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15話-3 スケルトンの親玉

 私は上半身しかない巨大スケルトンを見て、これはチャンスじゃないかと思った。下半身がなければ巨大スケルトンはあの場から動けない。なら、倒すのは容易なはず。


 等と考えたからだろうか。融合していた巨体が急に腕を振った。


「あ‥‥っ!?」


 思わず声を上げたのは、突然の動きに驚いたからだけじゃない。腕を振るうスピードが、予想外に速かったからだ。

 どのくらいかと言えば、目の端でコンビニに突っ込んでいくときの車みたいな速さだった。ゆうに100キロは出てたと思う。


「はやっ!」


 まともに見ていたはずなのに、見えていたはずなのに、私は声を上げることしかできなかった。目にも止まらぬ速さとはこういうことを言うんだろう。


「あの巨体でよくもまぁ、あれだけ速く動けるものよな」


 己の腕が仲間のスケルトンを巻き込むことも厭わず繰り出された攻撃。普通の人間ならあの一撃で木っ端微塵だろうそれを、フェグラスは大剣一つで受け止めたらしい。


 その瞬間は見えなかったが、今彼は十数メートル押しやられた先、部屋の端にいる。今だに彼を押しつぶそうとする巨大な骨。それを大剣を盾がわりに押しやり、耐えている。


 休む間もなく次の攻撃がくる。今度は団長の真上から腕が振り下ろされた。

 まるで虫を潰すかのように巨大スケルトンの手が赤い鎧を押しつぶす。


 ズドンッ!


 音と衝撃波が同時にきて、私たちの体を突き抜けていく。あまりの風圧に思わず目を閉じる。


 よく、オーケストラなんかを目の前で聞くと音がお腹に響く感覚があるが、そんなレベルじゃなかった。

 一瞬で内臓すべてを揺らされて、閉じた瞼の裏で目がぐるぐる回っている。


 部屋全体を揺らす振動のせいで足が動かず、めまいのせいで膝を折る。その場で尻餅をついてぐらぐらする頭を落ち着け、どうなったかと目を開けると、何が起きたのかスケルトンの両腕が砕け散っていた。


 先ほど隅の方へ追いやられたフェグラスは、もうすでに巨大スケルトンの正面に立っている。


 散った両腕にスケルトンたちが集まり、また形を形成していく。融合しないままのスケルトンが何体か武器を手にフェグラスへ向かっているが、彼はそれらには目もくれない。

 ただ、眼前の巨大スケルトンに向かい大剣を振りかざしていた。


 そして、敵目掛けて、赤い鎧が両腕を振り降ろす。


 天井に近い頭部までは大剣を真上に伸ばしてもまるで届かない。そもそも彼の立っている場所は巨大スケルトンから離れすぎている。あそこで剣を振るっても、刃先すら届かないだろう。


 だから最初、彼が何をするつもりなのかわからなかった。何を斬ったのかも。


 ややあって、スケルトンの頭部が真っ二つになるまでは。


「‥‥っ!」


 頭部を破壊された巨大スケルトンは一気に崩壊していく。周りにいたスケルトンもドミノ倒しのように次々床に倒れていった。


 団長は砕けた骨の粉が舞う中、悠然と魔物の最期を眺める。


 倒したんだ。あんなに巨大な敵を一瞬で。一撃で。


 言葉も出ない。

 跳ぶこともなく降り降ろされただけの斬撃が、天井すれすれにある頭部まで届いた。


 巨大スケルトンが崩れていくその向こう。ダンジョンの壁に深く入った傷跡が目に入る。敵を貫通した斬撃の跡はヒビ割れ、ガラガラと崩れていった。瓦礫が落ちきると、天井の高さにまで拡張された出口が現れる。


 大きな敵を倒したというのに、フェグラスの表情は何一つ変わらない。今はその無表情がどこか凛々しく見える。


「いかがでしたでしょう、閣下。退屈のほどは」

「ま、あの程度の魔物ならこんなものじゃろうの。これしきで退屈などまぎれんよ」


 少し自慢げなエルダーに対して、魔人はつまらなさそうにそんなことを言う。


 その横で私は胸を高鳴らせていた。バトル観戦好きなリュカじゃないけど、あの一撃の凄さは私にだってわかる。


「私‥‥私は驚きました! あんな大きな敵をまさか一撃で倒しちゃうなんて! 団長さん、とっても強いんですね! ね、リュカ!」


 迫力に圧倒され、勝利に喜びを感じた私は、自然とあるがままの興奮を口にしていた。リュカも同様の感想を抱いたようで、にこにこと飛び跳ねる。


「うん! しゅばって! どかって! すごかったっ!」

「チトセ様もリュカ様もそう思われますか‥‥! そうなんです、フェグラス団長はとても強いんですよ。なんせドラゴンの首を一撃ですから‥‥!」


 私たちに負けず劣らず、満面の笑みで興奮気味に語るところを見ると、エルダーはよほどフェグラスのことを自慢に思っているらしい。あの一撃を見た後だとその気持ちがよくわかる。


