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7話-1※ お城の地下の怪しい会場

注意:軽度のグロテスク描写があります。


グロテスク描写は規約にもあるのでかなり抑えたつもりなのですが、やばめであれば教えてください。

ちなみに彼らはみんな18歳以上です。

「チトセ、僕は夢の世界から来たけど、ここは夢の中じゃないよ。夢からここに来るのは大変なんだ。だってここは夢と全然違うから。チトセはずっとここにいたよ。言っても信じてくれなかったけど、ここは夢じゃない。現実だよ。チトセは召喚されたんだって、言ったでしょ」


 言わないでほしい。


 今のリュカに、そんな口調でそんな声で、今の状況でそんなことを言われたら、認めるしかなくなるじゃない。


 逃げ場がないじゃない。どうしたらいいかわからなくなるじゃない。


 こわくて仕方なくて、動けなくなるじゃない!


「そんなの‥‥うそ。うそだよ、あるわけないじゃん。現実にそんなこと。見るたび変わる景色とか、召喚とか、呪術も、魔法も、人形がしゃべって動くわけない‥‥! みんなも、死んだりしてない! だって!」


 私はリュカの手を振りほどいた。


 冷たい両手をこすり、組んで、祈るようにリュカを見る。

 臆病な顔をした男の子が、どうしたらいいのかわからないという顔をして私を見ている。


「‥‥だって、これから‥‥それを確かめるんでしょ‥‥?」


 私の声は震えていた。リュカはおずおずと私に手を伸ばしてきて、もう一度私の手に触れる。その手はやっぱり冷えていた。


「チトセ、信じてよ。僕、ここ‥‥こわい‥‥」


 陶器の冷たさじゃない。人間の、緊張と恐怖にべたついた汗の感触だった。冷たくて、震えた手。

 そうか、リュカも私と同じように怖いんだ。同じ気持ちなんだと、そう思った。


 握られた手から彼の感じている恐怖が伝染してくる。

 私も怖いから、気持ちはわかるよ。でも、ダメなの。今怖がっちゃいけないの。もう一度だけ、勇気を振り絞りたいの。


 ここが現実だってわかったよ。私もそんな気がするんだもん。でも、やっぱり、あきらめたくないから、確かめたいんだもん。

 たった一つの希望なんだもの。縋らせてよ。夢だって思わせて‥‥。


「‥‥一回だけ、行こ‥‥?」


 声が震える。掠れて小さい。


 それでも私はリュカの目をじっと見つめた。握られた手を握り返した。


「お願い、リュカ。ついてきて‥‥。私、どうしても、怖いの。ここが夢の中だって信じたくてたまらないの。あの扉の向こうを見たら、夢かほんとかわかる気がする。リュカのいうこと、信じたくない。だって、夢じゃなかったら‥‥。夢じゃなかったら、わ‥‥私、こわくて‥‥」

