24話-1 穏やかな春の庭
庭園を進んだ先には細い川が流れていて、その上にアーチ形の小さな橋が架かっていた。それを超えるとフェグラスが休むのに丁度いいと言った場所が見えてくる。
大きな噴水のある芝生の広場だ。
広い芝生の周りをちくちくとげとげしたヒイラギの低木が囲んでいて、その向こうには光る蓮の浮く池があった。薄桃色の花がぼんやりとした光を放っていて、原っぱダンジョンで見た泉を思い出す。
「ねぇおじいちゃん、あの蓮が光ってるのって、もしかして精霊?」
「じゃろうな。精霊がいる水辺は澄んでおる。飲みたければ池の水を飲め」
澄んでるって言われても、蓮って泥水で育つんじゃないっけ‥‥と思って鬱蒼とした葉をかき分け池を覗き込んでみる。沈む蓮の茎がぼんやり光っていて、そのおかげで水底までよく見えた。ということは、本当に水が澄んでいるってことだ。
まるで泥なんて見当たらない。なのにこんなに蓮が生き生きしているってことは、きっとこれは精霊パワーなんだろう。
顔を上げてもう一度花を見る。これ、蓮だよね。水連と似ててどっちだかわかんなくなっちゃった。
水連は水面に葉っぱが張り付いたようなやつのはず。この、コロポックルとかが持ってそうな葉っぱは、うん間違いなく蓮だ。ところどころハチの巣みたいな花托があるし。
「このお水美味しいよ」
「また飲んでる」
前のダンジョンでもリュカがこうやって光る水を警戒もせず飲んでいたことを思い出す。まぁ今回は飲んで大丈夫と言われているからね。
とはいえ次どこで飲める水が手に入るかわからないので、リュカに手伝ってもらってまた水筒に水を汲みたいだけ汲む。
ノイからもらった魔法の水筒は見た目よりずっと水が入る。何十リットルも入るから、馬にあげる用の水を汲むのに使ってた。
そういえば、馬はどうしているだろうか。
連れて山を越えることはできないと馬を食べようとした魔人を止め、一旦騎士団に預けたのだ。私たちは麓には戻らないだろうから、無責任だけどこのまま彼らに任せられるなら任せたい。
騎士団と一緒にヘリオンを出て、どこか遠くへ行けたらいい。何日も私たちを運んでくれた子だから、どこか良いところに。
池を出て噴水を挟んだ反対側‥‥ヒイラギの低木の向こう側には白い東屋、洋風に言えばガゼボがあった。テーブルはなく、円形のベンチがあるだけの空間。
ガゼボの向こう側には川から流れて来たんだろう小川があって、その周りはやはり芝生と花で囲まれている。川の水は池からきているようで、時折光る花弁が流れてきた。
噴水まで戻るとスベディアとシントラスがテントの設営を行っていて、フェグラスとレバネは地図を見返して話し込んでいた。ザギはエルダーの様子を見ている。
テントが出来上がるとその中にエルダーを寝かせ、残った面々で今後の話し合いがはじまった。
「団長、進むにしてもエルダーを起こしてからのがいいんじゃないですかね。階下の様子を鑑みて、いつまでも誰かが背負ってくってのは無理でしょうし」
「無論、そのつもりだ。個人的には今すぐにでも叩き起こしたい所だが‥‥ザギ、エルダーの様子はどうだ」
「起きる気配ないですが、症状としては出血多量でまいってるだけっぽいんですよね。ポーション飲ませて飯食わせれば回復します。けど、今日飲んだポーションの量を聞くと、ひとまず今夜はもう飲ませないほうがいいかもしれないです。明日の朝、また様子を見てって感じです。一応怪我人なんで、叩き起こすのは勘弁してやってください」
「そうか。では、エルダーの件はザギに任せる。次にダンジョンの深さについてだが‥‥」
このダンジョンは何階層あるかわからないものの、敵の強さとこの階層までの道のりを考え、少なくても2倍はあるだろうという話だった。そして上階へ行けば行くほど迷宮は複雑化するので、やはり地図があった方が効率は良いのだとか。
