻る途中見つけたからのぅ。小腹を満たせるかと思うたのじゃ」

「あれだけ食っておいてまだ足りないか?」

「足りたことなどないわ」

「‥‥勝手なことをされては困る。贄は多ければ多いほどよいのだ。今宵の儀式は二度目も終わり、客ももう寝室へ戻ってしまった」

「そうか。では二度目の贄の掃除に行くとするか」

「いや、今はいい。仕方がないが、その娘の分は我々だけでこなすとしよう」


 合図があったのか、並ぶフードの一人が動いた。期待していたが、魔人は助けるそぶりもない。男は魔人の横を通りすぎてこちらへ向かってくるので、私はベッドの上に逃げた。

 

「この娘は連れて行かせてもらうぞ。終わったころまた掃除を頼もうか」

「仕方がないのぅ」

「どうせ食えるのだから同じことだろう」

「それもそうじゃの」


 契約がなければ助けてはくれない。当たり前だ。メリットがないもの。

 私はリュカに手を伸ばした。しかし、その手はいつまでも誰にも触れない。

 見るとベッドには私一人しかいない。


「え?」


 先ほどまでここに横たわっていたリュカがきれいに消えてしまっている。部屋を見渡すが、どこにもいない。


 魔人に視線を送ると、視界の中でフードの男が私の方へ手を伸ばしてくるのが見えた。


 今、契約すると言えば間に合うのだろうか?


 魔人はこちらを見ない。先ほどの男と話している。

 動けなかった。言えばいいのに、それだけなのに。

 絶体絶命のピンチなのに、頭が真っ白で何も考えられなかった。


 喉が渇く。

 腕が震えて体を支えられない。それでも迫りくる男の手を逃れたくて、ベッドの上を後ずさる。


 一言、一言だけ言えばいいの。契約するって言えば、きっと助けてくれるから‥‥。


「‥‥っ」


 だけど、言えなかった。


 開けた口からは言葉が出てこなかった。


 緊張か、恐怖か、迷いか。

 なぜ言わなかったのか、言えなかったのかわからない。


 やはり私は自分だけでは何一つ決められず、できやしないのだ。しかし、そんな失望に耽る時間すらもうない。

 フードの男の手がとうとう私の頭を掴み、その瞬間目の前が真っ暗になった。

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