「‥‥」


 リュカは凄く怯えた顔をして、けどじっと私を見つめる。


 私の声は震えて、上ずって、喉の奥も痛くなって、しゃべりずらい。

 それでもわかってほしくて、声を絞り出す。


「お願い、リュカ。お願いだから、ついてきて‥‥っ」


 頬を熱いものが伝っていく。怖すぎて涙があふれてきた。


「だって、こわくて‥‥。一人じゃ‥‥いけない‥‥っ」


 かすれて、小さくて、リュカに聞こえたかもわからない声だったけど、もうこれ以上大きな声が出なかった。


 扉の向こうが怖い。ここが夢の中じゃないことが怖い。


 知らない場所だってことが怖い。命が簡単に消えてしまいそうな状況が怖い。


 帰れないかもしれないことが怖い。独りぼっちにされるのが怖い。


 けど、知らないまま、うやむやなまま逃げるのも怖い。


 だから、確かめたかった。どうしても。


「おねがい‥‥!」


 私はもう膝が崩れ落ちそうだった。わけがわからなくて、泣き出したかった。うつむくとぽろぽろ涙がこぼれていった。

 もしリュカに断られたらどうしようと不安だった。


 だって、ミズキママじゃない私をリュカが助ける理由なんて本当は一つもないから。私は、夢の国の勘違いで孤独から、死から免れているだけなんだから。


 本当はこの世界でたった独りぼっちだから。


「‥‥わかった。行く」


 頭の先から声が降ってきて、私は顔を上げた。不安そうに揺れる瞳と目が合って、けれどリュカは目を逸らさずもう一度言ってくれた。


「一緒に行くよ」


 リュカの声も私に負けず震えていたけど、それに反して私の手を握る力はとても強かった。


「あ、ありがとう‥‥!」


 ぽろりと涙がこぼれていく。それを追うようにリュカの指が私の頬をこする。


「だからチトセ、泣いちゃやだよ」

「‥‥止まんないんだもん‥‥」


 鼻をすすり、何度も深呼吸する。できるだけ涙を止めれるように努める。

 涙を止めたら、行かなければ。


 不安や恐怖も一緒に吐き出すつもりで、深く深く吸った息をはく。


「よし‥‥!」


 私の心の準備は整った。万全とはいかないまでも、涙は止まった。

 行こうとすると、リュカが手を引く。


「あ、ま‥‥待って。僕、足が‥‥」


 リュカの足はその場から動いていなかった。言われてみると、私も膝に力が入っていない気がする。一歩がとても重くて難しい。


「あ、私も‥‥」


 決心したものの、最高潮に達した恐怖のためか、私たちは足をもつれさせながらよろよろ歩くしかできなかった。一歩歩いてはふらついて、互いに支えあう。


「はは、やばすぎ‥‥」

「え、へへ‥‥」


 お互い顔はこわばっていたし、声は固かったけど、私たちは自分たちを安心させるために笑うふりをした。


 よろついてぶつかり合いながら歩くと、不思議と緊張がほんの少しだけほぐれた。手を握り合って、肩をぶつけながらゆっくり階段を上がる。


 小さな扉を前にして、呼吸を整えた。

 リュカがドアノブに触れる。


「鍵はかかってないみたい‥‥」

「本当? ちょっと貸して‥‥。あ、開かない‥‥」


 こわくて体に力が入っていないのか、扉が重たすぎるのか、ドアノブは下ろせるのに開かなかった。二人で押すと動いたので、また必死に唸りながら押しやって、どうにか入る。


 扉の先は真っ暗で、さっきまでと比べ物にならないくらいの異臭が漂っていた。正直吐きそうなほどだ。


「大丈夫? チトセ」

「大丈夫‥‥」


 あんなに怖がっていたのに、リュカは私より先に部屋へ入って中の様子を見てくれた。


「大丈夫。ワールドエンドのいう通り、見張りはいないみたい」

「‥‥みんなは、どこ?」


 部屋の中は通路を挟んで左右が牢屋だった。けれど、誰の姿もない。

 奥から、物音というか、うめき声というか、何かが聞こえてきて、私たちは顔を見合わせた。


「チトセ、さっきも言ったけどこの先からすごく嫌な感じがするんだ。チトセもわかってると思うけど、きっとすごく嫌なものを見ちゃうと思う」

「うん。‥‥大丈夫。行こう」


 私を心配するリュカの手を強く握る。今度は私が先頭を行こうとするけど、リュカが手を握り返して、引き戻してくる。

 振り返れば不安そうな目と目が合った。言葉はなくても、なんとなくリュカの気持ちが伝わってきて、うなずきあって私たちは横一列で進んでいった。


 奥へ進むたびに、音は大きく、はっきりと聞こえてくる。


 それはぐちゃぐちゃと乱暴にハンバーグをこねるような音に聞こえたし、革製のソファを殴るような音にも聞こえた。獣が唸るような音、すすり泣くような声があちこちからする。


