10話-3 悪夢の城からの脱出計画
突然世界が真っ暗になったのに、私は困惑もせず意外と冷静だった。しかし、なにが起きたのだろうか。
さっきまでも暗いには暗かったんだけど、うっすらとだけリュカのシルエットっぽいものが暗闇の中に見えてたくらいには視界があったはずだ。それが完全に見えなくなった。
それどころか音も聞こえないし体の感覚もない。
まさか眠ったとか? けど、頭は動いている。
などと考えていたら、そのうち音が戻ってきた。
「チトセ? 大丈夫? チトセ?」
「んぁ‥‥」
続いて、体の感覚が戻ってきた。
平衡感覚がおかしい。なんだか落ちそうな感じなのに落ちない。ああ、私の体を何かが支えているんだ。
支えているのはきっとリュカだ。声が耳元で聞こえるから、多分前のめりに倒れた私をリュカが支えているような状態なんだろうと想像する。
「あれ、私‥‥今寝てた?」
起きたという感覚ではないんだけど、状況としてはそんな気がした。
「ううん。僕が呪術をかけたから、倒れちゃったの」
「ええ‥‥。どんな呪術だったの?」
呪いを解くのに、すごい力を使って、私が耐え切れなくて気を失ったとかかな? あ、意識はあったんだけどね。
「んと、チトセの体の自由をね、奪ったの。操り人形みたいに」
「‥‥ええ」
普通にドン引きしてしまった。
そんなことができるなんて知らなかった。いや、想像しなかったわけじゃない。
むしろ、呪術と聞いて一番に想像するタイプの効果じゃないだろうか。藁人形とか、呪いの人形とか、金縛りとか‥‥。
あれ、操る効果っぽくないな。なんていうか、悪いイメージがあるから悪いほう悪い方へ飛躍しすぎたかもしれない。
それはおいといて‥‥。
リュカがそんなことまでできるとは思わず、というより告知もなくやるとは思わなかったから、素直に引いてしまった。だって、それを使ったら‥‥悪用出来たら、‥‥悪用出来ちゃうってことだよ?
‥‥さっきから自分で言っていて、何言ってるかわかんなくなってきた。
私が引き気味の「ええ」を隠しもせず口に出してしまったせいで、リュカはまたおどおどとしはじめる。
「‥‥こわいって思った? こんな風に誰かを勝手に操れちゃうなんて、こわい? 僕がこわい? 僕悪い子‥‥?」
目を凝らしても見えない暗闇の中でリュカの寂しそうな、焦るような声だけがする。
この反応はきっとあれだな。呪術なんてネガティブな術を使うから、今までにも何度もあらぬ誤解を受けてきているんだろうなと想像した。
リュカが異様に自信なさげなのってそういうのが原因なんだろうか?
「ううん。こわくないよ。悪い子でもない」
包丁とかもそうだけど、要は使いようなんだよね。呪術って悪用しようと思えばできちゃう力だとは思うけど、悪用しなければ無害だと思う。実際私はリュカの呪術にこれまで何度も助けられてきてるし。
魔術ってやつを生贄召喚に使っているこの城の人間の方がよっぽど悪だ。
第一悪用しようとはきっとリュカは考えていないと思う。だってあんな術使えるなら今までもそれを使えばよかったんだもの。衛兵から隠れなくても、衛兵を好き勝手に操って逃げることだってできたし、あんな風に操れるなら命をとることもきっと簡単に‥‥。
いや、私の発想の方が大分悪人寄りじゃない?
リュカは乗客たちを殺すことだって嫌だと言っていた。きっと、誰のこともそうやって傷つけたくないんだろうと思う。リュカがこういうのを悪用するタイプじゃないことはこれまで一緒にいてわかってる。
けど、いきなりあんなことされたら驚くは驚くんだ。
「だけど、突然だったからびっくりしただけ。だって、急に何にも見えなくなったんだもん。何も聞こえないし、体の感覚もなくなったしさ。‥‥大丈夫、リュカはこわくないよ」
「‥‥うん。それなら、よかった。これからは、突然やるのはやめるね」
安心したような声を聞いて、私も安心する。
ほら、リュカって人が嫌がることはしないようにする子なんだよ。
というか、あれ? 体が軽い。息も苦しくない。
「あれ‥‥私‥‥、すごい! 体が重たくないよ。息も平気! リュカ凄い。さっきので治ったの? 呪術だし、治ったっておかしいかな? 」
「えへ、へへ‥‥」
「けど、やっぱりそうだったんだねこのお城にも呪術を使える人がいるのかな?」
「‥‥多分、違くて。僕も呪術だと思ったから呪術を上書きしたんだけど‥‥。そうじゃなかったみたい。多分、ここのお城で死んだ人の恨みとかが、チトセに憑りついてただけだと思う‥‥。呪術と似てるけど、術じゃないから、違うの」
「え‥‥。それって、幽霊ってこと‥‥? リュカって、幽霊が見えるの?」
幽霊が憑りついてたから息苦しいし体が重かったんだ‥‥。夏の心霊特番とかでそういうのあるもんね。
それは‥‥、別の意味でこわいな‥‥。
「えっと、幽霊はこのお城にはいない‥‥。えと、チトセに術を掛けたとき、ぶわってなって‥‥チトセの体から恨みとかの、念? ていうのかな? それが離れた感じだったの。それが重たいとか、疲れる原因だったんだと思う」
恨みの念? それって、まさか同級生たちの‥‥? それとも、本当は助かるはずだったミズキママの?
