16話-2 五階層、罠はどうします?
さて、弓矢を持ったスケルトンとの戦闘も無事終わり、進むかと思ったが意外にもこの場で待機となった。
原っぱのダンジョンは地下へ行けば行くほど敵が強くなったが、ここは上がるにつれて魔物が強くなっていく。このダンジョンは上に行けば行くほど迷宮が深まる構造らしい。
この階層に上がった途端に魔物に襲われたことや、階下と比べ横道が増える事を考慮して、ここより先は地図ありきで進むということだ。エルダーの飛ばした精霊が戻り次第少しずつ様子を見ながら進むということになった。
ここまで体感5時間もかかっていないし、私は何もせずついてきただけ。それでもずっと歩きっぱなしだとそれなりに疲れるものだ。
なんだか全身が少し怠いし、腰もうっすら痛い。着慣れない防寒着が重たいせいかもしれない。
それに比べ、騎士の皆さんはあまり疲れてる風には見えない。これが普段から鍛えている人との体力の差ってやつだろうか。
精霊が戻ってくるまで座ろうと思い、壁に寄りかかろうとして止まる。階下で魔人が串刺しになっていたのを思い出したから。
壁から離れて通路の真ん中まで移動し、同じように壁付近にいたリュカにも、危ないからと手招きする。
「どうしたの、チトセ」
「ううん。なんかさ、壁、こわくない? 下でおじいちゃんあんなことになってたしさ」
「あ‥‥」
リュカも思い出したようだ。恐々私の近くに寄ってきてくれたのはいいけど、腕を掴み、思った以上に密着してきた。いつもの事なので意識しないよう努める。
「おじいちゃん。下の広間でさ、壁を触った時槍が出てきたよね。この辺の壁からも出てきたりするかな」
話しかけてから、さっき失言したばかりだという事を思い出した。魔人がまだ怒っているかと不安になったけど、振り返るにんまり顔はいたっていつも通り。
「そうだの。あるかもしれん。騎士の長よ、トラップはどう回避する? 下にはほとんどなかったが、あの部屋を見るにこの先増えるやもしれんぞ」
それを聞いて、団長以外の面々が「ああー‥‥」と声を上げたり、苦笑いをして言葉を詰まらせる。
「無視して進むが、なにか」
彼らの反応を無視し、団長は真顔で言い切った。これにはさすがの魔人も言葉をなくすが、すぐにレバネが割って入る。
「いやね、すみませんね。そうですよねぇ、普通罠がありゃ警戒もするってもんだ。うちの団長は脳筋なもんで、そりゃ驚きますよねぇ」
「確かに普通は気にするよなぁ」
「なんだかんだ俺たちも慣れちまったよな。最初は驚いたのによ」
皆さんが口々に言う中、団長は淡々としていた。
「私も警戒はしているさ。ガスや落とし穴、魔術罠があれば対策を考えるが、しかし、ここまで目立った罠がなかったことを考えれば、少なくともこの階層にあるのは壁や地面から飛び出して来る槍程度。ならば私が先頭で全て受け、破壊すればいいだけのこと。それの何が問題なんだ」
振り返った魔人は楽し気だ。
「よかったのぅ、チトセ。あやつがわしの代わりに串刺しになってくれるらしいぞ」
「ごめんなさいってば」
やはり魔人は私の失言を根に持っている。いくら魔人が丈夫だからって盾になれなんて確かにひどかった。いや、盾になれと言ったつもりはないけど。
団長との会話でも失敗したし、改めて自覚する。私は本当に自己中で配慮のない人間なのだと。
自分の欠点を知る度高校生活を思い出す。親しい友人の1人も作れなかった理由が段々わかってきて、つらい。相手を思いやれない私が相手から好かれるわけがない。
今こうやって顧みれている分まだいいような気がするけど、教室にいた時の私は自分の発言でいちいち傷ついたなんて言われたら面倒だと思っていた事だろう。
学校にいる時、いつも私は内心不機嫌で、関わろうとしてくる他人をやんわりと拒絶していた。理由は私自身よくわからないけど、とにかく1人になりたくて仕方がなかったんだ。
鬱陶しいと思う感情をなんとか作り笑いで誤魔化して、それが原因でハブられたり苛められたりなんてことにはならずにすんできた。けど、あの状態は孤立って言うんじゃないかな。
人と話してこなかったから、私の口からは簡単に人を傷つける一言がでてくるんだと思う。
そうだ。けどそれは分かってたこと。それを理由にハブられたくなくて、だからいつもお決まりのやりとりしかしてこなかった。
まともに会話をしてこなかった。だから今も誰かと話すのが下手なんだ。
でももうお城の時みたく、自分のせいで優しい人を傷つけたくない。ずっと失敗続きだけど、それでも、頑張って一つずつ変えていこう。
にんまり顔へ視線を戻す。いつもは嘘ではなく本当に心配してるのに、ほんとなんであんなこと口にしちゃったんだろう。おじいちゃんが傷ついてたらどうしよう。
騎士団の人がいなくて、私たち3人だけだったらきっとあんなこと言わなかったと思うから、いつもと違う雰囲気に影響されて調子にでも乗ってたんだろうか。それともあれは本心からの言葉だったのか。
だとしたら、私って心配するふりをしているだけの嫌な奴じゃん。
もしも今契約がなくなって、魔人もいなくなってしまったら、私はどうするんだろう。
魔人がいなくても、裁判の証人として連邦騎士団が私を保護してくれるだろうし、リュカもきっと一緒にいてくれる。元の世界に戻れる保証はないけれど、身の安全は確保される。
それが分かっていて、だからあんなこと言ったんだろうか。前に出て危険な目にあってこいだなんて。魔人ならできるだろうから、だなんて。
自分の心の事なのに、わからない。そうではないと思いたいけど、段々とそうである気がしてくる。
見上げる魔人の顔はいつもと同じ。だけど違うように思えるのは、私が自分の中の嫌な気持ちを自覚したからだろうか。
おじいちゃん、ほんとは怒ってる?
