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10話-1 悪夢の城からの脱出計画

 癇癪を起して泣き喚いてリュカと仲直りをして、それから私は考えた。今後この世界でどうすればいいのかはまだわからないし思いつかないが、ひとまずこのお城からは逃げた方がいい。

 逃げて、命の危険から遠ざかればもっと視野も広がる気がした。


「リュカ。私このお城から出ようと思うの。力を貸してくれる?」

「もちろんだよ」


 嬉しそうに頷いてくれる。リュカがいて本当に良かったと思う。とても心強い。


 しかし、そう言ったはいいものの私は悩んでもいた。逃げる、そう考えたとき地下牢にいた人たちの姿が浮かんだからだ。

 まだ生きてはいた。生きては‥‥。


 だけど、リュカのいう通り彼らを助けることはできそうにない。彼らは、光る石に生かされているように見えた。光る石はやがて光らなくなるようだったから、きっとここから助けることができてもそう長くはもたないだろう‥‥。


 じゃあ、見捨てていくのか。


 でも私にはどうしようもないことだった。自分の身すらまともに守れないのに、人のことなんてどうにもできる気がしない。どうすれば助けられるのかも想像すらできない、

 なのに、見捨てていくと思うと胸が苦しくなる。


 ならどうしたらいいというのか。


 どうしようもないことを目の当たりにしたとき、こんな風に気が重たくなるなんて知らなかった。お父さんが死んだ時も、お祖母ちゃんが死んだ時もこんな気持ちにはならなかった気がする。

 この気持ちを今はただこらえることしかできないのだろうか? 今すぐに解放されたくてたまらなかった。


 ずんと重たくなる胸をの前で拳を握りしめる。少しでも楽になれる気がした。


「ねぇチトセ、ちょっときて」


 窓から体を半分出して外を覗いていたリュカが私に手招きする。


「あれみて」

「どれ? よい、しょっと‥‥ぁわ!?」


 リュカがあんまり身を乗り出しているので、私も同じように窓に身を乗り出す。てっきりベランダみたいなものがあるのかと思ったら、窓の向こうにはなにもなかった。


 あまりにも高い。地面が遠くて、風が強くて、私は驚いて手を滑らせた。体が一気に重力に引っ張られる。


 落ちる!


「ひ‥‥っ!」

「落ちちゃうよ!」


 落下を始めた瞬間、私は襟首を引っ張られなんとか窓の内側に戻ることができた。心臓がバクバクする。


「は、はぁ‥‥っ、はぁっ」

「わぁ、びっくりした。チトセって結構そそっかしいんだねぇ。危ないよ? ここから落ちたら死んじゃうよ」


 驚いた顔をしてリュカがいう。こんなに高くて不安定なところで体の半分以上を外に出しても平気な人に言われたくはない。

 けど、心臓がまだどきどきしててリュカに言い返すどころじゃない。


「ほらほら、見てってば」


 もう二度とやりたくはないけど、リュカがしつこく手招くのでもう一度窓の外を見る。今度は、ゆっくり、慎重に。


「ほら、あそこに外につながる扉があるでしょ」


 リュカが指さす方、外壁の外側には黒っぽい何かが見える。おそらくは扉なんだろうけど、暗くてよく見えない。


「ごめん。暗くてよく見えないや。リュカって夜目が利くんだね」

「なぁにそれ」

「暗いところでもよく見えるんだねって話」

「それって、褒め言葉?」


 褒め言葉に入るのかどうかは正直わからないけど、私にできないことを評価してるって意味では、そうかも?


「うん。だって私には見えないし」

「えへ」


 やっぱり子供みたいに笑う。リュカの見た目の年を考えるとその仕草はちょっと変だと思うけど、なんか違和感ないんだよね。キャラってやつか。


 私はもう一度外の景色を見渡した。これから逃げる見知らぬ世界の様子を見ておきたかった。

 窓の外には広大な原っぱのようなものが広がっていて、その奥に黒い‥‥おそらく‥‥森‥‥っぽいシルエットが見える。森のずっとずっと向こう、地平線のあたりには山だろうかそういった物の影。

 どれほど眺めても街の明かり、人工の灯りは見えなかった。


 外を見渡すとこの壁の向こうへ行ければとりあえず逃げることができそうなそんな気がしてくる。


「とりあえず、あそこの階段から下に降りてみようか。ここから飛び降りてもいいんだけど、多分ぐちゃぐちゃになっちゃうから」

「それ、冗談だよね?」


 リュカは廊下奥の階段へ小走りに向かい、また手招きする。私もそちらへ移動しつつ、ふっと見渡した廊下にどことなく違和感を感じた。


 ここは物置とか倉庫みたいだと思っていたけど、実際本当にそういう使われ方をしているようだ。

 木箱や樽がいくつも並んで積み上がっていて、埃除けの布が被せてあったりもする。その布にはたくさん蜘蛛の巣とかが掛かっていて、まるで何年も放置されてるみたい。


 自分の足跡が薄暗い中でもくっきり見えるのは、床に埃が積もっているからだろう。白い床に黒い足跡ができていく。

 廊下の奥へ行けば行くほど、床に積もった埃の量は増える。通路の隅には窓から入ってきたんだろう葉っぱが山になっていて、それすら片付けられずにそのままだ。


 ここはほとんど使っていないような感じなのに、私たちが通る通路の真ん中だけ埃が少なかった。私たちのほかにも足跡がそれなりに残っている‥‥けどそれもそこそこの砂埃に埋もれてるから、頻繁に通る人ではないんだろう。


