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13話-8 お風呂もあるんですか!

 テントから出ると、リュカとエルダーが楽しそうに喋っているところだった。2人もずいぶんと打ち解けたみたいで安心する。


 私に気が付いたリュカが走ってきた。


「どうだった? 楽しかった?」


 お風呂に楽しいという感想を持ったことはなかったんだけど、魔術のお風呂はアトラクション感があって確かに楽しかったかもしれない。


「楽しかったよ。リュカも入っておいで。待ってるからさ」

「うん!」


 手にタオルを持ってテントに入っていく後姿を見守っていると、エルダーがやってきた。


「チトセ様、御髪がまだ濡れていませんか。ここは冷えますから、はやめに乾かした方がよろしいかと」

「あはは、はい。長すぎて、乾ききらなくて」

「もしよろしければ乾かしましょうか」

「あ、ドライヤーみたいなものがあるんですか?」

「ドライヤー? は存じ上げませんが、代わりに精霊がおりますよ」


 そっか、それも精霊なんだ。本当に便利だなぁ。それにしても精霊が髪の毛を乾かしてくれるなんて、なんだかちょっとこわいような、面白そうなような。


「お願いしてもいいですか?」

「ええ、もちろん。熱の精霊 フェルボラ、風の精霊 ヴェントレ。やや弱めの熱風で彼女の髪を乾かしてください」


 すると赤い光と緑の光が現れて、私の頭の周りを飛び回った。温かな風が吹いてくる。ターバンが自然と外れ、髪の毛が風の中を舞う。どのくらいかかるだろうかと思っていると案外すぐに落ち着いた。


 ふわりと肩に落ちてきた髪に触れるとしっかり乾いていて、しかも手櫛でまとまる。それだけじゃない‥‥なんだかつやつやしてる。キューティクルが増した気がする。


「うわ、うわうわっ。なにこれ! 私の髪の毛じゃないみたい‥‥!」


 これって、あれかも。高級ドライヤーがきっとこんな感じだと思う。


 プールの授業のあと、寮組の誰かが十万円くらいするってドライヤーを持ち込んだことがあった。使用した同級生はみんな髪の毛をこんな感じにつやつやさらさらさせていて、ちょっと羨ましかったっけ。


「見てください。こんなにさらさらで、つやつや‥‥っ」

「精霊に頼むとそうなるんですよ。お気に召していただけたようで何よりです」


 本当に精霊パワーのもたらす恩恵だったらしい。


「精霊ってとっても‥‥すごい」


 感動が収まらず髪をいじる私を、エルダーは嬉しそうに見ている。


「洗濯物もシャワーも、ドライヤーまで。精霊って便利ですね。そういえばエルダーさんは精霊騎士‥‥なんでしたよね。その光っているのが精霊なんですよね?」


 今もエルダーの周りにはいくつかの光が飛んでいる。


「ええ、そうです。ですがその、生活魔術に精霊を使用するのはおそらく私くらいですね。本来ならこういった魔術は魔石で運用するものなんですよ。実際、入浴室の魔法陣は魔石で動いていますし」

「精霊って、やっぱり珍しいんですか?」

「珍しいですね。私も、私以外の精霊騎士と会ったことは教会に所属していた時くらいでしょうか。精霊自体はどこにでもいますが、彼らが人に手を貸すことは今はめったにないでしょうから」

「今は? 昔は多かったんですか?」

「昔は、まぁ、今よりは」


 はは、と笑うその顔は少し強張っている。

 言いにくそうな話題のようなので「お風呂は魔石で、洗濯物は精霊なんですね」と話を変えた。


「ええ。洗濯は精霊に頼った方が早いんですよ。ですから、お願いしています」

「確かに早かったですもんね。洗濯があんなに一瞬で終わるなんて驚きました」

「魔石を使用するのでも、手洗いよりは大分早くなったんですがね。精霊に比べると出来上がりが少し劣るんです。チトセ様の元いた世界でも洗濯には時間がかかるのですか?」

「洗いに最低でも1時間くらい、ですね。それに乾かすのは自然乾燥がほとんどで、朝干して夕方に取り込むから、丸1日かかりますね」

「乾燥はこちらも自然乾燥が主ですよ。隊では魔術を使用しますが。やはり、時間がかかるものはどこでも同じなんですね」


 こうして話すとエルダーからは所帯じみたものを感じる。彼の細やかな気配りや心遣いも相まって、だからこんなに話しやすいのかもしれない。


「お風呂楽しかったーっ」


 そうこうしているとリュカが戻ってきた。髪の毛はしっかり乾いている。


「あれぇ。チトセの髪の毛綺麗だね。きらきらしてる」

「いいでしょ。精霊に乾かしてもらったの」

「いいなぁ、僕もやりたい」

「リュカの髪の毛もう乾いてるじゃない」

「うー。じゃあもう一回お風呂入る」


 テントへ戻ろうとするリュカを引き止める。


「さて、では私は一旦戻ります。お二人もテントに戻られますか」

「そうしようかな‥‥。でも、何かお手伝いできることがあれば何でも言ってください。手伝います。その、戻ってもすることがなくて」

「はは。では、夕食の準備の手伝いをお願いしてもいいでしょうか」

「はい、もちろん」

「僕もやるよ」

「ではその頃またお声がけに参ります」


 エルダーと別れて、私たちはテントに戻った。騎士の皆さんは相変わらず忙しそうに話し込んだり物品のメンテナンスをしていたり、忙しない。


 クッションベッドに腰を下ろすと、お風呂に入ってリフレッシュしたためか更に居心地よくなっていた。そのまま仰向けに横になると、隣にリュカも寝ころんでくる。


「お昼寝? チトセ」


 眠るつもりはなかったけど、そう言われてみると眠たい気がする。夕食までまだ時間はあるし眠っちゃおうかという気持ちになる。


「うん、そうしようかな」


 目を閉じると、リュカが手を繋いできた。私も握り返したけど、力が入ったかどうかわからない。目を閉じた瞬間に信じられないくらいの眠気がやってきて、意識があっという間に沈んでしまったから。


 もう戻れない眠りの底に落ちていくとき、魔人の服を仕立て直すんだったと思い出した。けど、そんな思考もすぐに暗闇にほどけてしまって、私はただただ心地いい深みにゆるゆると身をゆだねるのだった。

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