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30話-2 戦争の夢

 キャンプに視線を戻す。

 ここにいる人たちは大概が白っぽい制服を着ていて、鎧は身に着けていない。たまに鎧を着た人もいるけど鎧も白く塗られていて、こんなこと言ったら不謹慎かもしれないけどなんだかみんな白鳥のようだ。


 白い服を着こんだ彼らは忙しなくテントを行きかっている。


 ひとまずここには火薬も焦げた臭いもなくて安心した。


「本拠地っていうのかな、こういう所のこと。でも、それにしてはなんていうか‥‥立ってる人が少ないっていうか、寝てる人が多い気がするっていうか」

「あっ、エルダーがあっちに行ったみたい。いなくならないうちに早く会いに行こうよ」

「ちょっと待ってよリュカ」


 森の中を進んでいくリュカを追いながら、簡易テントの下を覗く。そこは休憩室なのか沢山の人が寝かされていて、彼らの間を白い服を着た人があっちへこっちへ動き回っていた。


 ふと消毒液のようなアルコールの匂いがした。


 それを踏まえたうえでよく見れば、てきぱきと働く彼らの服にはどれにも同じ青い十字架のような模様が入っている。


 それは社会の教科書で見た、戦地で活躍する医療従事者が身に着けていたものに似ていたが、この世界でも同じなのかはわからない。


 横たわる人たちのこともよく観察する。彼らはみな鎧を脱ぎ、体のどこかしらに包帯か白い布を当てているようだ。消毒液のような香りに交じり、鉄臭い血の臭いや生臭さも感じる。


「そうか、やっぱりここ‥‥怪我した人を集めて治療してる場所なんだ」


 いわゆる野戦病院というやつだろう。すると、白い服を着た人たちはきっと医者か看護師だろうか。


 気がついてしまったからだろうか。キャンプのざわめきにも意味がついてくる。


 大半は「痛い」だの「苦しい」だのつらい言葉ばかりだった。さっきとは別の嫌な光景に唇を噛む。


 痛みに苦しむ声の合間に「大丈夫ですよ」「このくらいすぐ治りますよ」「安心してくださいね」などの優しい言葉も飛び交っている。

 誰かを思いやる声。それを聞いて、私まで元気づけられたような気がした。


 エルダーは連邦騎士団に入る前は他の場所にいたと言っていたから、ここはきっと彼が過去に所属していた組織や職場なんだろう。それが病院なのか騎士団なのかは分からないけれど、とにかく人を助けるようなそんな場所。


 真面目で働き者で、人に細やかな気を配れるエルダーのイメージ通りだと思った。


「チトセ、こっちだってば」

「うん、今行く」


 追って行った先には、箱型のしっかりしたテントがあった。今しがた両足付近が真っ赤に染まった人を乗せたタンカーが入って行ったところを見ると、重症者の治療にあたっている場所のようだ。


 血の臭いも少し増したような気がする。


「あそこにエルダーがいる」


 と、言われても天井しかない簡易テントとは異なり内部が見えないため、エルダーを探すには中に入るしかない。なんとか出てきてくれるのを待ってもいいが、それだと夢の中を移動し続けているという彼を見失う可能性がある。


 呪術で姿の見えない今なら、派手に動き回らなければ見つかる心配もないだろう。


「リュカ、テントの中に入って探そう」

「うん。僕もそう思ってたとこ」


 同じことを考えていたのが嬉しくて、顔を見合わせてふふ、と笑いあう。それから「よし行こう」と立ち上がった、その時だった。


「敵襲ーー‥‥ッ!! 伏せろーー‥‥ッ!」


 どこからともなく誰かの叫び声が聞こえてきて、同時に目の前で爆発が起こった。隠れる間もなく熱風が私たちを襲う。

 悲鳴を上げる間もない。


 揺れる地面に吸い付いたようになって動かない足。

 鼓膜が破れそうなほど凄まじい音が体を突き抜ける。

 熱い衝撃。吸った空気まで熱湯のよう。目を開けていられない。

 足は動かないのに、風に押された体は傾く。


 森の脇に立っていた私達はあっという間に茂みの奥へと吹き飛ばされた。



・・・

・・・

・・・


「チトセ、チトセっ! 大丈夫っ!?」


 必死に呼びかけてくる声に目を開けると、黒い木々を背景に大きな目をしたリュカの姿が見えた。


 一瞬ここがどこで何があったのか分からなかったが、鼻をくすぐる煙の臭いにすべてを思い出す。


「だ、大丈夫。‥‥リュカは?」

「僕は平気。チトセ、ほんとに大丈夫‥‥?」


 これだけ心配されているとなると、どこか怪我でもしているのだろうか。


 起き上がり確認してみるが怪我はない。体のどこもなんともなっていないようだった。


 あんなに近くで爆風を受けたってのに怪我も汚れも見当たらないなんて。最初に爆発を目にしたときも似た感じだったのを考えると、夢の中では怪我をしないのかもしれない。


 だけど、感じた温度も風も音も衝撃だってリアルだった。


「大丈夫なら、よかった。目を開けないから、死んじゃったかと思ったの」

「ごめん、心配させて。それで‥‥何が起きたの?」

「分かんない。爆発したの。魔法、かな」


 爆風に随分飛ばされたらしく、辺りは木々に囲まれた鬱蒼とする森の中。キャンプがどうなっているのかここからじゃほとんど見えない。


 エルダーはどうなっただろう。早く確認しなければと立ち上がる。


「エルダーさんは、テントは? 急いで会わなくちゃ」

「ぐちゃぐちゃだよ」

「ぐちゃぐちゃ‥‥?」


 それを聞いて行こうとした足が止まった。


 私が気を失っている間にリュカは森の向こうを見たのだろう。その光景を。


 ここから見える森の外には黒煙が上がっている。ここまで漂ってくる焦げ付いた臭いは戦場で嗅いだのと似ていた。


 遠いからか音は聞こえない。


「みんな、死んじゃったって事?」

「生きてる‥‥人もいる。けど、ぐちゃぐちゃ。‥‥見に行く?」


 そう念を押されると即答が難しい。なにがそうなっているのかは分からないが、爆発したのだからある程度の想像はつく。


 生きてはいても、ぐちゃぐちゃな姿なんて見たくない。むしろ、ぐちゃぐちゃなのに生きている姿こそ見たくない。


 ここまで散々グロテスクなものを見てきたから、そういったものに少しは慣れてもいい気がするのにまったく慣れない。足がすくむ。


「‥‥エルダー、さんは?」

「エルダーは生きてる。みんなと怪我をした人を治してる」


 それを聞けて少しだけ安心した。

 少なくとも、エルダー含め他にも無事な人はいて、治療をしているならそこまでひどい惨状じゃないかもしれない。


 足の先に力が入るようになる。


「‥‥なら、行こう」


 そう言うと、リュカも頷いて立ち上がった。

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