13話-1 騎士団と一緒に作戦会議
朝食の後片付けが終わってすることがなくなった私たちは、エルダーについて行き難しい話組に合流した。
テントの中で3人が囲んでいるテーブルの上には、大きな魔法陣が書かれた紙。どうやらそれが魔人が見たいと言っていた転移の魔法陣の写しらしい。
顔を上げた人外は私と目を合わせると大きな口を耳まで引き上げて「貴様らも来たか」と目を細めた。だけど魔人の興味はすぐにエルダーへ移る。私とリュカは魔人とエルダーの間に立って魔法陣を眺めた。
魔法陣はダンジョンで見た干し肉の時のよりも、姿を変えるものよりもずっとずっと複雑に見える。
数学の公式とか漢文みたいに、独自の並びがあるだろう文字列。所々形態の異なる文字が差し込まれているのは、カタカナひらがなローマ字的な違いだろうか。もしくは、理科で習う原子記号なんかを混ぜたものか。
全体的に、見たことのない文字のような模様が羅列されたアート‥‥つまり、意味不明。
ここにきてようやく、魔人が難しいと言っていた意味が分かった。
これを見たら魔術がいかに難解な学問なのか誰の目にも明らかだろう。少なくともこの魔法陣が中学高校生レベルの内容じゃないことだけは知識のない私にも想像できる。
知識がないからこそ、そう見えるのかもしれないけど。
山の観測所まで移動するのに使う魔法陣がこんなレベルなのでは、魔人の言っていた送喚魔術なんてのは、さらに途方もないんだろう。それを自分で学び、探り、見つけることなんか果たしてできるんだろうか。
というか、魔法陣って美術的センスも絶対に必要だよね。ダンジョンで描いた時、自分ではしっかり写したつもりだったのに不発だったし。
この魔法陣だって写しっていうからには模写とかなのだろうけど、分度器とか定規とか使ったんじゃないかってくらい綺麗に書けている。の割には一発で書いたように鉛筆の跡とかもない。方眼紙でもないのに一体どうやってこんなふうに均等に均一に文字を並べられるんだろう。
私だってノートは綺麗にまとめられる方だけど、これを見るとそんなのとはまるで違う。これだけで魔術に対するハードルが一気に上がる。
「エルダーと言ったな。これは貴様が写したものだと聞いたが、確かか」
「ええ、確かです」
えっ、これを書いたのは貴方なの‥‥とエルダーを見上げるが、口を挟めるような空気じゃない。
「今しがたこの話をしていたところじゃ。丁度よい。貴様の口からこの魔法陣の問題を説明してみせよ」
「はい。では‥‥ここの、座標の術式ですが。座標式すべてが削られていて、現段階で特定に至っておりません。現状このままで魔法陣が作動するかも不明ですが、作動した場合どこに移動するか見当もつきません。この状態で使用するのは大変危険です」
顔を見合わせる私とリュカに、エルダーが教えてくれた。
座標が分からないということは、どこに着くかわからないということ。まぁ、それはわかる。
こわいのは、そんな魔法陣を使用した場合最悪地上何百メートルの空中に放り出されたり、雪に埋まったりするかもしれない。それだけならまだしも、山の岩の中に転移しようものなら即死だという。
勝手に使用しなくてよかった、と再度リュカと顔を見合わせる。
エルダーは小さな地図を取り出し、テーブルの地図に重ねた。山を真上から見たもののように見えるその地図には丸が付いていて、彼はそこを指さす。
「おそらく観測所にこの対となる魔法陣があるはずで、それを確認できればまだ楽に直せるのですが、この村には観測所の魔法陣の写しがありませんでした。そうするとこの雪山を登り観測所へと向かい、直接魔法陣を確認する必要が出てきます」
地図上、観測所はここからそう遠くないように見える。高さを考えなければ。
「地図があるならば、地図上の位置から座標を特定できんのか」