 そりゃ、お城を囲う壁の中なんだし、見張りの人とかがいて、誰も通らないなんてことはそれこそないとは思うけど。だけど、少しでも使うなら掃除すらしていないなんてあるだろうか?


 中庭から入った塔の中、その奥の通路はどうだっただろう。夜だったし、一瞬しか通らなかったからそこまでよく見えなかった。

 まぁ、学校にも使われていない教室とかあったしね。あんまり使われないもんだから、幽霊が出るって話になった開かずの間とかね。


 ‥‥開かずの間。たしか、その部屋の前の廊下もこんな感じだった。普段使わないから放課後の掃除の範囲にも含まれていなくて、埃の塊とかが廊下の隅に落ちてるの。


 この先にそういう曰くつきの部屋があったらどうしよう、と想像したら怖くなった。急いでリュカを追いかける。


 階段は廊下より窓が少なくて暗い。だけど中庭の塔みたいに吹き抜けじゃないのは嬉しいことだった。これならあの時みたいな恐怖もなく降りられそうだ。


「暗いけど、ろうそくはつけないでおくね。少ないけど窓があるから、お城から見えちゃうかもしれない」

「‥‥お城、静かだね。昨日みたいに私たちを探してないかな?」

「多分、今儀式の最中なんだと思う。みんなそっちに行ってるんじゃないかな。夕方、お城の外にいた人たちもお城の中に戻ってたみたいだったし」

「儀式‥‥」


 その言葉を聞いて先ほどの重たい気持ちがまた私の後ろ髪を引く。けれど、それはもうどうしようもないって答えが出てる。

 私は後ろめたい感情をぐっと飲み込んだ。


 ‥‥私だけでも逃げなくちゃ。


 階段を行こうとすると、リュカに手を握られた。


「あ、待って。チトセは暗いところあまり見えないでしょう。僕が先に行くよ。僕、夜目ってのが利くんでしょ? チトセはゆっくりついてきて」

「‥‥ありがとう」


 階段を下りながら、私はずっと同級生や乗客のことを考えていた。なんとか、どうにかして助ける方法はないのかと、思いつきもしない思案をめぐらせる。

 自分のことすらままならないのに人のことを構う余裕はないと、さっき結論づけたばかりだというのに、やっぱり諦めきれない。


 けれど正義感からくる諦めの悪さではなかった。

 飲み込んだ後ろめたさが喉元へ戻ってくるような感覚だった。なにかしたい。なにかした方がいい。無性にそう思う。


 ‥‥だって、私一人が助かるなんて、狡くない?


 頭の奥で私に言われる。

 でも、それだってわからないじゃないかと言い返す。


 この階段を降りて運良く扉から出られたとして、それで私が絶対に助かるって保証はない。追いかけられて、捕まって、結局はみんなと同じことになる可能性だってある。

 それでも、地下に幽閉されて儀式の真っ最中の彼らと比べれば圧倒的に自由で、助かる見込みはあるんだろうけど。


 せめて、彼らがこれ以上苦しまずにいてくれたら私の苦しみも和らぐのだろうか?


「あ‥‥」


 そこで、一つ思いついた。けど、今更提案していいのかわからないことだった。

 それにこれは私がやれることじゃない。


 それでも、私は胸のつっかえを取りたい一心で、唯一思いついたその提案を口にしていた。


「‥‥あの人たち、さ」

「うん」

「‥‥リュカ、あの人たちのこと、さっき言ってたみたいに、殺してあげれない?」

「え?」

「リュカ、言ってたじゃん。苦しくもなくて、痛くもない殺し方ができるって。‥‥あれ、あの人たちにしてあげられない‥‥?」

「‥‥」


 リュカが立ち止まって、私を見上げる。廊下よりずっと暗い中でみるその顔は、ひどく動揺しているように思えた。

 何か言いたげで、けれど結局何も言わないまま、しばらく私を見つめて、リュカはまた歩き出した。


 私、リュカを怒らせた?

 それとも、あの顔は‥‥悲しませた?


