21話-2 合流
私たち4人は魔人の食事風景に背を向けて霧が晴れた前方を見つめた。土と雑草と墓石の合間に大量のゾンビが倒れている。
「あの‥‥」
「はい、なんでしょうか」
私は近くにいた騎士に話しかけた。振り返った顔には傷があって、彼は確か、スベディア。
「エルダーさん、大丈夫でしょうか。ゾンビに噛まれて傷があんなに黒く痕が残って‥‥。ゾンビになったりしませんよね?」
「ああ‥‥あの程度なら大丈夫のはずですよ」
何度もいろんな人に大丈夫か確認するのは失礼だと分かっているけど、しないではいられない。
魔人もレバネも大丈夫と言った。それを疑っているわけでも、疑いたいわけでもない。信じていないわけでもないはずなのに、どうしてか不安に思ってしまう。
特に私は自分の目で確かめなければ納得しない質のようで、それはここに来る前から自覚していたが最近顕著になってきたように思う。
それが良いことなのか悪いことなのかわからないが、他人からしたら面倒くさいだろうなとは思った。それから、あまり気分の良いことでも無いだろう。
できるだけ、控えたい癖ではある。
「それより、俺も気になってたことがあるんです。エルダーの首の傷、あれを治したのはもしかして‥‥」
「傷は、はい。私たちです。ポーションを持っていて、それで」
「やっぱり、ですよね。あいつが持ってるポーションじゃあんな深そうな傷治らないと思ったんですよ。それにここまで精霊魔術を使っていたから、ポーションの手持ちが残っていたかどうか。とにかく、ありがとうございます。使用された分のポーションはうちで立て替えますんで、言ってください」
「いえいえ‥‥ポーションはたくさんあるので大丈夫です。それより、あの精霊魔術ってやっぱり相当疲れるものなんですか? エルダーさんがその、なんていうか」
「へろへろだったでしょ?」
スベディアの向こうからシントラスが顔を出した。
「えっと、‥‥はい。そう見えました」
すると、シントラスは「でしょう」と頷く。
「だからこういう所では階層上がる前にポーションは飲んでおけっていつも言ってるんですがね。貧乏性で飲まないんですよ」
「けど今回あいつに渡したポーションって2本だったよな。残りはレバネさんのバックパックに入れてなかったっけ」
「あっ」
2人は顔を見合わせて、一瞬気まずそうにしたもののすぐ「なら言えよなぁ」と呆れるように肩を落とした。
「入ってもう半年経つのに、まだ遠慮があるのかねぇ」
「かもなぁ、あいつ酒も飲まないもんな。どっか固いとこあるんだよ。チトセ様もそう思いませんでした?」
「あ、はは‥‥?」
エルダーは真面目そうなタイプだから、確かに、彼らのように自ら冗談を言うタイプではないだろう。しかし、それにしたって必要なら声くらいかければいいのに、とは思う。
けど彼は私たちを気にしてくれていたわけで。きっと私たちへ気を回すのに忙しくて言い出すタイミングがなかったんだろうなと思うと申し訳なくなってくる。
エルダーがああなったのは、元を辿れば私のせいなのかもしれない。
「あ、すみません。エルダーの精霊魔術ですよね。あれ、相当魔力くうみたいなんですよ。普通精霊騎士って契約精霊を使役するんで、魔力消費が抑えられるらしいんですが、あいつ契約してないから。そのせいでよく魔力切れ起こしてへろへろになってて」
「じゃあ、やっぱり青で合ってたんだ。よかった」
「青? あー、魔力ポーションですか。普通魔力切れにはそれですけど、あいつの場合、魔力が減ると次は体力持ってかれるみたいで。魔力でも体力でも、飲ますならどっちでもいいと思いますよ」
体力は、緑のポーションのことか。
「魔力ポーションって高いですし。‥‥だからだと思うんですけど、うちでは普通のポーション渡してますから」
「へぇ‥‥?」
一体どう言う仕組みかはわからないけど、本当に青でも緑でもいいらしい。
「けど気にしないでください。あとで起きたら言って聞かせますんで。ちゃんと自己管理しとけって」
「ほんと、あんなんで今回副リーダーなんだもんな。あとで起きたらど突いてやらないと」
「‥‥ふふ」
この2人もエルダーと同じくらい話しやすいし親切だ。
村での一件があったばかりだって言うのに、こんな風に恐怖心もなく男性相手に話かけられるのは、打ち解けられるのはなぜだろう。
彼らの雰囲気が理性的で誠実そうで、肉体の距離はきちんとあけてくれるし、だからだろうか。それとも、さんざん行った話し合いで騎士団が悪い人の集まりではないってわかったからだろうか。
はたまた、傍にリュカも魔人もいてくれるからだろうか。
2人と話していると、リュカと握った手が軽く引っ張られる。そういえば、さっきからリュカはだんまりだった。
「どうしたの?」
「ううん‥‥。なんでもないの」
言いながら、リュカはじとっとした目で私を見つめてくる。もしかしたら、会話に入れず仲間外れにされたと思ったのかもしれない。
