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27話-4 夢の中へ行く前に

 テントの中、出力を一番小さくしたランプで薄明かるく照らされながら、リュカはエルダーと手を繋ぎ仰向けになっていた。


 うとうととしていた彼は私が入ると目を開けて笑う。手招きされ、リュカの隣に同じように仰向けになると、手を握られた。


「長かったね。何のお話してたの?」

「黒い精霊が‥‥闇の精霊がね、こわいって話」

「そうなの?」

「そうなのって‥‥リュカが最初に言ったんじゃない。闇の精霊ね、エルダーさんに取り憑いてるんだって。このままじゃ、エルダーさんはリッチって魔物になっちゃうかもしれないんだって」

「取り憑く‥‥? うんと、もしそれが呪いなら、僕きっと解けるよ。だから大丈夫だよ」


 握った手を空中で振りながらリュカは明るい声で言い切った。だからか、私も少し不安が和らぐ。


 しかし、テントの外で私たちを見張っている魔人の目を思い出すと気が重くなった。


 リュカに話そうか迷う。エルダーの命が懸かっているんだし、話さないわけにはいかないけど、でも要らないプレッシャーをかけたくはない。


 どうしようか悩んでいると、繋いだ手を引かれた。見れば私の手を両手で握ったリュカが心配そうにこちらを見ている。じっと見つめてくる黒目を見て、話した方がいいと思いなおす。


「リュカ、おじいちゃんがね‥‥。私たちが精霊を怒らせたら、エルダーさんを食べるっていうの。他の人たちも」


 聞かせた途端、リュカは血相を変えた。


「そんなの‥‥だめだよ! エルダー食べちゃだめ! なんでそんなことするの。僕、おじいちゃんに言ってこようか」


 体を起こすリュカを引き留めて、わけを話す。すると「なぁんだ」と朗らかに笑ってまた横になった。


「なら大丈夫だよ。だって黒い‥‥闇の精霊? あの子はこわくないもの」

「え、そうなの?」


 だってリュカがこわいって言ったんじゃないと見つめると、うふうふ笑ってこちらを向く。


「うん。だってさっきね、またエルダーのとこ飛んでたの。でも、こわくなかったから」


 だから大丈夫だとそう言う。また彼の直感を信じるしかないパターンだけど、それを聞いて少し安心した。


「そう、なんだ‥‥? それなら‥‥そうだといいな」


 リュカの直感が当たっていて、闇の精霊が魔人が言うほど恐ろしい存在じゃないといい。それなら、夢の中でエルダーと話すくらい許してくれるだろうし、エルダーと話し合えば取り憑くの自体をやめてくれるかもしれない。


 それきりリュカは天井を見つめて黙ったので、いよいよかと目を閉じる。しばらく目をつむっていると、隣から「チトセ、ほんとはね」と小さな声が聞こえて来た。


「こうやって誰かの夢に誰かを連れてっちゃいけないんだ」

「え? なんで?」


 今さらそれを言うのかと隣を見ると、天井を見つめるリュカの横顔。その向こうには死んだような顔をしているエルダー。


 手の平を握りなおして、リュカは首をこっちに向ける。ガゼボで見た時のように瞳を揺らし、肩をすくめてじっと見てくる。


 やがて震えたような小さな声が聞こえてきた。


「それでもね、一緒に来て欲しいの。‥‥僕、こわくて」

「なんでこわいの? やっぱり、精霊が‥‥?」

「ううん。精霊は違うの。最初は変だなって思ったけど、さっきは平気って思ったから。きっとあれ、いい精霊だよ」

「そう‥‥なら、なにがこわいの?」

「んと‥‥」


 精霊以外でリュカが何をこわがるんだろうか。人の夢の中で見る悪夢だったりがこわいのだろうか。さんざん私の悪夢を覗き見ているのに?