だって、私がこの世界で恨まれるとしたら、私を恨むのは彼らしかいない。
私一人が勘違いで運よくリュカに助けられて、ひどいことをされずに済んだ。しかも、まだ生きている人たちすら見捨てて逃げる途中。ずるい、妬ましい、どうしてお前だけって思われても不思議じゃない。
「‥‥私が一人、逃げるのが許せなかったのかな」
痛みで忘れかけていた胸のつっかえを思い出し、私は重たくなる胸のあたりを押さえつけるように握った。そんなことをしても罪悪感は拭えないけど。
「ううん! そういうんじゃない。むしろ、逆? ‥‥この先に行くなって感じだった」
「リュカ、幽霊の言葉がわかるの?」
「だから、幽霊じゃないんだってば。‥‥言葉がわかるっていうか、うんと、うまく言えないんだけど、気持ちが‥‥わかった? みたいな。‥‥よくわかんない」
上手く伝えられない様子だけれど、でも彼らは私を恨んでいたわけじゃなかったのだろうか?
むしろ逆で、この先に行くなと伝えたかったから私の足を重たくした‥‥? 私を責めていたわけじゃないんだとしたら、少し嬉しい。
でも‥‥。
「それ、おかしくない?」
「なにが?」
「私を恨んでるわけじゃないなら、どうして進むのを止めようとするんだろう? この先に出口があるかもしれないから進んでるのに‥‥。実は出口がない、とか?」
「たしかに‥‥。それか、もっと別の‥‥危険があるから、とかかな」
危険‥‥。死んだ人の念が教えてくれたその先へ行くなの意味‥‥。少し考え直してみる‥‥。
念による呪いみたいなものが危険があるから行くなって意味だとしたら、ここにかかってる魔術って何なんだろう?
この魔術は明らかに進路を妨害しようとしている。わざわざ妨害するくらいだから、きっと降りられたら困るものが階下にあるってことなんだと思う。それこそ、外への入り口なんじゃないだろうか。
「その念ってやつが、この階段に永遠に降りられない魔術をかけたのかな?」
「念にはそこまでできないよ。だってただの思いの集まりだもん」
「そっか‥‥」
なら、やっぱり念と魔術は別物なのよね。
魔術を掛けた人は私たちを降ろしたくない。念も、私たちを降ろしたくない。
魔術を掛けた人は多分、悪意を持ってそうした。念は、善意でそうした‥‥んだと思うんだけど。
ああ! 考え直しても全然わけがわからない!
こういう時は、一回考えるのをやめて、行動してみよう。だって結局、考えたってなにもわからないし!
私って魔術も呪術も知らない上に体力もないし、その上頭脳労働もできないんじゃ本当に足手まといでしかないな。役立たずなのは私の方じゃない。
いや、勝手に召喚されたわけだし、私のせいじゃないって思いたいけどさ。
「‥‥このまま進んでも魔術で進めないんだよね?」
「え? たぶん‥‥」
「なら、一度上に戻らない? その念ってのも私たちを止めようとしてくれたんでしょ? なら、いったん上に戻ってほかに道がないか確認した方がいいかも」
物置通路から階段へ向かったとき、他に道なんてなかった気がする。雑多に置かれた物の裏とか、物陰までは探さなかったから、もしかしたらちゃんと探せばそういうところにほかの道があるかもしれない。
この城壁の構造的にそれは望み薄な気がするけど‥‥。このまま永遠に続く階段を降り続けるよりは断然前向きなんじゃないかと思った。
そうだ。降りてきたこの階段の反対側にはもう一つ階段があった。きっとリュカが昇ってきた方の階段だけど、そっちはどうだろう? 途中で階下の廊下へ行ければ、なにか変わるかもしれない。
役立たずの私にできることと言ったら、前向きになることくらいだよね。頑張ろう。




