13話-6 洗濯魔術
そう広くもないキャンプ内を歩き、向かう先は朝食を食べた会場の方だ。
「食事の準備とか、洗濯とか、いつもエルダーさんがやってるんですか?」
そういうのって、いわゆる雑用だと思う。エルダーは偉い人たちと一緒にいることが多いのに、雑用係なのかと実は不思議に思っていた。
「基本は当番制です。役職があれば免除されるので、私も実は免除されてはいるんです。ですが私はここでは一番経験が浅いですから、こんなことで先輩方のお手を煩わせるわけにはいかず、当番を代わっていただいているんです。とはいえ立場もありますので、時にはできない時もありますが」
エルダーは自らの肩書に関係なく先輩を立てるタイプの人みたいだ。なんだか好感が持てる。
「おっと」
私の方を見て丁寧に話してくれたために、前を見ていなかったエルダーは地面のくぼみに足を取られ躓きかけた。大量の衣類が揺れるが、彼の絶妙なバランス感覚でなんとか落ちずに済む。
「大丈夫ですか? それ、少しお持ちしましょうか」
「いえいえ、お気遣いなく。男性の衣類が大半ですから‥‥。そういえば、お二人や男爵閣下の衣類はどちらに?」
「あ、このバッグの中です。おじいちゃんは洗濯物なくて」
言いながら思い返す。そういえば、ここに来るまで私とリュカは適宜着替えてきたし、川があれば洗濯もした。けど魔人が着替えているのを見たことがない。
魔人から血生臭さ以外で気になる臭いは感じたことがないけれど、これは清潔さの問題だ。‥‥血生臭い時点で清潔さもアウトかもしれない。うん、アウトだ。
宝箱から出て来た服はまだあるから、4本腕用に仕立て直してたまに着替えてもらった方がいい。今日このあと時間があったらやっておこう。
「リュカは自分の持ってる?」
「うん。あるよ‥‥ほらっ」
リュカは服の中から汚れた服をずるずる取り出す。スライムに溶かされたもの、泥だらけのもの、すべてぐちゃぐちゃに丸められている。
「あ、この泥のやつお城のでしょ。今までも川とかあったのに、洗わなかったんだ」
「だって泥だらけなんだもん」
「だからこそ洗うんだよ。エルダーさん、泥だらけも大丈夫でしょうか」
「大丈夫ですよ」
「よかった。なら、今日全部洗っちゃおうね」
「はーい」
朝食会場を通り過ぎると、森の手前あたりに大きなブルーシートが敷かれているのが見えてきた。もちろんそれがブルーシートなわけがないんだけど。
近づくと、やはりブルーシートとは違って、大きな魔法陣の書かれた敷物だった。布製で、陣も書かれているというよりは刺繍されている。
キラキラした糸で刺繍された、絨毯のような魔法陣。こんなものもあるのかと感動してしまう。
絨毯の上にはすでに大量の衣服がのせてあった。
「お二人の分はこの後で洗いますから、ひとまずお待ちください」
「洗濯魔術ってどんななのかな。リュカは見たことある?」
「うん。お屋敷ではね、ワールドエンドが魔法で洗っちゃうんだ。ぱあってなって、しゅんって。ドードーウサギがラッパを吹いてる間に終わっちゃう。すぐだよ」
「ぱあ、しゅん‥‥? へぇ」
何が起きてるのかの想像は一切できないけど、魔法で一瞬なのだけはわかった。あとはとっても賑やかそうなこと。
エルダーが両手に抱えていた洗濯物を魔法陣の上に乗せ、しゃがみ祈るようなポーズをとる。立ち上がると何もない空間に向かって語りかけた。
「水の精霊 ウンダー、風の精霊 ヴェントレ。水流を巻き上げ衣服の汚れを落としてください」
すると、彼の向こう側に点滅する青と緑の光が現れた。豆電球ほどの大きさで、昨夜テント内を飛び回っていた光に似ている。
それらが踊るように舞い上がり洗濯物の上を旋回すると、あっという間に水が現れ、風が巻き上がり、水も服もすべてを巻き込んだ竜巻が発生した。
まるで回る洗濯機の中身だけが浮いているような光景。近くで見ていても私たちの方へは水滴の一つすら飛んでこなかった。
5分もすると段々と水が減っていき、強風だけが残る。やがて風の勢いも落ち着き、洗濯物が魔法陣の上に落ちてきた。