最近知ったけど、会話に夢中になると私は周りが見えなくなるらしい。魔人ともよく2人で話し込んでしまう。そういう時、リュカは静かに馬車を運転していたり、黙って話を聞いていたりする。
それが大切な話なら仕方ないこともあるけれど、楽しい会話なら皆でしたほうがきっといい。じゃないと、残された人はきっと寂しいから。
だとすると、私が教室で居心地悪かったのは、寂しかったからなんだろうか。1人でいたかったのに。私の気持ちは矛盾していて、よくわからない。
「リュカ‥‥」
名前を呼ぶと微かに首を傾げる。
さっきはリュカと騎士たちの会話に入れてもらって居心地よくいたっていうのに、自分はそんな配慮を回せなかった。やっぱり私は自分中心な性格なんだろう。少しずつでも、周りが見えるようになりたい。
「リュカも一緒にお喋りしよ。エルダーさん大丈夫だって。よかったよね」
「うん‥‥」
それでもまだどこか恨めし気な視線でもって見つめてくるリュカに、スベディアもシントラスも笑いかけてくれた。
「リュカ様の話も聞いてますよ。一昨日、団長の前でテーブルに上がったって」
「いや、凄い。俺たちの誰かがそんなことしたら‥‥なぁ」
「腕立て1000回じゃ終わらないだろうな」
2人は陽気に話すから、リュカも段々と顔を上げる。
「団長こわかったでしょう」
「うん、こわかった」
「ですよねぇ。俺もはじめてあの仏頂面見た時は思いましたもん。俺、この人のとこでやってけるかなぁって。この隊の隊長はすんごい美人だって聞いて期待してた分、実物がこわすぎて、余計に」
「美人ではあるよな。団長」
「そうそう。美人では‥‥あるんだよな」
2人はそう言うと苦笑いをしながら顔を見合わせる。リュカはそもそもこれが何の話か分かっていないようだ。
「私もこわかったよ」
「うふ、一緒だ」
フェグラスは確かに顔立ちは整っているから、イケメンだとは思う。
けど、美人というほど線が細い感じはなかった。どちらかというと男らしさを感じる。体格だって随分しっかりしているように見えたし。赤い鎧がいかついせいかもだけど。
「そういえば、団長って皆さん呼ばれますけど、小隊ってことは小隊長さん‥‥じゃないんですか?」
ふとした疑問だった。
フェグラスの紹介によるとこの一団はカミラ小隊。つまり、騎士団の中にいくつか存在する隊のうち一番小さな集まりということになる。きっと他にもなんとか中隊とか、なんとか大隊とかあるんだろう。
普通、団全体をまとめ上げる立場にある人を団長って呼ぶんじゃないだろうか。なら、小隊をまとめるのは団長ではなく小隊長って呼ぶんじゃないか、とそう思った。
軍隊なんて詳しくないからわからないんだけどね。戦争で死んだ祖父が生きていたら、聞けたのだろうか。聞けていたとして、多分興味がなくて聞き流していただろうけど。
軽い質問のつもりだったのに、何かおかしなことを聞いたのか、彼らはぎこちない笑みでもって答えを詰まらせた。
「ああ‥‥。それは‥‥」
「俺たちの口からはとても、なぁ‥‥」
「まぁ、その、なんというか‥‥すみません。言えないです」
この2人の反応から考えるに、もしかしたら機密事項ってやつなのかもしれない。
「すみません。一般人に教えちゃダメなことってありますよね。そういうのだったら、言ってください。私何も知らなくて」
「ああ、いえ! そんな機密めいた話じゃないんです」
「ただ、俺らから話すのは‥‥なんというか、立場的に危うくて」
スベディアもシントラスも歯切れが悪い。立場が上の人しか言っちゃいけない事。普通、そう言うのを機密事項というのではないだろうか。
「もし機会があったら本人に聞いてみてください。面白い話が聞けると思いますよ」
「馬鹿、なに聞かせようとしてんだ」
シントラスを小突くスベディアは真面目な顔をしている。その反応で確信した。これ絶対聞いちゃダメなやつだと。
「だって普通気になりますよね、小隊長なのに団長って」
「はは‥‥。じゃあ、機会があったら聞いてみます」
とは言ったけど、まさかそんなとんでもない! と心の中で首を振る。あの団長から機密情報を聞き出すなんてそんな大それた事できるわけない。
もしこれが普通の雑談だったとしても、多分私はフェグラスに話しかけられないだろう。一度失言して会話に失敗しているし、今の2人の反応からして、大分込み入った事情がありそうだし。
そんなことを話しながら待つことしばらく。ようやく魔人がこの辺りの死体の山を食べ終えた。
けど、先を見るとあちらこちらに死体が点々としている。
「おじいちゃん、あれも全部食べながら行くんだよね?」
「当たり前じゃ」
「‥‥だよね」
少しも譲らない魔人のために、私たちは少し進んでは立ち止まり、また少し進んでは立ち止まりを繰り返し‥‥。結局団長達と合流できたのは、それから大分時間が経ってからだった。
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