 答えを待つと、繋いだ指先に力がこめられる。先ほどよりももっと小さな、絞り出すような声でリュカは語った。伏せられた目が私を捉えている。


「夢の中でエルダーに会って、その時ね。また‥‥僕をエルダーが、悪魔って言ったらって思うとねぇ。‥‥それがこわいの」


 リュカの大きな不安は、弱くか細く薄暗いテントの中に溶けていった。


 そっか、と思った。


 そうだよね、とも。


 リュカはエルダーに酷いことを言われて、傷つけられた。それでも彼を許して友達になろうとしたのは、リュカにとってエルダーという存在が特別だからだ。


 そこまで想っている相手に拒絶されるというのは、相応に辛いことだっただろう。例え相手が想っている相手に瓜二つの別人でもだ。


 それに今そこで寝ているエルダーはもうリュカの友達だから、次同じことを言われたとしたら、それは友達からの言葉になってしまう。友達を大切にするリュカのことだから、そんなことになればどれほどつらいことだろう。想像すると、胸が痛んだ。


 大丈夫、こわくないよという気持ちを込めて、手を握り返す。


「大丈夫、私行くよ。リュカと一緒に行く。もしもまたそんなこと言われたって、絶対私が仲直りさせるから。だから安心して。リュカには私がついてるよ」

「ほんと‥‥?」

「ほんとだよ」


 大きな目が開かれ、安心したように笑む。


「うふ。チトセは凄いや。僕、チトセが一緒にいてくれるって思うとなにもこわくなくなるの。チトセ、大好き‥‥」


 いつものリュカのへにゃへにゃした優しい笑顔。


 優しい人には、ずっと優しい気持ちでいて欲しい。私はリュカにいつもそういう気持ちでいてほしい。


 じゃあ、これでもうなにも心配なことはない。あとは寝るだけだと天井を見上げた時、大切なことに気が付いた。さっき目をつむった時に分かったことだ。


「ねぇ‥‥リュカ。1つ困ったことがあるかも」

「なに?」

「私、全然眠くないの」


 そう、眠たくないのだ。


 体は疲れているし、なんだか全身が怠い。なのにちっとも眠気がない。


 体を拭くために冷たい水を浴びたせいだろうか。魔人と話して気持ちが高ぶったからだろうか。それとも、悪夢や闇の精霊や、あまりにも次々といろんなことを知って、頭がいつにもなく動いているからだろうか。


 とにかく目が冴えてしまっていて、まるで眠れそうにない。


「なんだ、そんなこと。大丈夫、ちゃんと連れてくから。僕チトセを眠らせるの上手なんだよ」

「そう? そっか、呪術で‥‥あふ」


 あくびだ。


 あれ、なんだかいきなり眠くなったぞ、とリュカを見ると「ね? 眠くなってきたでしょ」とにこにこしてる。どうやらこの急な眠気は彼が引き起こしているようだ。


 やっぱり、リュカ言わなくても呪術使えるんだねと思いながら、もう1つ知りたいことがあるのを思い出した。


 目を擦るが、もう相当眠たい。声を出すのも一苦労なほど。


「リュカ‥‥」

「なぁに」

「どうして、夢の中‥‥連れてっちゃいけないの‥‥?」

「人の夢に、誰かを?」

「うん‥‥」


 聞いておいてなんだけど、こりゃだめだと思った。どんどん意識が深く沈んでって、まるで人をダメにするベッドに横になった時のよう。二度寝の直前のような心地いい眠気に、勝てそうにない。


 これ、答え聞く前に寝ちゃうやつ‥‥と考えながら頑張って眠気に立ち向かう。


 リュカってたまに後出しでこわいこと言うから、だから一応心構えとして聞いておかないと‥‥と思うのだが、私の意識はもうほとんど眠りかけている。


「誰かを連れてってね、その人を夢の中に置いてっちゃうとね」


 答えるリュカの声も遠くて、それが現実なのか夢の中で言ってるのかもわからない。


「起きれなくなって、いなくなっちゃうの。消えちゃうから」


 だからだめなんだよと、リュカはやはりこわいことを言った。‥‥気がした。


 真偽を確かめたかったけれど、もう目が開かない。意識が暗闇に向かっていて戻れない。「それ先に言ってよ」と思ったことすら消えてく。

 心地よくて重たい眠りの谷底へ向かって、ゆるゆると、意識は沈み込んでった。

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