26話-1 リュカと夢の秘密
リュカが、手を繋いだ人の夢の中に入れると告白してきた。
握られた手を見つめる。
ダンジョンに入る前、リュカは私が悪夢にうなされているから一緒に寝たいんだ、手を繋ぎたいんだって言ってくれた。その時は、悪夢に苛まれる私のことを心配してくれてるんだなぁ、ありがたいなぁ、と単純にそう受け取っていた。
だって普通、そう思うでしょう。
悪夢にうなされている人がいたら、そっと寄り添ったり手を握ったり。起こしてホットミルク一緒に飲んだり‥‥するのがきっと普通でしょ?
そういう時の普通なんてよく知らないけど。
でもそういう時、人にしてあげられる事なんてそれくらいじゃないだろうか。だからリュカのもそういうものだと思ってた。
だけどここにきて、彼の行動がそれだけじゃなかったことを知ってしまった‥‥かもしれない。
「僕が夢の中に入れるのは内緒なの。人に言ったらだめなんだって。けどチトセは大好きだから特別っ!」
なんて言って朗らかに笑うリュカからは悪意を感じない。
分かってる。この子はいつも純粋な感情で動くもの。悪いことなんて考えてるわけがない。分かってる。
分かってる、けど!
でも、それでも! 悪夢なんてめちゃくちゃ個人的プライバシーの塊を、他人に勝手に見られていたとしたら。
そんなの、夢の内容によっては恥ずかしさで死んでしまうかもしれない!
私は大概の夢を覚えてない。最近の夢で唯一覚えているのは夢の国のお嬢様とのやりとりだけ。それ以外の日は夢なんてほとんど見ていないと思ってたくらいだ。
ここに来てから嫌な感じで起きることは何度かあったけど、それだって内容を覚えてないから見てないのと同じだと思ってたし。
元の世界では悪夢なんて見たら、内容を覚えてなくてもその日一日気持ちが沈むし寝不足のせいか体調も悪くなることが多かった。ここではそこまではないから、嫌な感じで目覚めても大したことないなと思ってた。
考えてみればそれもおかしな話で、元の世界より過酷なことばかり起きてるんだから、悪夢を見てないはずがないと分かりそうなもの。
でも覚えてもないことについて、疑問を持ってその上考えるなんてできるんだろうか。
ここまで必死に逃げてきて、毎日不安だった。覚えてもない夢なんかよりもっと困った状況ばっかりで、そんなことにかまけてる余裕があったとは思えない。
リュカにうなされていることを教えられて、悪夢を見てるって知ったけど、昨日見た夢はやっぱり覚えてない。でも悪夢というよりはむしろ可愛い夢とかいい夢だったなって印象がある‥‥気がする。
いやもう、いい夢でも悪い夢でも変わらない。嘘だって言って欲しい。嘘じゃなくてもいいから、私の夢は見てないよって言って欲しい。
っていうかまだその可能性は十分ある。リュカはまだできると言っただけだもの。してるとは言ってないから、私の夢は見てない可能性だってもちろんある。
でも結局、可愛い夢とかいい夢なら見られても恥ずかしくはないのだろうか。そうすると悪夢を見てる、うなされてるって証言と食い違うけど。
いや、そもそもどんな夢でも、勝手に覗き見ること自体がだめじゃない?
あぁあ、わかんない!
恥ずかしさと理解不能な事態に考えがまとまらない。とりあえず落ち着くために深く深く息を吸って、はく。
最近こんなばっかりだ。
「すぅ‥‥はぁ‥‥」
「チトセ‥‥?」
ひとまず、確認が必要だよね。私とは単純に手を繋いで寝てただけかもしれないし。
そう考えて、私は改めてリュカを見つめた。首を傾げた彼もまた、私をじっと見つめている。
「リュカ、教えて。‥‥私の夢にも、入れる?」
「うん。入れるよ?」
入れるね。
「じゃあ、私と最近手を繋いで寝てるのってさ‥‥。もしかして、‥‥もしかしてだけど‥‥。リュカ、私の夢に入ってたり‥‥する?」
「うん!」
即答! 入ってた!
まって、でもそれは、たまにって話で‥‥。全部じゃなければ、まだ‥‥。
「わ‥‥私って、よく夢見てたりする?」
「ほとんどいつも見てるよ」
ほとんどいつも夢を見ていた。いい夢か悪い夢かは置いといて、夢は見ていた。
「リュカ‥‥。全部じゃないよね? 私の夢、全部、いつも‥‥入ってるわけじゃないよね?」
「んと、悪い夢見た時はいつも」
「あ‥‥そう、なんだ‥‥。悪夢‥‥うなされてたらって、こと‥‥?」
「うん!」
絶句。死にそう。
心臓が冷えていく気がしている私と反対に、リュカはえへえへ笑ってにこにこしてる。本当に悪いことをしているって認識はないらしい。
ああ、うん、そうだよね。夢をのぞき見しているだけだもんね。それって、悪いことだっけ。私としては恥ずかしいことではあるけど‥‥捕まるようなことだっけ。
捕まるとしたら何罪にあたるんだろう。夢の侵害? プライバシーの侵害?
