28話-1 夢に入るリスク
「ほら、リュカ。やっぱりこわいこと言う」
よくわからない真っ暗な場所にリュカがいて、体を丸め困った顔で見上げてくる。
「そういうことは最初に必ず教えてよ」
リュカがなぜそんな顔しているかというと、私が彼を問いただしているからだ。さっき聞いた『夢の中に人を連れっちゃいけない』理由について。
だって『夢の中に置いてくと、消えてなくなる』なんて大切なこと、直前まで黙ってるなんてまるで騙すみたいで嫌だったから。
でも、ごめんって言ってくれたらそれだけでよかった。なのにリュカは私と目も合わせない。合ってもすぐ逸らされる。
「だ‥‥大丈夫だよ。僕、チトセは絶対置いていかないもん。もしチトセが迷子になっちゃっても、安心していいよ。ちゃんと見つけに行くから」
「そういう問題?」
はぐれたとしてもちゃんと見つけてくれるなら確かに安心だ。けど、問題はそこじゃない。
するとリュカはさらに身を丸めた。
ちらちらと視線が泳いでいて、その様子がやましいことでもあるみたいに見える。
これは何かあるなと思って睨み続けると、八の字の形をした眉の下で大きな目が潤み始めた。やがてぼそぼそ喋り出す。
「‥‥だって、最初に言ったら、チトセこわくなって、ついて来てくれなくなるかもしれなかったし」
私の目も見ないでそんな事を言う。
じゃあ、なに?
言い忘れたとか、伝えるって発想がなかったわけじゃないってこと。私を確実に連れて来たかったからあえて言わなかったってこと。
それってなんだか、ますます詐欺みたい。
「そういう計算高いこと考えたりするんだね、リュカも。なんかおじいちゃんみたい。‥‥私そういうの嫌い。卑怯だよ」
「えっ‥‥」
ようやくこっちを真っすぐ見たと思ったら、何も言わず固まってしまった。
まさか私からそんなことを言われるとは思ってなかったみたいだけど、そんなのこっちだってそうだ。リュカがそんなこと考えてるなんて思わなかった。
もっと無邪気に純粋に、言ってしまえば考えなしに行動しているものだとばかり思ってた。
小賢しい計算だとか相手の行動を読んだりだとかをせず、単純な好奇心とか正義感とか、相手への愛情や友情なんかで行動しているものだとばかり思っていた。
だからこそ手を繋ぐとか抱きしめるとか、そういう他の人にされたら絶対嫌だなって距離感のスキンシップも、リュカがするならいやらしい事はないだろうなって目をつむっていられたのに。
それらが計算だったって言うなら、話は変わってくる。
今までの全部がもしそうだとしたら、私はリュカに行動をコントロールされてたってことになる。私の無知と善意とリュカに抱いてる友情につけこんで、リュカの思うまま、させたいようにさせられてきたってことになる。
そんなの許せるわけがない。
魔人含め他の人はそういうことを平気でするだろうけど、リュカだけは違うって思ってた。
そりゃ私だって卑怯だよ。寝る前おじいちゃんと話した時はそれこそ自分を卑怯だって思ったもの。けど私、リュカに対してはそうじゃない。そんなことしない。
リュカだけは‥‥。
リュカだけはそういうのがない、そういうことをしない人だって思ってた。少なくとも、私にはしないって、信じてたのに。
なんだか裏切られた気持ちだ。というか、だとしたら裏切りだよこんなの。信頼されてないってことだもん。信じてたら最初から言うもんね。
ああ、そうか。
私、リュカに信じてもらえてなかったって事に傷ついてるんだ。
それが悲しくて、ムカつくんだ。
私はリュカの事信じてるのに。信じてるからここまできたのに。リュカは私の事信じてくれてなかった。
それが、こんなに‥‥腹の立つことだったなんて!