「ねぇ、リュカ‥‥」


 なんだか気まずくて、私は猫背の背中に向かって声をかける。


「うん」


 返事をしたその声は怒ってはいなかった。悲しんでいる風でもない。ただ、戸惑っているようだった。


「わかるよ。チトセの言う通り、あの人たちにとってはその方が‥‥いいのかも。けど、無理だよ」


 リュカが私の提案を無理と一蹴するのは珍しい気がした。嫌だと言っても結局はやってくれる、そんなことが続いていたから。

 だからこそ知りたかった。どうして無理なのか。


「なんで‥‥?」

「‥‥もう儀式が始まってると思うから、あそこにはたくさんの人がいる。見つからずにあの人たちの元へ行けるわけない」


 なんだ、そんなことなら、呪術があるじゃない。


「リュカの呪術でなんとかならない?」

「隠れることはできると思う。けど、声とか音は消せないし、ここには魔術師がいるから、‥‥僕みたいなのを探すのは上手だと思う」


 それは矛盾している気がした。だって、それなら今まで見つからなかったのはどうしてだろう?


「けどお城の中とか、今だって、隠れられてるじゃない‥‥」

「今はね。今はお城にいろんな人が出入りしてるから、僕らが廊下を歩いていても不思議に思われなかっただけだと思う。この場所は‥‥なんでか分からないけど、最初から見られてない場所だったんだ。でもね、きっと魔術師の目の前に行ったらバレちゃうと思うんだ」


 そうか、お城に‥‥儀式に招かれた人たちにまぎれていられたってことなのか。


 それならやっぱり、できないんだな。

 今からじゃ遅いんだ。もし、あの時、みんなを見つけたときにできていれば‥‥。


「‥‥あの時、私が倒れずにいたら、してあげれたのかな」

「‥‥。そう、かもしれない」

「‥‥」

「けど、僕‥‥」


 リュカの声は震えているように聞こえた。続く言葉も、小さく消えそうだった。


「僕、殺したくない‥‥」


 それを聞いて、私は足を止めた。


「あのね、チトセには、いいよって‥‥。できるよって言ったけど‥‥。僕ね、ほんとは誰も殺したくないの‥‥。だって、それって、‥‥とっても悪いことだもん」


 窓がちょうど目の前にあり、視界に光がさす。暗闇の中でうつむくリュカの後頭部が見えた。

 力なくうなだれる彼の姿を見て、私はようやく自分がひどいことを言っていることに気づいた。


 またやってしまった。

 また、私は自分のことしか考えられてなかった。


 優しいリュカが、人を簡単に殺せるわけもないのに、軽はずみに言ってはいけないようなことを言った。


 私は私が楽になりたくて、リュカに人殺しをさせようとしたんだ。


 足を止めた私に気づいて、リュカも止まる。私を見上げて、不安そうな、申し訳なさそうな顔をしている。


「‥‥ごめんね、チトセ‥‥。僕、役立たずで‥‥」


 リュカが謝る。

 先に謝らないといけないのは私の方なのに。


「そんなことない。私こそ‥‥ごめん。私‥‥リュカに、私‥‥」


 私は私のことばっかりだ。

 自分のことばかり考えて。だからまたこうやってリュカを傷つけてしまった。


 そんな自分が心底嫌で、私は唇を噛んだ。なんて言ったらいいのかわからなくて、ただ、リュカは一つも悪くないんだとだけ伝えたくて。


「リュカは、悪くないの‥‥。私が悪いの‥‥」

「チトセは悪くないよ。チトセの言う通りだもん。苦しい死に方をするくらいなら、眠るように死んだ方がいいに決まってる。‥‥わかるよ」

「違う。私、自分勝手だった。‥‥リュカに、人に頼むべきことじゃなかった‥‥。本当に、ごめん‥‥」

「謝らないで‥‥。僕、チトセの役に立ちたいのに‥‥」


 それから沈黙が続いて、やがてしょんぼりしたままリュカが歩き出した。私もついて行く。


「‥‥みんな、このお城の人たちが悪いんだ。お嬢様は教えてくれなかったけど、悪夢を見る人たちがここをこわがってた理由がわかったよ。お嬢様がみんなを助けちゃう理由もわかった。ここにはすごく悪い人たちがたくさんいるんだもの。ひどいことをされるとね、みんな、助けてほしいって思うんだ。それは当たり前のことで、そんな人たちを助けたいって思うのも、当たり前のことなんだよ。だから、チトセは間違ってない」


 リュカの背を追って、私は黙ってそれを聞く。


 だけど、お嬢様はきっと自分で救える人たちを自分の手で助けてるんでしょう?

 私は自分の手を汚さずに自分の思うとおりにしようとしたんだよ。


 自分がしたいことを自分ができないからって人にやらせようとする。それで満足するのは自分だけ。やらされた人が嫌な思いをするかもしれないなんて考えてもなかったんだよ。

 そんなの、いいとこどりしたいだけの人だよ。

 どうしてもやりたいなら、それに生じる責任も全部自分が持つべきなんだ。それができないなら、理想なんてただのわがままなんだ。


 だから、私が間違ってたんだよ‥‥と、リュカに言われない分自分で自分を責めながら黙って階段を下りて行った。

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