11話-3 半魔ってなんですか
半魔は嫌悪を向けられる。エルダーからその話を聞いて、私はここではじめて目を覚ました時のことを思い出す。
飛行機の中で私は強い不安を感じていた。リュカに初めて会った時、私は彼をこわいと感じた。
でもそれは当たり前の反応だったと思う。あり得ない状況、1人はぐれた孤独感、その上で人形が話すなんて非現実がこわくないわけがない。
それ抜きでリュカをこわいと思う時もあったけど、それは見た目が不気味な人形だったり、真っ暗な部屋のクローゼットから首だけが出ているとか、そういうホラーな演出があったからだ。
地下で彼が人形から人間に変わった時、あの時の恐怖は地下の空間のせいだった。むしろ彼がいてくれて心強かった。
リュカ自身に嫌悪感を覚えた事はない。
首を絞められた時とか、仮面をつけた時は流石にこわかったけど、あれはそういうのじゃないと思うし。
けど、もし出会いがああじゃなかったら。私がヘリオンなんておかしい場所じゃなくて、もっと安全で心穏やかでいられる、危険とは程遠い場所でリュカと出会っていたら。
そうしたら私も、リュカをこわいと思っただろうか。彼に嫌悪感を抱いたのだろうか。
黙り込んだ私を心配したのか、エルダーは慌てる。
「すみません。今のも失言でした。実際、チトセ様はそうではなかったのかもしれません。つい、昨夜の自分のことを思い出してしまって」
「いえ、話してくれてありがとうございます。私全然、知らなくて‥‥。エルダーさんはリュカをその、‥‥嫌だと思ったんですね、昨日」
朝もやが少しずつ消えていく。私たち以外誰もいない静けさの中、パンが焼けていく匂いがする。辺りにはおいしそうなパンの香りが漂うのに、さっきまでの空腹は感じなかった。
しんとした冷たい空気を静かに揺らし、エルダーは肯定した。手を止め、真っ直ぐに私を見つめる。
「そう感じました。魂の形や、在り方が見えていたのはもしかしたら関係なかったのかもしれません。それがなくても感じていたのかも‥‥しれまんせん。単純に、異物だと思いました。‥‥申し訳ございません」
今の話を聞いた後だと、彼の本音を聞いても怒りや悲しみは感じなかった。昨夜の彼は、心の底からリュカを警戒し恐怖しているように見えた。けどそれは、誰にもコントロールできない不思議な性質のせいなんだ。だとしたら、誰も悪くないじゃないか。エルダーもリュカも、誰も。
理由がわかって、私はなんだかすっきりした。逆にエルダーは顔を歪め俯いている。なんて声をかけたらいいかは分からない。
好まれない存在。嫌悪の対象。
ハーフドワーフ像を思い出す。アンバランスな体系で、オバケのような姿。あれでは確かに恐怖の対象として見られるだろう。実際私も不気味に思ったから。
けど村のために頑張った存在なのに、見た目のせいでそんな風に言われるのは可愛そうだとも思う。自分もこわいと感じたというのに、今更ずるいことだけど。
半魔の存在のなんて悲しいことか。どうして神様はそんな風にしたんだろう。リュカの優しさや健気さ、無邪気さ、純粋さを馬鹿にしたような半魔の性質に、腹が立つ。
ノイは森で私たちに向かって悪魔か魔物かと聞いてきた。 あの時ノイはこわい顔をしてリュカを見ていた。キャットに呪術をかけていたからだと思ったけど、もしかしたら彼にもそういう風に見えていたのかもしれない。
「魂が見える人って、たくさんいますか?」
「え? あ、はい。ああ、いいえ」
何か考え事をしていたようで、エルダーは戸惑いを見せた。一呼吸おいてから教えてくれる。
「神職に身を置く者であれば大概は見えますが、今は神職自体少ないですから。見える者も、神に認められるほどの修行を得てその力を得たか、生まれ持つかですので、一般的に多いとは言えないと思います」
「そうですか。‥‥ならよかった」
第一印象で嫌悪されても、少なくとも半魔とわかる事はない。半魔自体が悪いものかは分からないけど、リュカを見る限り悪い事ない。
第一印象なんて自分勝手なイメージ付けだから、エルダーみたく分かってもらえれば変えられるものだし、あまり気にしなくていいと思う。
それにもしリュカが第一印象で嫌われても、私がどうにかすればいい。どうにかできなくても、リュカには私がいるし。2人で楽しくしていれば、リュカがいい子なんだってきっとみんなにも伝わるはず。
