14話-2 いざ!山脈ダンジョンへ!
ダンジョンの中は最初、横穴と同じ洞窟感が強かったんだけど、段々と足元が石畳みたいになっていった。やがて石造りの通路へと変わる。
サソリの大群が押し寄せてきたあの階層のような、けれどそれよりは広めの通路。明かりは天井からろうそくの入ったカンテラが下がっているだけで、見通しはそこまで良くない。
エルダーから教わったことだけど、こういう時に一緒にいるチームの事をパーティーと呼ぶらしい。今回は私とリュカと魔人含めて9人。団長とエルダー以外は知らない騎士4人で構成されている。
一列になって歩くとぞろぞろして見えるけど、考えてみれば案外少ないような気もする。簡単なダンジョンだって魔人は言っていたから、だからだろうか。
「エルダーさん、人数こんなに少なくていいんですか?」
「はい。あまり大勢で向かえば魔女が警戒を強めるだろうと。それから昨日団長が下見に入り確かめた結果、‥‥まぁ色々ありまして、少数精鋭がよいということになりました。しかしご安心ください。数は少ないですが先輩方の腕は確かですから」
「お嬢ちゃん、戦闘は俺たちに任せてな。あんたはダンジョンツアーだと思ってくれてりゃいいからさ」
前の方を歩く騎士の1人が気さくに声をかけてくれた。兜で顔は良く見えないが、声や話し方からして結構おじさんぽい印象だ。
「え、ええ。えっと‥‥」
気にかけてくれてありがたいし、返事をしたいけど名前が分からない。やっぱり、こういう時困るから自己紹介はあっても良かったと思う。
けど甘えはよくない。わからないなら自分で聞けばいいんだもの。知らない大人の人に名前を聞くなんてどう声をかけたら良いのかわからないけど、これって社会の厳しさってやつなんだろうか。頑張ろう。
なんて考えていたらエルダーが「失礼」と声をかけてきて、それからおじさん騎士のことを「レバネさん」と呼んだ。
そっか、あの人はレバネって名前なのね。こうやって周りの話から密やかに情報を集める方法もあるのか。大人って難しいな。
「名乗りもせず女性に声をかけるのは失礼ですよ」
「あーあー、お坊ちゃんはうるさいねぇ。すまんね、お嬢ちゃん。団長が俺たちの紹介をはしょったから。俺はレバネ。この中じゃ一番の年長者だぜ。よろしくな」
「は‥‥はい。よろしくお願いします」
レバネは手を振ってまた前を向いた。
ここ二日間騎士団で寝泊まりしているけれど団長、エルダー、ドゥア以外の騎士とは会話をしていない。そもそも一緒になることもなかった。だからあんな風にフランクな人もいたなんて知らなかった。
団長やドゥア、エルダーも面白い時があったし、思ったより騎士団て言うのは明るい職場なのかもしれない。
この調子なら、他の人の名前もすぐに分かるかも。
「お前たち、無駄口を叩かず周囲を警戒しろ。このあたりは私と閣下が昨日あらかた片づけたが、いつどこから襲われるか分からんぞ。骨は拾わんからな」
「「はっ!」」
団長の厳しい物言いに団員が声を合わせる。
だけど続けて「名前は‥‥すまん。気が付かなかった。あとで各々時間を取ってくれ」と聞こえて来た。社会の厳しさではなかったらしい。
こわい顔をしているし厳しいんだけど、団長は団長でどこか抜けていてそこが可愛い気がする。これはギャップかな。
しかしそれ以降誰も何も言わなくなって、私たちは無言で進んだ。
しばらく歩いたところで、魔人が魔石を齧りだす。
「昨日倒してしもうたからの。ここらには魔物がおらんようじゃ。一晩立てば少しは戻るかと思うたが‥‥。ああ、腹が減る」
「大切に食べてね、おじいちゃん」