「もちろん考えましたが、そういった方法は精度に期待できません。完璧な地図など存在しませんからね。それに加えこの辺り、ヘリオン周辺はどうも地図が曖昧なもので、この地図だって本当にここに観測所があるのかどうか‥‥正直、信用できないのです。そのため慎重にならざるを得ず、時間がかかっています」
森を抜けてから村にたどり着くまでに見ていた地図を思い出す。あの地図もほとんど何も書かれてなくて、原っぱの真ん中にあったかまくら型のダンジョンなんか姿かたちもなかった。
あの地図自体いつ作られた物かもわからないから、作られた当時にはあの場所にダンジョンがなかった可能性もある。それでも、エルダーも言うならそうなんだろうと妙に納得できてしまった。
適当な地図、適当な土地。
これまでの経験から、ヘリオンは何もかもが信用ならない。この土地ならそういう杜撰さがあってもおかしくないな、と思える。
団長が地図を指す。
「だがな、山を登るとなると、我々の足でも観測所まで行くのに最低一週間はかかる見込みだ。村長の話では観測所以降は魔女のかけた迷いの魔術がいたるところにあり、まともに登れないらしい。ヘリオンの状況も鑑み、本件に魔女が関係していた場合、現在は山全体に迷いの魔術がかけられていてもおかしくない。予想よりはるかに時間を要する可能性もある。一週間以上となると‥‥この件にかけられる時間もそうなくてな。悩む時間もないのだが、どうにも踏ん切りがつかん」
フェグラスは「私の提案は却下ばかりだしな」とドゥアを見た。視線を送られた黒騎士は眉間に皺をよせ団長の言葉を無視し、魔人に説明を続ける。
「ですがやらねばなりません。そこで我々は登山隊を結成し、少人数で山を登ることを考えています。時間はかかりますが、それしかありませんから。しかし、魔法陣はこの複雑さです。登ったところで魔術に詳しい者がいなければ写しを描くことさえ難しい。この小隊には魔術に長けている者がエルダーしかおりませんから、修正は山を登り、降りてからになります。そうすると最低でも半月はかかってしまう事になる」
登山隊を組んで登りで一週間、下りで一週間。
それだけの時間があれば、汚職の責を問いたい国上層部やそれに関係する人物が証拠を破棄したり、最悪この国から逃げ出すことさえできてしまう。領主とその直下の街が壊滅した事件に、国の騎士団だって黙っているはずがない。
今は連邦が先んじて動けているが、国の騎士団が汚い方向に力を発揮し連邦と衝突すれば、せっかく調査を進めていた全てが有耶無耶にされ、消されかねない。
そうなれば諸外国からのヘリオンに対するヘイトを諫めきれず、その土地を管理しきれなかった国の問題が浮き彫りとなり、国家間での戦争が勃発すると彼らは焦っている。
ここまでまとめきった私の頭はくらくらとしだす。が、まだ話は続く。
フェグラスが「だが」と言ったので揺れる頭を必死に追いつかせる。
「隊で移動すれば片道に一週間かかるだろうが、私一人なら往復一週間でやれると踏んでな。魔法陣はわからんからエルダーを担いで行くことになるが、まぁそれでも隊で移動するよりは早いだろう。その案を出したが、却下されたんだ」
それがさっき言っていた団長の”提案”だったらしい。
一度却下した案を蒸し返され、ドゥアは大きなため息をついてからフェグラスを睨んだ。
「団長、ふざけないでください」
「ふざけてない」
「団長」
真顔で言い切るフェグラスからは、確実にできるという自信が伺え大変頼もしく感じる。一方で、眉を寄せ俯く2人の部下の姿を見ると、彼の言うことをすべて鵜呑みにしてはいけないという気もするのだった。
団長の意見を黙って聞いていた魔人は「それでも一週間か。とても待てんな」とお腹をさすりながら呟く。
そう、私たちには時間もなければ、魔石もないのだ。




