27話-1 夢の中へ行く前に
気持ちを落ち着け、改めてこれからどうすればいいか考えた。
ひとまず私の悪夢については、今話をするのはやめる。乗り越えられてないことは分かったし、これ以上はメンタルがもちそうにない。
私の夢の中にリュカが勝手に入っていた問題についても、今は置いておく。今後いつでも話すタイミングがあるはずだから、先に片付けないといけないことを優先する。
まずは、エルダーだ。
リュカによると黒い精霊がエルダーを起こさないようにしている‥‥という話だった。
ザギやレバネが言ったように出血多量が原因で目覚めない線ももちろん残るが、精霊がいることは間違いないらしいので警戒しておいて損はないはず。
それで、なら、どうするか。
「夢の中に入って起こすってさ、具体的にどうやって? 夢の中でエルダーさんに会って、起きてくださいって言えば起きてくれるものなの?」
「うぅんと‥‥」
リュカは首を捻る。起こし方について悩んでいるのだろうか。
私も人の事は言えないけど、リュカもわりと考えなしだよね。てっきり起こす方法が何かあるのかと思ったのに。
「私の時はどうしてるの」
「チトセの時は、チトセが起きるまで一緒に夢を見るんだよ。こわい夢になったら、こわくなくするの。そのうちチトセが起きると、僕も夢から追い出されて、起きちゃう」
こわくなくするってことは、リュカは明晰夢でも見れるんだろうか。
「リュカって夢の内容変えれたりするの?」
「うんと?」
「こわい夢を面白い夢に変えたりできるの?」
「うん、できるよっ。チトセのこわい夢、楽しい夢にしてるよ。いつも」
「そうなの!?」
嫌なことがあった次の日の朝、悪夢を見た気がしなかったのはリュカのおかげなのかもしれない。それについても今度聞くことにする。
「ほんとはね、無理やり起こすのもできるけどね。でも、よくない事なの。夢って、整理整頓の時間なんだってお嬢様が言ってた。よく分かんないけど、整理整頓できないとね、だめなんだって。だからエルダーが自分で起きるのを待つのがいいの」
それは聞いたことがある気がする。
人は寝ている時にその日の事を反芻したり記憶したりして片付けていると。
同級生の誰かが前に一晩寝たら嫌なことは忘れると話していたのを思い出す。きっとそれもリュカのいう所の整理整頓なのだろう。
私は一晩寝ても嫌なことをきれいに忘れたりできないから、そういう人の事を羨ましく思う。
しかし、無理やり起こせないとなると一苦労しそうだ。こうなったら起きない原因自体をどうにかするしかない。
となると、精霊しか今のところ思い浮かばない。
だけど困ったことに現状精霊がエルダーにどう関与しているのかわからない。本当に精霊が原因なのかどうかも。
「あー‥‥。エルダーさんが自力で起きるまで、ひとまず精霊をどうにかできれば‥‥。どうにか‥‥うーん」
「やっつけちゃうとか?」
「できるの?」
精霊を倒す。もし本当に黒い精霊が悪いものなら、きっとそれが一番いい方法だろう。
「できない」
「ならなんでそんなこと言うのよ」
リュカはえへへと笑った。真剣なのかふざけているのか分からないが、その様子を見ると私ももう少し気楽に構えていい気がしてくる。
気楽にと思ったとたん、1つ思い浮かんだ。
「あ、じゃあさ、エルダーさんに近寄る黒い精霊を私たちで追い払うとかはどう? 追い払いながらエルダーさんを説得して、夢だってわかってもらって、‥‥自力で起きてもらう」
起きる方法はその時改めて考えることにして、ひとまずはエルダーを狙っているという黒い精霊から彼を護る。
黒い精霊を追い払い続ければ、少なくともその間は精霊がエルダーを殺してしまう事はないはずだ。
もしエルダーが自力で起きることができなくても、外の世界が朝になればザギがポーションを飲ませて治療を進める。もしかしたらそれで目が覚めるかもしれない。
ベンチに座り、足をぶらぶらと揺らしながらリュカははしゃぐ。さっきから何故か楽しそうにしてるけど、不安はないのだろうか。
「それ、なんだか楽しそうだね!」
「たのし‥‥楽しくあっても困るけど、まぁ、うん。こわいよりはいいかな。でも、それだと夢の中に入る必要はないかも」
「どうして?」
「だって黒い精霊はエルダーさんのそばにいるんでしょ? なら一晩中起きてさ、精霊が近づいてきた時だけ追い払えばいいじゃない?」
ハエを追い払うように精霊を追い払う所を想像する。いい案だと思ったんだけど、リュカは首を横に振った。
「ううん。だめ。夢の中に行く方がいいよ」
「なんでよ」
「だって、精霊はもうきっとエルダーの夢に入ってるもの」
「まぁ、リュカが見てから時間経ってるもんね。じゃあ、夢の中に入るしかないのかぁ」
正直、私にとって夢の中っていうのは全く想像ができない場所だから、少し不安だ。私に何ができるのかも、そこで何が起こるのかもわからないし。けど夢の中に入るしか方法がないなら仕方がない。
私の不安がうつってしまったのか、足を止めて肩をすくめたリュカが下から覗き込むようにしてくる。
「チトセ、夢に入るの嫌? こわい?」
「まぁ、ちょっとはね。でも平気。だってリュカと一緒だし」
「え、えへへ‥‥。うふっ」
それを聞いて、また足をぶらつかせる。リュカってほんと、単純だ。
でも、さっきのは嘘や強がりなんかじゃない。本当に平気だと思ってる。リュカは子供っぽいけど頼りになる子だから、彼がいるならきっと大丈夫だって思えてしまう。
さぁ、やることは一つだけ。
夢の中に入り、精霊からエルダーを護る!
