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18話-1 六階層は腐臭で満ちてる

 六階層に上がり階段から出ると、どこからともなく鼻をつく異臭が漂ってきた。何かが腐ったような臭いだ。


 夏場に誤って一晩放置した料理の入ったフライパンだとか、夕食に出し忘れて電子レンジの中で同じく一晩置いてしまった残り物とかも相当な臭いを発するけれど、違う。そういうんじゃない。


 夏場に放置した生ゴミとも、山の公衆トイレとも言えぬ臭い。だけど知っているような気がする。嗅いだことがある気がするのに、すぐには思い浮かばない。


「あっ、わかった。死んだ動物!」

「死んだ動物? どこ?」


 私のつぶやきに反応して辺りを見回すリュカに「違う違う」と訂正する。


「そんな感じの臭いだなってだけ。でも、なんかそれも違うかな。じゃあなんだろ、この臭い」


 死んだ動物がいたりすると、こんな感じの臭いがすることがあるけど、進めば進むほどそうじゃない気がしてくる。奥に行けば行くほど、臭いは増していく。


「そっか。僕はなんだか、お城の地下に似てるなって思ったよ」

「あ‥‥」


 言われて気が付く。確かに、そうだ。


 段々と強烈になっていく臭いはお城の地下を思い出させる。あそこも相当臭かった。

 けど、全く同じかと言われればそうでもない。似てるけど、別の異臭。


「うぅ‥‥。ここ、もしかしてずっとこの臭いがするのかな。やだな」

「大丈夫?」

「リュカはこの臭い平気なの?」

「平気、かなぁ‥‥」


 そう言って首を傾げる。臭いはわかるみたいだけど、リュカはあまり気にしてなさそうだ。私は無理。


「何の臭いなの、くさぁーい‥‥」

「これは腐肉の芳香よ。ここに来てようやくの肉じゃ。やっと満足のいく食事にありつけそうじゃのぅ。しかも、この匂い。相当の数とみた。良いのぅ良いのぅ、はよう出てこんかのぅ」


 いつの間にか横にいた魔人が涎を垂らしながら待ち遠しそうに笑む。


 そっか、お肉があるんだ。それはよかった。これでおじいちゃんが満足できる。


 なんて思いながら腐肉という単語に顔をしかめる。確かに、そう言われたらそんな臭いな気がしてきた。嗅いだことはないと思うけど。


「腐肉ぅ? どこにそんなものが‥‥。あれっ」


 突然、地面の感触が変わった。さっきまで固い石の上を歩いていたのに、急にふかっときた。

 見下ろすと、ちょうど私の片足が踏んでいる場所から先に土が撒いてある。撒いてあるというか、普通に土っていうか。地面そのものに見える。


 室内に唐突に現れた地面を見て驚き足を止めた私の背中に、リュカがぶつかってきた。前につんのめるが、魔人に腕を引かれ、なんとか倒れずに済む。

 倒れかけた際一瞬近づいた床は確かに一面土だった。見れば、普通に雑草まで生えている。


「土、だよね。それに、草?」


 いつの間にか石造の通路は終わり、私たちは広い場所に出ていた。足元には土とまばらに生えた草、小石。

 下だけ見れば外かと思う光景。


「ここ外? ‥‥じゃ、ないね」


 けど室内に間違いない。

 霧が出ていてはっきりとは見えないが、頭上に並ぶ等間隔の灯りはカンテラによるものだろう。それも随分と上にあるように思える。


 野原のダンジョンが階層ごとに洞窟から草原まで、百八十度様子が変わったことを思えば、これもおかしな話じゃないのかもしれない。


 けど、あのダンジョンでは階層に上がった瞬間からきっかり空間が変わっていたのに対し、ここはあくまでも室内の延長のように思える。実際さっきまでは階下と同じ石造りの床を進んでたわけだし。

 となればやはり、野原のダンジョンとは異なるパターンなのだろう。


 先を行く皆さんに置いて行かれそうだったので歩き出したが、私は興味のまま辺りを見渡し続けた。霧は進むたび濃くなっていくので、景色は思ったよりよく見えない。


 きょろきょろしていると、後ろからエルダーが声をかけてきた。


「室内墓地のようですね。チトセ様、リュカ様、足元にご注意ください。もし掴まれたら、すぐに教えてくださいね」

「え? 墓地? ここお墓なんですか」


 トン、と腰に何かがあたって振り返る。それは石で作られた墓標だった。


 さっきまでこんなの視界に入らなかったのにと顔を上げれば、濃い霧の中至る所に同じような石が立っているのが見える。


 あ、確かに墓地だ。

 だけど‥‥。掴まれるって、なに?


 不穏な一言に眉を寄せた時だった。


「きゃぁっ」


 背後でリュカの叫び声が上がる。


「え、リュカ!?」

「出ました! リュカ様動かないように!」


 声の方へ向き直ると、ちょうどエルダーが地面の辺りを斬ったところだった。リュカが甲高い悲鳴を上げながら私に飛びついてくる。


「ひぃっ! ひ‥‥っ! まだついてる‥‥っ! やだ、やだよぅっ」

「ちょっと落ち着いてリュカっ。なに? 何がついてるの!」


 パニックになったリュカが私を抱きしめたまま跳ねるから、がくがく揺らされてその何かがよく見えない。


「これっ! これ‥‥っ!」


 まるで大きな虫が服についた時の女の子みたいにリュカは慌てる。その様子を見て、逆に私は冷静になってきた。


 揺れる視界の端の、リュカの足首に何か黒っぽいものがくっついているのが見える。不意に魔人がそれをつまみ上げた。


「これが腐肉よ。ほれ、まだ動くぞ」

「え? ‥‥ッ!」

「ひ‥‥っ」


 魔人の手にある物体が何か認識した途端、驚きすぎて私の喉から悲鳴が消えた。


 見せつけられたのは動く手首。


 しかもただの手首じゃなくて、変な色に変色していて爪が剥がれ、ところどころ肉が落ちて骨がのぞいているようなやつ。


 臭いの元凶はこれだったのかと妙に冷静な頭で考える。


「活きが良いのぅ」


 それをあろうことか、魔人は一口で頂いてしまった。もぐもぐしている。


「お‥‥、おぇえー‥‥」

「腐っとるからのぅ。主らは喰うなよ」

「食べないよ!」


 指を舐める魔人から視線を逸らした先にいたのは、エルダー。

 彼は眉を寄せて口を引き結び、私に気が付くと何とも言えない苦笑いを浮かべた。私も笑ってみせたけど、きっと似たような笑顔になったはず。

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