エルダーの回復を悠長に待つことはできないが、少なくとも一晩は休める。その間に私たちにもゆっくり休んでもらいたいと団長は言う。
歩いているだけの私だが、魔物に襲われ続けた緊張からか体はなんだか怠いし重たいので、今晩だけでもゆっくりできるのはありがたいことだった。
話し合いのあと、ザギがもう一度エルダーの様子を見に行くというのでついて行った。設営されたテントは一つだけで、隅に青ざめたエルダーが横たわっている。そんな奥じゃなくて真ん中に寝かせたらいいのにと思うけど、そういうものなんだろうか。
エルダーは暗がりというのもあってか、やはり死んでいるように見えた。よく見ればわかる程度の微かな呼吸は彼がまだ生きている証拠だけど、いつ止まっても不思議じゃないように思える。
「そんな心配しなくても大丈夫ですよ」
後ろに控える私とリュカにザギは笑顔でそう言ってくれたが、ここに来るまでエルダーは一度だってなんの反応も示していない。その言葉がどこまで信用できるのか分からない。
もしかしたら、本当はかなり悪いんじゃないか、でも私たちに心配させないためにわざと大丈夫だと言ってるんじゃないか‥‥と思うと、素直に頷けなかった。
「でも、そうだなぁ‥‥。もしよかったら、2人とも今夜このテントで寝ません?」
ザギの言葉を疑った直後の唐突な提案に、胸がざわつく。
もしも本当にエルダーがとてもひどい状態で、明日の朝まで持たなくて、だから今夜は最期だから一緒にいて良いよという意味だとしたら‥‥。考えすぎかもしれないけれど、そんな気がしてしまう。
「あの‥‥やっぱりエルダーさん、大変なんでしょうか。看病が必要ならもちろんやります。何をしたらいいですか?」
「え? やぁ、その、そういうんじゃなくて。エルダーは本当に大丈夫なんですよ。ほんとのほんとに。だから、ね。そんな顔しないでくださいって」
私の心配をよそに、ザギはあっけらかんとしている。どうやら私の思い過ごしなのかもしれない‥‥とそんな気がしてくるほど、態度が普通だ。
ならなぜ私たちがこのテントで寝る必要があるのか。
「いやー、言い方悪かったですかね。すみません。このテント、そもそも君たち用に持ってきたものなんですよ」
「テントが私たち用‥‥?」
言われて、テントを見渡す。確かに騎士団の方々全員が入るには狭すぎるとは思うけど、なぜ自分たちのためにこんなものを用意してくれたのだろう。
「ほら、最悪魔物が出る階層で眠ることになった場合、テントがあった方が便利なんですよ。結界張っちゃえば毒虫や毒蛇なんかは入ってこれないですし。俺らは外で寝るの慣れてますし、魔人さんも人間じゃないから大丈夫だろうけど。でもお二人はほら、普通の人なわけで。野宿よりは良く寝れるかなって」
俺らは寝不足慣れてますけど‥‥と言いながら、ザギは部屋の隅に置かれたシーツを引っ張り出して部屋の真ん中に積みなおす。
「まぁ、結界張れるのエルダーだけなんで、今はただのテントですけどね。それにここは魔物出ない層ですから、要らないっちゃ要らないんですが。でも、まぁ、お二人ともエルダー心配でしょ?」
頷くと、ザギも満足そうにうんうんと首を振った。
「ですよねぇ。なら、頼んでいいですか? 一晩中起きてなくっていいです。もし呻いたり、呼吸変になったら、俺を起こしてくれるとありがたいです」
「分かりました。任せてください。ちゃんと、見てます!」
「僕も見てるよ!」
「あ、や‥‥呻いたりってのは、冗談です。すみません。冗談に聞こえなかったっすね。全然寝てくれて構わないですから。ほんと、こいつ伸びてるだけなんで」
ザギは気を遣ってくれてるけど、大丈夫。もし寝不足になっても、元気な私達ならポーションを飲めば一晩の徹夜くらいなんてことないはずだ。それはお城のあと、森で実証済みだし。
そうとなれば、よし。今夜のために気合を入れるぞ。体が怠いのは、まぁ‥‥後でポーション飲めば回復するだろうし。
今晩はエルダーさんの看病だ!