「よし! そろそろ行こ!」
「うんっ」
そうと決まれば、急いでテントへ。
噴水の前を通る時、念のため騎士の様子を窺ってみる。万が一にも邪魔されないよう、動向を探るのだ。
噴水前では魔法陣の書かれた絨毯で火を起こし、レバネとシントラスが談笑していた。だけどそこに団長とザギとスベディアはいない。
レバネは私たちに気が付くと「おーい」と手招きする。
近寄ると、彼らの後ろでスベディアが横になっているのが見えた。
さっき夕食を食べたばかりで寝るにはまだ早すぎる気もするが、一日戦ってばかりだった彼らは疲れていることだろう。むしろまだ寝ていない2人の方がおかしいのかもしれない。
「団長さんとザギさんは‥‥見回りとかですか?」
「ま、そんなとこ。2人はもう寝るの?」
「はい。そうしようかなと思ってます。レバネさん達はまだ寝ないんですか?」
「まぁね。今夜は一応、おじさん達が交代で見張ることにしてるからさ。安心して休んでね」
「交代で見張り‥‥? ああ、それでスベディアさんだけ先に寝てるんですね」
「そうそう」
魔人とリュカのお墨付きだし、ここは安全だと思っているけど、それでもやっぱり騎士の人ってちゃんと警戒するんだなぁと感心する。
自分たちだって疲れているだろうに、本当にタフだ。
「ありがとうございます。テント、お借りしちゃってすみません。その‥‥夜、エルダーさんに何かあったら呼びに来ます」
だから様子を見に来なくていいと、これで伝わるだろうか。
エルダーの様子は夢の中で見るわけだし、嘘じゃない。だけどなんとなく後ろめたさを感じる。そんなこと知る由もないレバネさんは手を振りながら笑った。
「いいのいいの。エルダーのことは気にせず、2人ともちゃんと寝ていいから。‥‥もし2人のお邪魔になるようなら、エルダーこっちに移動してもいいけど‥‥うぐっ」
怪我人を野外で寝かせることが気になったのか、シントラスがレバネを肘で小突く。
「レバネさん、そういうのはやめましょう」
「痛た‥‥。シンちゃん、冗談だってぇ」
いくらここが安全とは言っても、私も怪我人病人はやっぱり屋根のあるところで寝かせた方がいいと思う。それにそんなことされたら折角立てた作戦が無駄になってしまう。
一緒に寝て大丈夫ということを真摯に伝えなければ。
「大丈夫です! エルダーさんとリュカと、3人横に並んでもまだ全然広いですから、テント。ね、リュカ」
「うん。あのね、僕ね、今日はチトセとエルダーと寝るんだから、エルダー連れてっちゃだめだよ。絶対だよ。だめだからね!」
私以上にリュカの勢いが強い。これでもかというくらいレバネに詰め寄る姿を見て、シントラスが小さく噴き出す。
「あちゃー、どうしようシンちゃん。この子達思った以上に可愛いよ。おじさん滑っちゃった」
「レバネさん、気持ち悪いって言われる前に寝たらどうですか。団長達が戻ってくるまでの見張りは俺がやりますから」
「そうだね、そうしよっかな。寝る子は育つって言うしねぇ」
「これ以上どう育つつもりですか」
そんなやり取りをしつつ、2人は笑いあっている。楽しそうな彼らから「おやすみ」と見送られ、私たちはテントへ急いだ。
魔人はどこに行ったろうとあたりを探すと、すぐ見つかった。賑やかな騎士たちの反対側、1人で噴水の縁に座りつまらなさそうに夜の庭を眺めている。
普段3人でいる時魔人は夜中もこうやって起きている。
おじいちゃんの体は呪いの影響で睡眠欲も食欲に代わっていて、肉体的に眠る必要がなく、また眠気も感じないのだとか。
それっていくら夜更かししても平気って意味ではちょっと羨ましいけど、何もすることのない夜は退屈だろうなとも思う。
退屈しのぎに本を読んだりはしないのかと聞いたら、本を読んだり頭を使うことをするとお腹が空くから、温存のため極力動かず考えず過ごしているんだとか。
夜の闇の中、眠ることも考えることもせずただじっと起きているだけなんて私には到底できそうにない。こういう時つくづく魔人を人外だと感じるが、その光景を想像すると寂しさの方が勝った。
反対側では騎士の方々が楽しそうにしていたからだろうか。今の魔人の背中はいつにも増してそんな風に見える。
「おじいちゃん、僕たちもう寝るね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
前はあまり返してくれなかったんだけど、一度リュカが駄々をこねたら、それからはちゃんと「おやすみ」には「おやすみ」を返してくれるようになった。最初は嫌そうな面倒くさそうな顔をしながらだったけど、今は普通に言ってくれる。
魔人は普段意地悪だけど、こういう良いところもあるのだ。だからこそ、この人外のことを信頼できると思える。
「リュカ、先にテントへ行ってて。私おじいちゃんに話があるから」
「えー‥‥」
「すぐ終わるから。先に行ってエルダーさんの様子見ていてよ。お願い」
「んー‥‥。そうだね。黒いのがいるもんね。わかった」
リュカがテントへ入って行くのを見届けてから魔人の元へ向かう。
頬を撫でる夜風は柔らかくて心地いい。物騒な場所だというのに、どうしてここはこんなにあたたかいのだろう。