「全く、団長も罪な人だねぇ。エルダーだけじゃなくてお嬢さんと坊ちゃんの心まで奪っちまって」

「本当ですよ、俺たちだって頑張ったのに」

「団長がいたらそりゃ俺たちは目に入らないよな」

「まぁ、スケルトンのほとんどは団長が倒しちゃいましたし、そりゃねぇ」


 レバネ達がそんな事を言いながらこちらへやってくる。エルダーは「すみません、つい」と声を小さくしてうつむいた。


 ガァン!


 突然、背後で大きな音が鳴る。見れば入り口の鉄格子がなくなっていた。巨大スケルトンを倒したから、進めるようになったんだろう。


 出口の方もきっと開いたんだと思うけど、骨と瓦礫の山で見えない。というか、これでは通れない。瓦礫を登って行けばなんとか通れるだろうか。


 その時、崩れた壁の下にカンテラの光を反射する何かが見えた。


「あれ? なんか瓦礫の下に光るものが‥‥。あれって魔石じゃない!?」

「じゃのう。スケルトンでもさすがに融合すれば魔石を出すのだなぁ。丁度よい。骨が消える前に共に喰らうとしよう。少しは腹の足しになるじゃろうて」


 ゆっくりと近づき、魔人は魔石を巨大スケルトンや瓦礫毎一瞬で消し去った。それを見て、4人の騎士の誰かが「団長が逆らうなって言った意味がわかった」と呟く。


 私の隣でエルダーも先ほどまでの興奮はどこへやら、表情を硬くしている。


「閣下も、相当お強いのでしょうね‥‥。あの空間のあの場所のみを、一瞬で、一体どうやって‥‥」


 皆さんの強張る横顔を見上げ、私はなんて言ったらいいか迷った。こわがらないでいいですよ、なんて言うのも変だし。


「おじいちゃんはすごいよ。だってドラゴンを一人で倒しちゃうんだもん! きっと赤い人と同じくらい強い!」

「リュカっ」


 今そんなこと言ったら逆効果だと思って止めようとしたが、エルダーは先ほどより幾分か表情を明るくし、こわがるどころか興味を示した。


「ドラゴンをお一人で? それはどんなドラゴンでしたか?」

「赤いやつ。火をふくやつだよ!」

「ではレッドドラゴンですね。凶暴で厄介なドラゴンです。しかし、そんなものどこで?」

「ダンジョンだよ! あとはね、おっきなスライム! こーんなの」


 リュカが両手を大きく広げると、エルダーは驚いた顔をした。2人の盛り上がりようは先ほど私たちが団長の活躍に心奪われていた時と同じか、それ以上な気がした。


「ごめんねぇ、後輩が変で。あいつ魔物とか魔獣好きで、話ができる相手だとああなるんだ。魔物オタクなの。オタクって言うか、ミーハーというか。仕事中は抑えてるみたいなんだけどね」


 いつの間にか隣にいたレバネが「子供っぽいでしょ」と笑う。確かに、リュカと一緒に魔物の話をするエルダーは子供のような笑顔を浮かべ、楽しそうに見える。

 実際子供っぽいかどうかはわからないけど、人には意外な一面があるものだなとは思う。


 目を輝かせたエルダーは出口付近で団長と話している魔人を見て「やはり、お強いんでしょうね」と呟いた。だけどその声には警戒の色はなく、リュカの「強いよ!」という返事に静かに頷く。


「あとね、ドラゴンって美味しいの」

「ドラゴンが美味しい?」


 エルダーが新たな興味に振り向いた時。


「お前たち! 何をしている。さっさと行くぞ」


 団長の声が広間に響いた。


 敵のボスを倒したというのに、フェグラスは呼吸をちっとも乱していないし、4人の騎士もそこまで疲れた様子はない。スケルトンのほとんどはフェグラスが倒していたとはいえ、こちらに来ていた敵の数だってそれなりにいたはずなのに、なんてタフなんだろう。


 それに比べて私は、体を貫通した衝撃のせいだと思うんだけどお腹が‥‥内臓が少しジクジクしてる気がする。けど痛いっていう感じじゃないので、平気そう。

 時間ができたら筋トレとかしようかな。


 そんな風に先を行く彼らを見ていたら、左手を握られる感触が。その手を握り返して、振り返る。そこにいるリュカはまたフードをずらしてえへえへ笑っていた。


 もう一度フードの先を引っ張る。


「よし、私たちも行こっか」

「うん!」


 相変わらず私たちのことを仲良し姉弟を見るような優しい目で見るエルダーを1番後ろにして、私たちは五層へ向けて進み始めた。

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