「私ちゃんとついて行くよ、リュカが来てって言うなら」
「ひ、卑怯な僕は嫌い‥‥?」
涙を浮かべた瞳にじっと見つめられる。おどおどしながら、鼻声で縋るように聞いてくるリュカ。
可哀想だと思うけど、もしかしたらこれも計算のうちなのかもしれないと思うとむかむかする。
それに、今その質問はズレてる。
私の気持ちが通じてないみたいで、いらいらする。
卑怯なリュカが嫌いかって、そうだけど、そうじゃない。私が言いたいのは、そういうんじゃない!
「卑怯なリュカが嫌いなんじゃなくて、卑怯が嫌いなの! それに、そういう言い方、寂しいよ。私、そういうことしないとついて来なそうに見えてたわけでしょ。そう思われてたってことでしょ! ‥‥そういうの、信頼されてないんだって、悲しくなる」
言い終わると、今度は急激に寂しく、悲しくなってきた。けどここで泣くのは悔しいから絶対嫌だ。
拳をぐっと握りしめ、唇を噛んで目をぎゅうっとつぶれば、涙は引っ込む。それでもまだ悲しくて、自分の気持ちを誤魔化すために鼻を啜る。
なんで伝わらないかなぁ、と髪の毛をくるくるいじる視界の端で、リュカが一歩前に出るのが見えた。顎を震わせながら、何か言おうとしているみたい。
何を言ってくれるわけ。
「し、信じてるよ! 僕、チトセのこと信じてる!」
聞きたかった言葉のはずが、拗ねた心のままでは必死に訴えてくる姿を見ても実際は信じてなかったくせに、と思ってしまう。
「けど信じてないから言わなかったんでしょ。私がついて来ないと思ったから悪いことは黙ってたんでしょ。そう言ったじゃない」
「ち、違うぅ。違わないけど‥‥そうじゃないぃ‥‥!」
声を震わせて、喉を引きつらせ、今度こそ本当に泣きそうになったリュカを見てようやく気持ちが落ち着いてきた。
私の気持ち、少しは分かってくれただろうか。
2つに分かれた帽子の端を握りしめ、俯き唸るリュカの顔を覗き込む。口をへの字にして、こぼれ始めた涙が止まらない目と目を合わせる。
「うー‥‥! うぅー‥‥っ」
歪む顔が逃げないようにこっちに向かせる。私の姿すら映らないほど暗い瞳。そこからはぽろぽろぽろぽろ涙が流れる。
「じゃあ、次からはちゃんと教えて」
きゅっと結ばれた唇が「うん」という前に続けて言う。
「あと、私のことは信じる事。私、リュカと一緒なら行くからね。どんなこわいところでも。それが分かったんなら、許してあげる」
私の話を聞き終えたリュカの、べしょべしょの目に光がさした。涙に反射しただけだけど、なんだかキラキラして綺麗。
私の両腕をぐっと掴み、身を乗り出してくる。
「するよ! 次からはちゃんと、悪いことも最初に教える! 僕だって、チトセと一緒ならどこへでも行くもん!」
力強くそう答えてから、はっとしたように肩をすくめる。
「‥‥だから、許してくれる?」
今この時の彼からは計算高さなんて微塵も感じない。むしろ一生懸命で純粋な、彼らしい不器用な純真さを感じる。
必死な目が私だけ映してる。その目を見ていると、私がリュカを信じるのと同じくらい、彼が私を信じてくれてるって思えた。
私の気持ちに同じ気持ちを返してくれているのだと感じると、胸が満たされたようなそんな気持ちになる。
「ねぇ、チトセ‥‥」
返事をしないのが不安なようで、リュカは声を震わせる。
勢いのない自信のなさそうな弱弱しい口調が彼らしくて可愛い。縋るような姿を見るとリュカはやっぱり私を騙そうとしたりなんかしてないんだって思える。
そもそも本当に計算高く卑怯なことを考えていたなら、私の問い詰めなんて簡単に躱すだろうし。
「うん。ちゃんと信じてくれるならね」
「信じるよ!」
リュカは食い入るようにそう言いきってくれる。だからか、本当に安心できた。
分かってくれたならいいんだ、と今度はとっても喜ばしい気持ちになってきた。胸の奥があったかい。
なんだか、さっきから感情の揺れ幅が大きい。変なの。




