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11話-2 半魔ってなんですか

 それから、騎士団員の朝ごはん‥‥総勢30名分ほど‥‥を作るのを手伝うことになった。メニューはシチューとパン。パンはこれから焼くのだというから驚く。


 今、団員たちのほとんどは村を回っていて、戻るまで2時間ほどあるという。その間にそれだけ作ると言うのだから更に驚いた。


 とりあえず手伝えそうなパン生地作りをする。30人が食べる一日分のパンを朝のうちに焼いてしまうという、とんでもない重労働だ。


 大きなテーブルに紙を敷いてその上で小麦粉を練っていると、いつの間にか正面にリュカが来ていた。テーブルの下からじとっと睨んでくる。


 よかった。戻ってきてくれた。あとは、どうやってここにいてもらうかだけど‥‥。手伝ってって言ったらきっとリュカは手伝ってくれるよね。


「リュカ、おじいちゃんいた?」

「いなかった」

「そしたらさ、パン作るの手伝ってくれない? 1人じゃ大変で」

「だってエルダーと2人でしょ」

「拗ねてないで手伝ってよ。お願い。沢山作らなきゃいけないから、大変なの」

「うー‥‥。チトセは手伝うけど、僕、エルダーは手伝わないよ」


 珍しい拗ね方をしているけど、それでもリュカは一緒にパンをこねてくれた。


 この世界のパンのつくり方は知らないけど、材料は大体一緒。

 小麦粉、バター、水、卵、前回余ったらしい生地を少し。なにかの粉を入れたけど、これがドライイーストなのかな。混ぜてこねて、でも寝かせる工程は無視。


 お菓子作りの時もだったけど、2人でやると作業が早く進む。あっという間に第一弾の生地が完成した。


 それから、焼く工程。

 騎士団では窯じゃなくて魔法陣を使うらしい。大きな専用の魔法陣が書かれた紙の上に小さく丸めた生地を等間隔に置いていく。魔法陣の真ん中に赤い魔石を置いたら、じりじりと熱がパンに伝わっていく。


 紙の上で段々と膨れていくパンを見ていたら、エルダーがやってきた。逃げようとしたリュカの手を掴んで留まらせるが、口を尖らせて私の後ろに隠れてしまう。


 すっかりヘソを曲げてしまったリュカにエルダーも申し訳なさそうに頭を下げた。


「リュカ様、昨夜は申し訳ございませんでした。不躾にあのようなことを。どうかお許しください」


 そんな彼を見て、リュカも少しばつが悪くなったような顔をしたが、相変わらず口を尖らせたまま。私に引っ付きながらエルダーを睨んでいる。


「どうしてエルダー嘘ついたの?」

「嘘‥‥ですか?」


 少し顔を上げたエルダーは困惑している。その様子に腹を立てたリュカは足を踏み鳴らし、顔を真っ赤にして叫んだ。


「僕を悪魔って呼んだ!」


 リュカのこんな姿を見るのは初めてだった。


 驚く私の後ろでエルダーが戸惑うように「申し訳ございません」と言い、更に続ける。


「ですが、嘘ではありません。確かに魂の形は違って見え」

「もうっ、いい!」


 それを聞いて、リュカは私の手を振り払って走って行ってしまった。


 エルダーの顔にはさらなる失言を後悔するような表情が浮かんでいる。


 この人は悪い人ではないみたいだけど、正直者すぎるのかもしれない。団長からもまじめすぎるって言われてたことを思い出す。


 昨日も今も、エルダーが嘘をついている様子はない。魔人だって嘘をついているとは思えない。

 魔人は前に、リュカの魂が魔物に近いと言っていた。それがつまり、リュカが半魔ってやつだということなんだろうか。


 エルダーにはリュカがそう見えているんだろうか。


 そもそも、半魔とはなんなのか。


「エルダーさんにはリュカがどう見えているんですか? 角とか生えてるように見えるんでしょうか」

「まさか! 姿は人間と同じように見えていますよ」

「じゃあ、どうしてあんなこと」


 リュカが走り去っていった方角は朝もやに包まれている。


「本当に、なんとお詫びをすればいいのか‥‥。昨夜、団長が言ったことを覚えておいででしょうか」

「えっと」


 団長は沢山喋っていたから、どれのことだろう。


「私には、相手の魂が‥‥魂の形が見えるんです」

「魂の形‥‥」


 そういえば、悪魔だと叫んだあとそんなことを話していた。


「えと‥‥どんな風に見えてるんですか? その、リュカの魂ってそんなに変なんですか」

「変、と言えばそうですね。‥‥説明するのは難しいのですが」


 エルダーが言うには人には人の、獣には獣の、魔物には魔物の、独特な魂の形があるそうだ。


 形と言ってはいるがそれは言葉のあやで、実際はオーラ、波長ともいえる物だとか。丸とか三角みたいな具体的な形じゃないから上手く説明できないと。


 もっと言えば目に見えているというよりは感覚で感じ取っているに近いと。言葉にするのは相当難しいらしい。


 私のファンタジーに乏しい頭ではサーモグラフィーをイメージするので限界だ。実際は全く違うものだろうけど、理解を超えたものはもう理解しないことにする。そういうものがあるのかー、と受け入れるのみに努めた。


