30話-4 戦争の夢
「‥‥ッ! あ‥‥っ!?」
気が付いて、大きく息を吸う。両手を見ると、怪我一つなかった。ただ、さっきまで息を止めていたかのような圧迫感が胸に残っている。
「リュカ‥‥!?」
姿を探すと、すぐ隣に傷一つない状態で寝かされている彼を見つけた。
「はぁ‥‥っ、よかった‥‥!」
安心するもつかの間、背後で大きな音がした。驚き振り返ると、なんとエルダーが倒れている。
「エルダーさん!」
伏したままひどく咳き込み、かと思えば喉を鳴らして息を吸う。呼吸ができていない様子だ。
急いで抱き上げ、膝の上で仰向けにする。煤で汚れた頬を拭おうと触れると、冷たかった。
なんでこんなに冷たいのだろう。それに、おかしい。呼吸が変なまま治らない。
「はぁ‥‥っ、は‥‥っ!」
「エルダーさんっ! しっかりしてください! エルダーさん!」
「‥‥ひっ、‥‥っ、は‥‥っ」
苦しそうに喘ぎ、やがてエルダーはぐったりと動かなくなった。呼吸も止まったように聞こえなくなる。
「え、やだ‥‥。うそ‥‥エルダーさんっ!」
いくら声をかけても、揺すっても目覚める気配はこれっぽっちもない。がくりと力なく垂れた首が膝からこぼれそうになる。死んだと思い、動けなくなった。
夢の中だ。これは夢。夢のはず。
なら、どうして。
エルダーの夢の中で、どうしてエルダー本人が死んだのか。
「りゅ、リュカっ! 起きてリュカっ!」
「あっ、‥‥うぁっ!」
呼びかけに反応してか、リュカも跳ね起きた。深く息をつきながら勢いよく振り返る。そして、私の抱きかかえたエルダーを見て固まった。
「え、エルダー‥‥。死んじゃったの‥‥?」
「分からない! けど、動かないよ‥‥! どうしたらいいの? リュカ、なんとかしてぇ‥‥っ」
どうしたらいいか分からなくて、頬をぼろぼろ涙が伝ってく。
エルダーが死んだら、どうしよう。
ここまで我慢してきた。夢だと思ってなんとかせき止めていたこの悪夢の光景が雪崩になって目から溢れてく。
「え、えっ、えっ! 泣かないでチトセ! どうにか、どうにか‥‥っ? え、エルダーの夢なのに、エルダーが死んじゃったら、どうなるの? えっと、でもまだ夢が終わらないから、まだ、生きてるってことだから、えっと‥‥!」
「うわぁぁぁ! エルダーさん息してない‥‥っ!」
「っ! ち、チトセお願い泣かないで‥‥っ。ひっ、僕、どうし、たら‥‥っ! ど‥‥う、うぅ、うー‥‥っ!」
とうとうリュカまで泣き出した。
すると突然、エルダーのそばから眩い光が現れた。怪我人を治療した時に見た、光の精霊だ。
精霊はうろうろとエルダーの周りを飛び回る。そして彼の胸の上で止まり、強く光った。すると‥‥。
「ごほ‥‥っ」
「エルダーさん‥‥!」
「よ、よかったぁ‥‥! エルダーまだ死んでないぃ!」
息を吹き返したエルダーは虚ろな目で精霊を見る。
「ルミナ‥‥貴方が‥‥」
息を吹き返したものの、未だ死にそうな顔をした彼が何か言おうとした時、見下ろす自分の影が濃くなった。
また、あの光だ。
泣いたばかりだからか、こんな思いをさせた元凶に腹が立っていてる。
さっきから一体何なんだろうと顔を上げて、そこでまた私の視界は真っ暗になった。
目を開けてすぐ、強く咳き込む。
まるで長時間息をしていなかったかのような激しい咳き込みが隣でも聞こえる。リュカも私と同じように今起きたところらしい。
「ルミナ! どこです、ルミナ‥‥!」
声の方へ振り向くと、赤く暗い空の下エルダーがよろめきながら叫んでいた。
制服はさらに焼け焦げ、端が黒く破れている。全身煤にまみれたような状態だが、五体満足で安心した。
視界にはもう、彼以外立っている人物がいない。
「ルミナ‥‥ッ!」
ルミナとは光の精霊の名前だったはずだ。その精霊をエルダーは必死になって探している。
瓦礫に躓き、煙に咳き込み、とうとう彼はその場で両膝をついた。起き上がらず、這いつくばったまま悔しそうに項垂れていく。
「わ、私のために‥‥! 貴方が消える必要など、なかったんです‥‥! ルミナ‥‥」
そんなエルダーの近くに、暗い何かが現れた。黒煙に紛れ見えにくいが、夜色の光を発する物体。おそらくあれが闇の精霊なのだろう。
追い払わなければと考え、手を出すのは危ないんだったと思い出す。エルダーに知らせて、起きてもらう作戦だ。
しかしそう思いなおして駆け寄ろうとした足が止まる。はたしてあの精霊はリュカの言うように本当に安全な精霊なんだろうか。魔人の言葉が浮かんできて、体が動いてくれない。
同じことを感じているのだろうか、リュカも動かなかった。
「ルクスナ‥‥すみません。私のせいで、ルミナが消えました。このままでは対となる貴方への負担も大きいでしょう‥‥。どうか、自由になってください。契約を‥‥終わりに‥‥」
ルクスナと呼ばれた光へエルダーは手を伸ばすが、精霊はそれを避けた。そして点滅する。
「何を言っているのですか‥‥。貴方の言葉はどうしてだかわからないのです、ルクスナ。でも分かります‥‥怒って、いますよね。‥‥どうぞ、この命‥‥代償として持って行ってください。ルミナの代わりにはならないでしょうが‥‥」
地面を埋め尽くす瓦礫の上に力無く座り込んだエルダーの周りを、付かず離れず精霊は飛びまわる。
それはまるで彼を労ってでもいるかのような動きに見えた。
なんでだかは分からない。けど、その様子に確かにあれはリュカの言うようにこわいものではないのだとなんとなくだが感じた。
「え、エルダー‥‥さん‥‥」
「エルダー‥‥」
近づき声をかけると彼はこちらに顔を向けた。
疲れきり、生気のない暗い瞳が私たちを映す。生者のいない景色の中で私たちを見つけ安心したからか、ほんの少しだけ口元を緩めた。
彼は目を伏せ息をついた。それは安堵のため息に聞こえたが、希望の音にしてはどこか深く澱んでいる。
「貴方達‥‥よかった、気が付いたんですね。ルミナが、護ってくれたんですね‥‥。本当に、よかった‥‥」
「エルダー‥‥ねぇ、僕ら」
「さぁ、はやくここを離れなさい。きっとまた砲弾か、魔術砲が飛んできます。その前に」
力なく微笑むエルダーの肩に闇の精霊が止まる。それに気が付いた彼は、精霊を見つめ目を閉じた。
「ルクスナ、どうぞ。私の命を‥‥。契約の、終わりです‥‥」
途端に、闇の精霊が強く光った。周囲の光をすべて呑み込んで、闇が視界を覆っていく。
まさか本当に命を奪うつもりだろうか。
「エルダーさん!」
「エルダー!」
驚き、焦り、咄嗟に叫んでいた。闇のせいか体が動かなくて、もうそれしかできない。
エルダーは暗闇の中急激に遠ざかっていく。
叫んだ声も、彼に届くことはなく広がる闇の中に溶けていった。




