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18話-3 六階層は腐臭で満ちてる

 エルダーが危ない。


 何体もゾンビを倒している彼の息は上がり、剣を振るう動作に疲れが見える。迫ってきたゾンビを剣先で突き刺し、振るい、なんとか脇へ逸らすが、4体のゾンビに囲まれた。


「エルダーさんっ」

「エルダー!」


 息を飲んだ時、彼を囲むゾンビが炎に包まれた。精霊が跳ねるように炎の周りを飛んでいる。


「いい加減にせよ! 燃えて消えれば喰う場所がなくなるじゃろう!」

「申し訳、ございません‥‥っ!」


 魔人の怒声に頭を下げるエルダーは呼吸を乱し、その声にも覇気がない。それだけじゃなく、体がふらついているように見える。なんだか様子がおかしい。


 エルダーは新人とは言ってもこのダンジョンの探索においては副リーダーを任されるほどの人物のはず。立場はあの4人より上だって言っていたことも考えれば、実力だってあるんだろう。


 なのに、目の前の彼の動きは全くそうは見えない。一振りの動作が重たく、姿勢を戻しても安定感がない。

 広間でスケルトンを倒していたレバネ達の方が機敏だったように思えるほどだ。


 剣を振れば振るほど、威力は落ち、彼の体がバランスを崩していくように見えた。


「なぁんじゃ貴様、魔力切れを起こしとるのか。チトセ、青のポーションを飲ませてやれ」

「え、あっ、うん!」


 言われたままに急いでバッグを漁り、ポーションを取り出す。私達をとりまく突風におそるおそる手を近づけると、勢いに反してゆるやかな風を感じるだけだった。


 風の壁をするりと抜け出してエルダーの元へ向かう。熱の精霊があたりのゾンビを燃やし尽くした直後で、ちょうど敵もいないタイミング。


 近寄ったエルダーの顔色は貧血でも起こしているかのように青ざめていた。これが魔力切れというものの症状なのだろうか。急いで蓋を開けたポーションを渡す。


「これ、飲んでください」

「魔力回復薬、ですか。‥‥では、ありがたく」


 一瞬断られそうな雰囲気だったが、このままではうまく戦えないのは彼もわかっているらしい。素直に受け取り、瓶を一気にあおる。

 瓶から口を離したエルダーは少し顔をしかめたものの、ゆるく笑んだ。


「ありがとうございます。大分視界が晴れました。これなら」

「呪術 踊る子供たち!」

「きゃっ!」


 リュカの声が聞こえた瞬間、エルダーが私の腕を引っ張った。彼の腕の中に飛び込む形で倒れるとそのまま強く抱き留められる。


 何が起きたのか理解する間もなく、背後で小気味よい湿った音が聞こえた。次いでボールが落ちるような音と、もっと大きなものが倒れる音。


 ゾンビを斬ったのだと理解し、腕の中からエルダーを見上げると彼と目が合った。表情に多少疲れが見えるものの、先程よりずっとマシになった顔色。大丈夫そうだ。


 息がかかるほどの至近距離で「ご無事ですね」と安心したように微笑まれると、こんな時だって言うのにどきっとしてしまう。すぐにそんな場合じゃないと思いなおすが、どきどきの余波で「ご、ご無事です」なんておかしな返事をしてしまった。


「しかし、危なかった。チトセ様、精霊の元へ戻ってください。ポーション、ありがとうございました。これでもう少し戦えそうです」


 振り向くとそこには頭部が半分消えたゾンビの死体が転がっていた。さっきまで両手で剣を握っていたのに、魔力が戻ると片腕で剣を操れるようになるらしい。魔力切れというのは体力とも関係があるのだろうか。


 そんなこと考えている暇はない。ゾンビ達の死体の向こう、霧の中からは複数の迫りくる人影が。ゾンビはまだまだ湧いてくる。


「チトセ! 危ないよ! 戻ってきてよ!」

「う、うんっ!」


 エルダーも頷くので、私は急いでリュカの元へ戻った。風の中へ入った瞬間、抱きしめられる。


「ごめん、一人にして。こわかったよね」


 私の肩に押し付けられる頭が横に振られる。こわかったわけじゃないらしい。心配してくれてありがとうと言いなおし、リュカの背をとんとん叩く。顔を上げたリュカは不満げに唇をとがらせていた。


 最近この顔をよく見る。


「さっきの、ゾンビを止めてくれてありがとう。おかげで助かったよ」

「チトセ、次ここから出るなら僕に言って? 僕が行くから」

「ありがと。じゃあ、次はお願い」


 優しいなぁと思いながら頭を撫でると、とんがっていた唇が段々と弧を描いていき最終的に「ふへへ」とはにかんだ。


 唸るような風の音が聞こえたのはその時で、私たちが振り向くと1mくらい先に竜巻が起きていた。竜巻の中に何かが閉じ込められていて、やがてそれが小さくなってくと同時に風が赤黒く染まる。

 見上げれば頭上の光が点滅している。


 竜巻が消えると、舞い上がっていたものが大量の雨と共に落ちてきた。その中に手や頭のようなパーツが見える。ばらばらになったゾンビと、その体液だ。それらがバケツをひっくり返したように一気にその場に落ちる。


「うっ」


 喉の奥で悲鳴を呑み込みながら、再度風の精霊を見上げると、それはさっきまでと同じように私たちの上を点滅しながらくるくる飛んでいた。


「ぐるぐるの風の中に入るとあんな風になっちゃうんだね。僕たちは平気かな」

「もちろん‥‥平気よ」


 言ったけど、正直なところ少しこわかった。私たちを守っている風の檻だって、精霊の意志一つで凶器にもなりえるわけだから。

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