「リュカ様は見た目こそ人間にしか見えないのですが、魂を見ると明らかに人とは違うんです。魔物に近く、けれど魔物とも違う。見たことがないのです。だからきっとあれが悪魔なのだと、昨夜は緊張と焦りからそう思ってしまい、本当に早計だったと、配慮に欠けていたと反省しております」


 エルダーは昨夜魔人の正体も一目で見抜いていた。どちらかと言えば魔人の方をより警戒していたように見えたから、そっちの方に気圧されてしまってのことなのかもしれない。


「エルダーさんは悪魔、見たことはないんでしたよね」

「はい。ですが昨夜はリュカ様を見て、どうしてもそうだとしか思えず‥‥あのようなことを」


 項垂れる姿からは彼があの発言を本当に悔いていることが窺える。


「おじいちゃん‥‥魔人もそんな感じですか? リュカと似てる?」

「いえ、男爵閣下はまた別です。閣下もまた非常に口にしにくいですが、禍々しく、見ていると吞み込まれそうな‥‥非常に強い恐怖を感じます。‥‥閣下に比べれば、リュカ様は‥‥害のある方には思えません。今、それを再確認したところです」


 やはり、魔人への恐怖と緊張が原因でリュカがとばっちりをくった感じらしい。しかしエルダーは「ですが魂の形はやはり人とは違います」と続けて言った。


「それがその、半魔ってやつの形なんですか?」

「おそらく、そうですね」

「半魔ってなんですか」


 村でハーフドワーフの話を聞いていたから、半魔って響きからなんとなくどういうものか想像がついている。けど、ちゃんと知りたい。


 リュカも自分がそうだとは知らない様子だったから、なおさら。


 団長はさほど気にしていなかった。魔人もだ。けど、魂を見ると昨夜のエルダーのように動揺する人がいることを知った今、他の場所でも同じことが起こらないとは限らない。その度にこんな風になるのは嫌だ。


「半魔とはその名の通り、魂や体の半分が魔性の者のことです」

「魔性って、悪魔のことですか?」


 半分魔性。でも、もう半分は人間だと思う。


「悪魔とは断言できませんが、人ならざる者の事です。ヘリオンではあまり見かけないと思いますが、この村の伝説に残るハーフドワーフや獣人なども昔は半魔と呼ばれていた時代があります。ようは人と他の種との混血者を‥‥差別する言葉だったんです。獣人やドワーフは現在は人の亜種とみなされていますから、ほとんどそうは使われませんが」


 想像した通りリュカは人と、人じゃないものとの間に生まれた子供らしい。けどそれを知っても私はなんだそれだけか、と思うだけ。むしろ安心した。


「なんだ、よかった」

「よかった?」


 不思議そうな顔をするエルダーを見上げる。


「ええ。だって、魂の形が違うなんて言うから、もっと嫌なことがあるのかと思って。単純にハーフってだけなんですね」

「まぁ‥‥そう、ですね」


 そう言うエルダーの横顔は少し険しい。それきり黙ってしまう。


 真面目な彼はこれ以上話さない方がいいと思っているようだけど、隠すのが下手だ。そんな顔をされたら、気になってしまうじゃないか。


「あの、もしまだ他に何かあるなら教えてくれませんか? その、これから先リュカが悪く言われたりするのは嫌なんです。その理由がわからないのはもっと嫌」


 言うと、彼は真剣な顔をして眉を寄せた。話すべきか話さないべきか少し考えてから、「そう、ですよね」と呟く。


 エルダーは焼き終わったパンを丁寧にバスケットに詰めながら言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。


「今からお話しするのは半魔についての基本知識です。実際の彼らを目にしたことがなかったので、絶対にそうとは言えなかったのですが、おそらく、例外のない話です」


 次のパン生地を丸める。私も手伝いながらじっと聞いた。


「基本的に彼らは魔性ですから、好まれはしません。彼らを半魔と認識していなくともです。彼らは魔性として、それだけで、それゆえに、人から嫌われてしまう傾向にあると聞きます。昨夜の私も‥‥こんなことを言うべきではないとは思いますが、あの感情は‥‥嫌悪でしたから‥‥」


 それを聞いて、昨夜の彼と今の彼のギャップがなんとなく埋まる。彼は魔人に気圧された。その上で、半魔の性質に引っ張られリュカを嫌悪した。その結果リュカを「悪魔だ」と判断してしまった。それが昨夜の悪魔発言の全てなんだと思うと、腑に落ちた気がする。


 ふと、疑問に思う。


「けど、私は‥‥そうじゃなかったのに」


 私はリュカにそういった感情を抱いたことはない。


「それはきっと、出会い方が良かったのでしょう。チトセ様の場合、リュカ様を嫌悪する前に嫌悪すべきものがあったでしょうから」

「嫌悪‥‥」


 ヘリオン。

 夢と思うほどの非日常。お城。残酷で非情な彼ら。


 嫌悪と言われるとそれらが真っ先に思い浮かんだ。

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