私あなたを傷つけた?
私も知らない私の本音を知ってる?
私ってやっぱり‥‥嫌な奴?
考え出すと、嫌な気持ちが増していく。嫌な思いが増えていく。自己嫌悪ってやつだ。
おじいちゃんから見た私が一体どんな風なのか知りたかった。なぜだか、おじいちゃんは私の全てを知っているようなそんな気がするから。
なんでも見透かしているような目がこわい。わかっているような態度もこわい。
だけど、だからこそ、つい頼りたくなってしまう。簡単に答えを教えてくれる気がして。
魔人は優しい。私を変に否定しない。長生きだからか、契約してるからかわからないけど。
怒る時もある。厳しい時もあるけど、そういう時はちゃんと理由があるって声とか態度でわかる。ちゃんと言ってくれる。
魔人は私を変に責めたりもしない。意地悪は言うけど、からかってるってわかる。嫌って言えばそれ以上してこない。やめてくれる。
私が嫌な目にあったと分かると声をかけてくれる。心配してくれる。
優しいんだ。まるで本当に血のつながった人みたいに。
‥‥それ以上に。
だから私の嫌なところを知ってなお、それすら許容してくれてるんじゃないかって期待してしまう。
私が自分が思ってるより、もっとずっと嫌な奴でも、それを指摘しながら、飲み込みながら、それでも一緒にいてくれるって。
村に来てからここまで、失敗続きだったからかな。自己嫌悪が止まらない。
先へ進むんだから、一旦気持ちをリセットしなきゃ。深呼吸して、考えをまとめる。
騎士団が私を保護してくれたとして、それはありがたいことだ。でも、私はやっぱり、この人外と離れたくない。
契約という関係が楔ならそれが離れない理由でかまわない。今の私にはきっと、おじいちゃんみたいな大人が必要なんだ。
あの発言は魔人を軽んじたわけじゃない。甘えた結果。
なら、きちんと謝ろう。
「なんじゃさっきから。人の顔をじろじろと」
「おじいちゃん。さっきは‥‥本当に、ごめんね‥‥」
「貴様‥‥本っ当にからかいがいがないのぅ」
魔人は鼻を鳴らし、呆れた顔をして私の頭に手を置いた。
ぐしゃぐしゃと撫でまわすことはせず、ぽんと置かれただけの大きな手。指先が後頭部を軽く叩いてる。そのリズムが教えてくれる。怒ってないって。
安心したからか、私の自己嫌悪が段々薄れてく。
「まったく‥‥面倒なやつめ」
でもちょっとイライラしてる。いつもと同じように。
見上げる魔人と目が合う。ちょっと不満そうに山を描く唇の端が段々と上がっていく。手が離れた時、魔人はいつもの通り耳まで裂けた笑みを浮かべていた。
「そういえば、主にはスライムの時の貸しもあったな。あれと合わせて菓子を山ほど焼くと約束するならば許そう」
そんなことしなくても、きっともう魔人は気にしてない。許してくれてるんだろうと思う。けど、食べることに関しては抜け目のない人だから。
魔人が我慢できない涎を啜るのをみていたら、安心を超えてなんだか笑えてきた。
「ねぇそれもしかしてダジャレ? 貸しと菓子でかけてる?」
「くだらん。んなわけあるか。言葉遊びは好かん。で、約束するか、しないのか」
ちょっとだけむっとした顔をする魔人がなんだか面白くて笑ってしまう。
「わかった。焼くよ。丸一日でも、二日でも、おじいちゃんの好きなだけ」
「よろしい。その約束、忘れるでないぞ」
魔人は満足そうに笑う。目を閉じて涎を垂らす顔は気持ちよさそうに寝てるときの猫みたいに見えて、可愛い気がする。
「あ、けど、もちろん材料と道具とかがそろった時だよ」
「何も無から生み出せなどと言うつもりはないわい。しかし、楽しみだのぅ」
意地悪なことを言ったお詫びに、本当に山ほど焼くよ。ポーション片手に沢山さ。