「むろんじゃ。しかしのぅ、これがなくなり魔物も出て来なければ、最後はこやつらを喰うしかない。それは許せよ。でなければ飢えてしまう」
「冗談だよね?」
「半分な」
魔人がにやぁりと笑う。それを聞いた騎士たちにちょっとした緊張が走るのが鎧の音でわかった。
「ここダンジョンなんだから、魔物が出てこないわけないじゃんか」
この一階層は昨日の影響で魔物がゼロだとしても、だ。次の階層に行けば沢山いることだろう。原っぱのダンジョンの時がそうだったじゃないかと魔人を見上げる。
私の横でリュカも同様に魔人を見つめた。小さな声で何やら言っている。
「おじいちゃん、お腹空いたなら僕が魔物を呼ぼうか?」
「ならん。こ奴らの前で貴様は何もするなと言うたろう。忘れたか」
「じゃあ、僕役立たず?」
「リュカ、貴様にはチトセのお守という大役があるじゃろう。こやつが迷わぬよう手でも繋いでおけ」
「うんっ」
お守ってなによ、と思うけど私の手をぎゅっと握って嬉しそうにしているリュカを見ると別にいっかという気持ちがわく。
魔物が一切出ないまま私たちは一階層を抜けた。ここまで30分くらいか。ふと気になる。
「ねぇ、ここまでほとんど一本道だったよね。なんで昨日あんなに時間がかかったの?」
昨日、ダンジョンの下見は昼食のあとから夕食の後までかかっていた。時間にして6時間くらいだろうか。長く入っていた割に、この1階層は短すぎる。
「ダンジョンって大きければ大きいほど時間がおかしいって言ってたけど、ここってもしかして時間が外より早いとか?」
竜宮城に行った浦島太郎状態になるのは嫌だ。
「特別時間がかかったとは思わんが、昨日は三階層まで進んだからのぅ」
「え? えっと‥‥一階層までって話じゃなかったっけ」
私の記憶が正しければ、団長はドゥアとそう話していたはず。前方でレバネが振り返った。
「お嬢ちゃん、そんなの信じちゃだめだって。団長が一階層で満足するわけ、ないない。証拠に昨日下見に付き合ったこいつらは散々な目に合ってるよ」
レバネの後ろに並ぶ2人の騎士が「しっ」「なんで言うんですか」とレバネに抗議している。
「レバネ。私は昨日お前を指名したつもりだったんだがな」
「団長、おじさんに初見ダンジョンはきついですって。ああいうのは若者に行かせた方がいいんですよ。いい経験になる。そうでしょう」
「口のうまい奴だ。しかしもう黙れ。二階層へ上がるぞ」
団長が立ち止まる。赤い鎧の向こうには、真っ暗い階段があった。
「一階層では魔物の復活はなかったが、二階層はわからん。気を引き締めて行け」
「「はっ!」」
皆さんの勢いのよい返事。
そのまま私たちは二階層、三階層と何の障害もなしに上がっていった。どちらの階層もほとんど一階層と同じ作りで、違うことと言えばだんだんと横道が増えていくことくらいだろうか。
「ほんとに魔物が全然出てこない。昨日はどのくらい出て来たの?」
「わしがそこそこ腹を満たせる程度にはおったんじゃがなぁ」
魔物が出てこなければ、ダンジョンはただの巨大迷路だ。
それも団長が迷うことなくずんずん進んでいくおかげで、迷路ですらない。こういうお散歩コースを歩いているだけって感じがしてくる。
「このまま魔物が出てこないといいのに」
「けどチトセ、それだとおじいちゃんがお腹すいちゃうよ」
「あ、そっか」
魔人は大人しく魔石を口にしている。
残り少ない魔石‥‥そういえば、昨日三階層まで潜っても魔人は魔石を手に入れてこなかった。魔物を魔石ごと食べきってしまったのだろうか。解体する人がいなければ、そうだろう。
それにしても、一体どんな魔物が出るんだろう、ここ。