楽観的かもしれないけど、だって私にとってリュカはとってもいい友達なんだもの。それが誰にも伝わらないなんて考える方がよっぽど難しい。
少なくともエルダーはわかってくれたし。
「けど、エルダーさんでも見たことがないくらい珍しいんですね、半魔って」
「ええ。彼らは人目につく前に、その多くが亡くなりますから」
「えっ?」
さらっと言われた一言が重たくて、私はパンを丸める手を止めた。
エルダーははっとして「すみません、配慮にかけました」と口を閉ざしかけたが、そんなこと言われたら聞かなかったことにできるわけがない。しつこく聞くと、彼は迷いながらも続きを話した。
「半魔として生まれた子供は、そのほとんどが大人になる前に命を落とすんです。多くは近親者や隣人からの虐待によって。その性質により、自分を産んだ親からも忌避されてしまう‥‥そうです」
虐待。予想しなかった話に、私はただただ驚くほかない。なら、リュカは運よく生き延びてきた子ということじゃないか。
「そもそも、父とも母とも生き物が異なりますから、魔性との間の子供は出来にくいものです。その上で不遇な特性を持って産まれる。ですから、私もそうですが多くの場合半魔を目にする機会など滅多にありません。一般の方ならなおさらでしょう」
エルダーのように知識を持っていても、実際見ることがなければその実態は分からない。悪魔と勘違いするほど嫌われやすい存在。
神様がいたとしたら、本当に意地悪だと思う。
こうして話してみてよくわかったが、エルダーは正直で真っ直ぐな人だ。余計な一言は言うけれど、自らを顧みて反省することができる理性的な人間。そんな彼でもああなるなら、半魔というのは本当にひどい性質を持っていると思う。
「私も教会に勤めていた事がありますが、実際に目にしたことはありませんでした。彼らの魂があんな形をしていたとは、知りもしませんでした。彼らの生きにくさ、苦しみやつらさは、知識としてあったのにです。‥‥不甲斐なく、思います」
多くの半魔がそうであるように、リュカも危険に晒されて生きてきたんだろう。母親からも‥‥。もしかしたら、だからあんなに人に触れたがるのかもしれない。本当のところはわからないけど、想像はできてしまう。
少なくともキルターンと出会うまではそうだったんじゃないだろうか。森の湖で『キルターンだけが僕を見つけてくれた』とそう言っていたのを思い出す。
仲良しの友達になれたと思ったキルターンとはすれ違い、大好きなエルダーに似た人からは悪魔と呼ばれた。リュカ本人のことは誰も見ていないっていうのが納得いかない。
あんなに優しくていい子なのに。みんなもっと本当のリュカを知ってくれればいい。知ってくれさえしたら、好きになってくれるはずだ。
なおさら、エルダーとリュカを仲直りさせたくなった。
彼は昨夜とさっきの失言でリュカを傷つけたことを心の底から悔やんでいる。エルダーの真面目さゆえに一度失敗しはしたが、なんとかもう一度できないだろうか。どうにか仲直りさせられないだろうか。
私にリュカの孤独を何とかできないだろうか。
「リュカ、エルダーさんに似た友達がいるみたいなんです」
「ああ、それで昨夜あんなことを‥‥。名前も同じとは、珍しい」
別の世界の、っていうのは内緒にしておいてもいいよね。
「だから、余計、なんだと思うんです。私もあんなに怒ったリュカはじめて見ました」
「チトセ様とリュカ様はどこでお知り合いになったのですか?」
「お城で召喚された時から一緒なんです。あのお城で、リュカが助けてくれたから、私ここまで生きてこれて。だから、私にとってリュカは命の恩人で、とっても大切な友達なんです」
それを聞いてエルダーは目を伏せて微笑んだ。本当に優しい顔で笑う人だと思う。
「そうでしたか。素晴らしい方なんですね、リュカ様は。知りもせず‥‥本当に情けない話です。お許しいただけなくとも、きちんと謝罪をしなければ‥‥」
「お願いします。エルダーさんとも仲良くなれたら、リュカ、きっと喜びます」
「そうなれば、嬉しいです」
エルダーは不器用だけど誠実で良い人だ。きっと2人は仲良くなれる。リュカの知る彼と同じくらいに、わかりあえるはず。
優しい友達想いなあの子のことを、好きだと言ってくれる人がこの世界にもっと増えてくれたらいいなと思う。