「‥‥ひ!」


 牢屋の先、角を曲がると広い一番大きな牢屋があって、そこに人がいた。


「‥‥!」


 私は声を失った。隣にいるリュカも言葉を失っているのか何も言わない。


 牢屋の中は地獄だった。


 仰向けに拘束されている人がいる。お腹の中に犬のようなものが顔を突っ込んで暴れている。食べているんだ! と気が付いて、卒倒しそうになる。

 暴れている生き物は鎖につながれているからか、夢中で食べているからかこちらには見向きもしない。

 食べられている人は死んでいるのかと思ったけれど、呼吸しているように見えた。あんなことになってもまだ、生きているなんて。けれど顔はうつろで、死んでいるようにも見える。


 その向こうでは、ゴリラのように大きな体格の生き物が天井から吊り下げられた誰かの体を殴っていた。サンドバッグのようにされた人は、やがて両腕がちぎれて床に落ちた。悲鳴もない体を犬が引っ張っていく。

 巨体の生き物は興奮して暴れだしたが、それもまた鎖につながれているらしく金属音がじゃらじゃらと鳴り響くだけだった。


 壁の方では同級生くらいの人たちが並んで釣られていて、子供みたいな生き物が彼らの体に集まって動いていた。なにをしているのかと思えば、両足を引きちぎろうとしているようにも、お腹を食べているようにも見える。すすり泣いている声が聞こえたが、彼らから聞こえるのかはわからなかった。


 反対側の壁際には寝台があって、そのうえでは人の首のようなものが並べられていた。体は天井から逆さに吊り下げられいて、液体のようなものがぽたぽたと床に流れ続けている。


 暗闇の中、鮮明にそれらが見えるのは、ところどころに光る石が置かれているからだ。その光が増すと、みんなから唸り声のような呻き声が聞こえてくる。


 そのうちの一つの石が、強く光った。瞬間、その石の一番近くにいた誰かが暴れ始めた。


「痛い痛い痛いいいい! ああああああああ!」


 突然響き渡った耳をつんざく悲鳴に、体がびくりと震えた。

 その声が響いたとたん、壁につられた同級生を貪っていた子供のような生き物が興奮した様子でわっとそちらへかけよっていって誰かに覆いかぶさっていく。


「ぎああああああー!!」


 という悲鳴と肉がぶちぶちと引きちぎられる音を残して、声がやむ。石の光が段々と収まり、共鳴するようにあたりの石も暗くなっていく。

 やがて周りの石はまた光りだしたが、強く光ったその石だけは暗くなったままだった。


 暗い一角で山になった生き物たちの下、叫んでいたその声はしなくなった。


 私の足から力が抜ける。


「わ、あっ! チトセ?」


 隣にいたリュカにもたれかかるようにして倒れ、リュカも一緒になって床に転がる。


「チトセ! しっかりして、チトセ!」


 リュカの声がする。顔がすぐそこに見える。なのになんだか遠い。


 視界が、だんだんと狭く暗くなっていく。心臓がどきどきして、全身に勢いよく血を送っているのに心臓が鳴るたびに全身が冷たく冷えていく気がする。


 頭が真っ白だった。全部の音が意味もなく通り過ぎていく。

 見えているはずの世界がどんどん黒く、見えなくなっていく。


 遠くでリュカが私を呼んでくれている。なんて言ってるんだろう?


 そうか、ここを出ようと言ってくれてる。


 そうだ。逃げなきゃ。こんなところ早く、出なきゃ。


 そう考えたけど、だめだった。もう、限界だった。

 体が言うことを聞かない。目がもう見えない。意識がどんどん遠くなっていく。


 もしかして、これが夢から覚める感覚なのだろうか?


 だとしたら私はリュカを置いて行くことになる。ここまでついてきてくれたのに、リュカにごめんと言いたかったけど、もう言葉も出せない。息もできているかわからない。リュカの顔も暗闇の中に埋もれていく。


 とうとう、世界が真っ暗になった。

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