15話-1 スケルトンの親玉
5人の騎士の後に続いてダンジョン内を進んでいくと、やがて広い空間に行きあたった。体育館よりちょっと大きいくらいの、ここが目的の広間らしい。
辺りを見渡す。だだっ広い空間には天井から下がるたくさんのカンテラ以外何もない。入り口にも特別扉があるわけではなくて、通路を抜けるだけ。
カンテラの一つ一つは小さな明かりでも、数があるから辺りは割とよく見える。入り口付近から見てちょうど正面の向こう側に、同じような出口があるのが見えた。
団長を先頭にしてみんなで縦に並んで進んでいく。丁度真ん中あたりまで来た時。
ガシャン!
勢いよく鉄が落ちてくるような音が前方と後方から同時に聞こえてきた。私の腕にリュカが引っ付いてくる。
「なに? 何の音?」
「わ、わぁ。あのね、閉じ込められちゃったみたい‥‥」
彼の視線の先、振り返ると通路と広間との間にいつの間にか鉄格子みたいなものがはめられていた。広間の先にあった出口も同じ。
リュカのいう通り、私たちはこの場所に閉じ込められたようだ。だけどあのくらいならおじいちゃんの魔法で一発じゃないか。
そう考えていたら、今度は巨大な石が擦れるような音が聞こえてきて、地面が軽く揺れた。
「なになになに、なに?」
「わわ、今度は揺れてる」
私も怖くなって思わずリュカの手を取る。
何が起きているのかと異変を探すと、前方の壁に穴が空いているのを見つけた。出口の上部にぽっかりと二か所。それもずいぶん大きな穴だ。
あんなに目立つものさっきまではなかったはず。今の音はあれが出現する音だったんだと思う。
続いて、どこかからかざわめきが聞こえてきた。
「何の音? なんか、沢山聞こえない‥‥? どこから‥‥」
言いながら、穴を見る。何かが出てくるなら絶対あそこからだ。
「う、うん‥‥。すごく沢山、近づいてくるよ」
こっそりと人形を下げたリュカが不安げに見つめてくる。なら、本当にくるんだろう。けど、一体何が。
音の正体がわからず、耳を澄ます。
ガランガランという金属や石のような何かがぶつかりあう音。一定のリズムで聞こえるのは足音か、靴音だろうか。それらに重なって、ガシャガシャという聞きなれた音。
ガシャ音については日常生活で聞いたことはないけど、ここではよく聞いた。団長の背中越しに、スケルトンとの戦闘時、必ず。
つまりこれはスケルトンの大群が迫り来る音だ。
ここに来るまでもあっという間だったスケルトンとの戦闘を思い出すと、前方に彼らがいてくれて心強いが、敵の数が多いことには不安を覚えた。
スケルトンの大群を今か今かと身構えながら待ち続ける。足音は近づいてくるし増えているけど、一向にその姿が見えないっていうのは不気味なものだった。
ざわめく暗闇の奥にスケルトンがどれほどいるのか想像できない。
「おじいちゃん。すごい数来てそうだけど、大丈夫だよね」
「こわいぃ」
「はぁ‥‥。案ずるな。どれだけいようと結局はスケルトン。雑魚じゃ」
魔人は肩を落としながら背後の壁際へ向かう。肉が出なかったことにとうとうやる気をなくして、あんな遠くから観覧する気なのかと思ったが、どうも違う様子だ。
何をしているのかと見ると、魔人は壁をぺたぺたと触っている。
本当にこんな時に一体何してるんだろうと思っていると、突然壁から槍のようなものが飛び出してきて魔人を貫いた。
「おじいちゃん!」
「叫ぶな喚くな。これしきどうということもないわ。しかし、やはりトラップがあるな。チトセ、壁に近寄るでないぞ。壁付近の足場にも注意せよ。でなければこうなるが、貴様は当たり所が悪ければ即死じゃろうて」
串刺し魔人が壁から手を離すと、槍は壁の中に戻っていった。こちらに戻ってくる人外は一部服が破れている以外、全くダメージを負った気配がない。
それを見た騎士の誰かが「ばけもの‥‥」と呟く。
壁に近寄れないと言うことは、この辺でじっとしている方がいいのだろうか。立ちすくんでいると、エルダーが私たちの肩に手を触れ、少し後ろに移動するよう言ってくれた。
「大丈夫です。もし誤ってあの壁に触れても、上着にかけた魔術で一度くらいなら跳ね返せますから。なのでフードもしっかり被っていてくださいね」
「はいっ!」
私は急いでフードを深く被りなおし、しがみついてくるリュカのフードも引っ張ってしっかりと被せた。
「さて、フェグラスよ。わしはスケルトンは好かん。喰いがいがないからのぅ。じゃから貴様らでやれ」
にんまり顔が偉そうに告げるが、団長は特に気分を害した様子もなく頷いた。
「いいだろう。閣下に消耗されても困るからな。ではお前たち、構えよ。前方は私がやる。お前たちは巻き込まれないよう私と距離をとりつつ、残りを頼んだ。ただしエルダーはお二人の護衛を優先するように」
「「はっ!」」
エルダー含めた団員は勢いよく返事をすると、すぐ陣形を組み剣を構えた。その動きはスムーズかつ洗練されていて、無駄がない。
緊張しているからだろうか。私はその光景を見て悠長にも小中学生の時学校でやった鼓笛隊を思い出していた。
足音はもうすぐそこまで迫っている。
ガシャン!
突然物が落ちるような音が聞こえた。リュカがぐっと私を引き寄せる。
ガシャン、ガシャ、ガシャン。
ガシャガシャガシャガシャガシャガシャ!
音は続けざまに降ってきて、止まらなくなった。
団長が1人立っている部屋の奥へ視線を向ける。大剣を構えた彼の向こう側に、蠢く白い山があった。スケルトンの大群だ。
視線を上げると、出口の上部に開いた穴から次から次へとスケルトンが飛び降りてくるのが見えた。湧いている、という表現の方がしっくりくる。
スケルトンは脆いのか、穴から飛び降りた衝撃でその体はばらばらと崩れるが、やがて集まり立ち上がる。外れた頭や集まりきらないパーツを拾ってくっつけ、手に剣を持ちのろのろと歩いてくる。
一体一体のスピードは遅いものの、数はすさまじかった。
大量のスケルトンが迫る中、フェグラスが手にした大剣が空気を滑るように一周する。再度彼が元の構えに戻った時、頬に一筋の風が当たった。
遅れて、突風に襲われる。
「うぁっ」
「きゃぁっ」
私にしがみついていたはずのリュカが風に飛ばされ、私もバランスを崩す。体が浮遊するような感覚があったけど、それも一瞬だった。繋いでいた手が離れてすぐ尻餅をつく。
今のでもしも壁まで飛ばされていたら。
「リュカ!」
串刺しになってしまうかもしれないと急いで振りむく。けど、そこには目を回したリュカと、彼を受け止めたであろうエルダーがいた。
「大丈夫です、リュカ様ならこちらに」
「ふぇえ、びっくりした。僕なら大丈夫。エルダーが捕まえてくれたの」
嬉しそうにエルダーに飛びついているリュカを見て安心する。
「エルダーさん。‥‥ありがとうございます」
しかしのんびりしている場合じゃない。
背後で鉄同士がぶつかり合う音がしだした。