恥ずかしすぎて、意味わからな過ぎて、頭が破裂しそうだ。
待って。落ち着こう。
こうなってくると夢の内容が重要だ。見られても恥ずかしくない夢を見てるだけなら、まだ耐えられる。けど悪夢って言ったよね、もうその時点で恥ずかしいけども。
「わ‥‥私の夢、覚えてる? リュカ」
「うんっ」
「ど、どんな夢見てるの、私‥‥」
「えっ」
「き、昨日とか、どんな夢見てたの、私‥‥」
「え‥‥えと‥‥」
リュカの答え次第で感情の行方が決まる。見つめるリュカは、困ったように言葉に詰まり、なかなか答えてくれない。
「教えてリュカ。昨日はどんな夢見てたの、私」
「チトセ、ごめんね。夢のこと、言っちゃだめなの‥‥」
「え、だって‥‥湖では話してくれたじゃない。マリスちゃんに会った話一緒にしたよね。テントの中でも、悪夢を見てるって教えてくれたのに」
「覚えてる夢はね、いいんだ。けど、忘れてる夢はだめなの。どんなのだったかとかは、言うとだめ」
そんなのずるくない? だって私の夢だよ?
見た本人が忘れてるのに、勝手に覗き見たリュカだけが一方的に覚えてるだなんて、そんなの嫌だ。だって恥ずかしい夢だったらどうするの。人に話せないような秘密の夢とかだったら!
羞恥が頭に上って、どうしようもない焦りに似た怒りが溢れてくる。
「お、教えてよ! だめとかそんなのどうでもいいから!」
「ふぇっ。だって、忘れてる夢は、だって‥‥」
「いいのっ! だって私の夢でしょっ!」
「ひ‥‥っ!」
リュカの肩を掴んで迫ると、怯えた子供は息を飲んで慌てだした。
「えっと‥‥えっと、昨日‥‥昨日はねっ。ゆ、雪だるま作って、洗濯して、それから、それから‥‥いろいろしてたっ」
早口に言われた夢の内容を聞いて、ほっとする。割と平和ないい夢そうだ。
けど、一昨日はどうだろう。
セリナや3人の事があった夜‥‥あんなことがあった日に見た夢もいい夢だったら、他の日だって大した悪夢を見てない可能性が出てくる‥‥はず。
聞くのはこわいけど、聞かないわけにはいかない。意を決して、深く息を吸う。肩を掴んだ手に自然と力が入る。
両手を胸の前で握って、眉を八の字にしたリュカが泣きそうな目で私を見つめてるけど、今の私に彼の気持ちを気にしている余裕はない。
「じゃあ、一昨日は‥‥?」
すると、リュカが眉を寄せ唇を引き結んだ。震える子供は首を横に振る。
「わ、悪い夢は‥‥言わないよ」
震える真剣な声音に、嫌な予感が的中する。
きっと納屋の夢なんだと思う。そう思うと、こわくてこれ以上聞きたくなくなった。でも、知りたい。
私の事だもの。知っておきたい。
「あ、悪夢ってこと? ‥‥なら、教えて」
「だ、だめ」
「どうして」
「言ったら思い出しちゃう‥‥から」
せっかく忘れているのに、嫌な気持ちを、嫌な光景を、嫌な記憶を‥‥思い出してしまうから悪夢については言えないとリュカは頑なだ。
私の頭の中は恥ずかしさと不安で溢れそうになる。
一体どんな夢を見てたのか。どんな悪夢で、その中で私はどんな目にあったのか。
どんな夢をこの子に見られたんだろう!
こうなるともうどうしても知りたくなって、彼の肩を掴みなおし、思いっきり揺らした。
「そんなのいいから! 言ってよ! 私の夢でしょ!」
「ひっ‥‥! やめて! だめなんだもん! 言っちゃ‥‥だめなんだもんっ」
首ががくんがくんと揺れるけど、それでもリュカは言わないと言う。
「リュカのばか! 勝手に人の夢見たくせに! リュカだけ覚えてるなんてひどいっ! 私‥‥っ! 私そんなこと頼んでない! 教えてよ! 私の夢でしょ‥‥!」
「だって! 言ったらきっとチトセ泣いちゃう!」
それを聞いた私の手は止まり、揺さぶられたリュカは目を回したみたいに頭をふらふらさせて小さく唸った。
悪夢を思い出したら泣く?
そりゃ泣くよ、だって今もうすでに泣きたいもの。
私のこわかったこと。
ここに来てからずっと全部嫌なこと。全部全部こわいことばかり。
それに比べたら良いことなんかないも同然なのに、夢の中ですらそんな目にあってたなんて‥‥私の全部、悪夢じゃないか。
私、寝ても覚めてもこわいことから逃げられないの?
このままこの世界のどこへ行ってもそんな感じなの?
‥‥そんなことない。
私はちゃんと乗り越えて来たじゃないか。ヘリオン城の儀式だって、森の魔獣も、ダンジョンも、セリナ達だって‥‥。
頑張って、なんとか乗り越えて‥‥それでここまで来たんじゃないか。
なら夢くらい今更なんだっていうんだろう。