仕事を終えた2つの光は緩やかに弧を描きながらエルダーの元へと戻る。
「終わり‥‥ですか?」
「はい、これで終わりです」
「洗濯物、触ってみてもいいですか」
「ええ、どうぞ」
一番手前にあった誰かの服に触れてみる。
「わ、ちゃんと乾いてる」
水に浸っていた洗濯物はしっかりと乾いていてしわにもなっていない。なにより、手にしたそれは柔軟剤を使ったのかというくらいふわふわだった。
「これが洗濯魔術なんですね」
「はい。あまり面白いものではなかったでしょう」
「いいえ! 面白かったし、すごいと思いました。洗濯機の中みたいでしたもん」
「そ、そうですか? 楽しんでいただけたようで何よりです」
洗濯機なら洗いに40分程度、乾燥機つきなら乾燥入れても全部で2時間はかかるところ、ものの10分で全てが終わってしまった。洗剤も使った様子がなくてエコだ。
「ヴェントレ、これをあちらのテーブルに運んでくれますか」
エルダーが光に向かって指示を出すと、緑の光が頷くように点滅し、乾いた洗濯物が次々空を飛んでった。
「では、私はあちらで作業がありますから、その間お二人の分を洗ってしまいましょう。準備ができましたらお声がけくださいますか。私はその、女性の洗い物を見るのは失礼と思いますので、向こうへ行っておりますから」
「あ、ありがとうございます」
自然と配慮をしてくれて、なんて気の利く人だろうか。
そこで、はたと気がつく。今私が見ていた洗濯物って、皆さんの、その‥‥下着とかも、あったのかもしれない、と。いやあったに違いない。
それを近くでまじまじ見つめて、私はなんて配慮のない人間なのだろうか。
「す、すみません‥‥」
「え? いえ、お気になさらず」
私の羞恥の理由などきっと伝わってないだろうエルダーはそういうと洗濯物が飛んでいったテーブルの方へ向かっていった。
「どうしたのチトセ、顔真っ赤」
「な、なんでもないの‥‥。洗濯物、出そ!」
騎士団の皆様申し訳ございません。ですが下着のようなものはおそらく見ておりませんので、どうかお許しください。
私はそんなことを考えながら衣類を出した。リュカも汚れた服を魔法陣に乗せる。
2人で洗濯物を乗せ終わっても、枚数はそんなになかった。これで洗濯機を回さなんてちょっと勿体無い気がする。
「そういえば、私たちの服もう魔術かかってないんだよね。リュカもいつもの服だし」
「チトセは、僕の服、あっちの方がよかった?」
「ううん。あっちも似合ってたけど、リュカはその方がリュカって感じがするな」
「えへ」
それから立ち上がって振り返ると、ちょうどエルダーがこちらを見ていた。声をかけてって言われてたけど、手を振ったらわかるかな。
両手を振ると、光が飛んできた。伝わったらしい。
魔法陣の上をさっきと同じように衣服と水が旋回する。リュカの泥だらけの服は目立ったが、やがてどれがその服だったかわからなくなった。
「ねぇ、さっきの話だけど、夢の国の洗濯もこんな感じなの?」
「違うよ。ぱあってなって、しゅんってなるの」
「ぱあ、しゅん‥‥。じゃあ、これは?」
「これは、くるくるってなって、ふわー、かな」
「これがくるくるふわーなら、ぱあしゅんって、どんなだろ」
謎のオノマトペに想像を膨らませている間に洗濯は終わって、衣服がひらひら落ちてくる。綺麗になった服は手洗いしていた時とは比べ物にならないほど手触りがよくなっていた。
どうして同じ布なのにこんなにもふわっとした仕上がりになるんだろうか。精霊パワーなんだろうか。ともかく、すごく嬉しい。
洗濯物を畳んでしまってからエルダーの元へ向かう。テーブルの上には綺麗に畳まれた衣服が整然と並べられていて、まるで洋服屋の陳列棚のようだった。
こんな短時間でどうやって、と聞くと風の精霊に手伝ってもらったらしい。精霊、なんて便利なんだろう。
「これを持ち主に返すのが一番大変なんですよ」
さすがの精霊も、どれが誰のシャツかまでは分からないのだという。大量の洗濯物を前にため息をつく彼の頭の上で、2つの光は楽しそうに飛び回っていた。




