10話-4 連邦騎士
「そんなに証拠が欲しいかのぅ」
「欲しい」
フェグラスはきっぱりと言い切った。
「では、城裏の森を調べよ。そこにあるダンジョンにならまだ何か残っているやも知れん」
それを聞いてドゥアが一歩前に出た。
「ダンジョン、ですか。なぜダンジョンなどにそのようなものが‥‥。いえ、その前にあの森にダンジョンがあるなど聞いたことがありません」
「そりゃそうじゃろう。地図になど載せられんよ。もとはヘリオンが死体を捨てるのに使っとった場所じゃからのぅ。最後に行った時には魔獣が湧いとった。しかしそこらには残っとったぞ。なにかしらの研究の痕跡がな。あれはおそらく、治癒の魔石じゃな」
「確かに、大量の死体を浄化せずにいればダンジョンが育つ可能性はありますが‥‥まさか、そんな。だとしたら相当な規模です。我々の当初の予想を超えるほどに」
「団長。治癒の魔石の作成がどこで行われているのかは不明でしたが、ラミア隊の報告と合わせ考えると、もしかしたら」
ドゥアもエルダーもフェグラスを見つめて言葉を待っている。彼はただ一度「そうかもしれんな」と頷いた。
「どうじゃ。貴様らがそこで証拠を集め、手に入れる。それならばヘリオンの悪事も暴けよう。治癒の魔石を作るために人間を召還し殺していたとな」
彼らの驚愕の様が面白いのか、魔人は愉快そうに声を弾ませる。
「団長」
「許す。森のダンジョンの調査にはお前が赴け、ドゥア」
「はっ!」
ここまで沢山の話を聞いてきたけど、結局分からないことがある。私が加わるはずだった、あの儀式についてだ。
あれは治癒の魔石を作るためじゃなかった。けど、ローベルトの態度からして、ただ殺していただけとも思えない。生贄を生かすために治癒の魔石を使ってすらいた。
ヘリオンの、あの儀式の本当の目的ってなんだったんだろう。
「閣下。チトセ殿。それでも私はやはり、貴方がたへ協力を願いたい」
「しつこいのぅ。こやつには“召喚された証拠”がないと言うておるに」
「閣下の言う通り、法廷へ出ていただいても証拠不足となる可能性は十分にある。相手も一筋縄ではいかんからな。治癒の魔石の件すら、証拠が上がってもこじつけと言われ裁判を引き延ばされるだろう。それでも、だからこそどれほど小さな手がかりだろうと手放すわけにはいかんのだ。今叩かなければこの国は‥‥。いや、他の国もだ。戦争がもうそこまで迫っている」
「戦争などくだらん。起こったとてどうでも良いわ」
魔人はそういうけど、私も戦争は良くないと思う。それが、私の協力一つで解決するんなら、協力した方がいいと思う。
「おじいちゃん、私も‥‥良くないと思うんだ。戦争とかは」
「なんじゃと。阿呆が。貴様が協力したところで、起きる時には起きるものなのじゃぞ」
「けど、起きないかもしれない。そうですよね、フェグラスさん」
「ああ。そのために、一つでも多くの証拠が欲しいのだ。でなければリベルディアのディックルック伯爵を法廷へ引っ張ってこれん。彼は本件の重要参考人だが」
「団長」
「ああ、失礼。この名は聞かなかったことにしてくれ。‥‥故に、どうしてもあなた方の協力が必要なのだ。再度問うが、どうか証人として我々と共に法廷に来てくれないだろうか」
魔人は口の端を下げ、つまらなさそうにしている。
私が答えようとすると、やめろと言わんばかりに腕が伸びてきた。もう一度魔人を見ると、私を睨むように見ているから、思わず言葉を呑み込む。
「いくら言われたところでわしらの答えは変わらん。先を急ぐ。貴様らには協力できん」
「すると、あなた方は城で大虐殺を起こした犯罪者‥‥という事実のみが証言として残ることになる。このままでは連邦間で指名手配がかかることになるが」
「指名手配!?」
思わず大きな声が出た。みんなが一斉に私を見るので、肩をすくめて魔人の影に寄る。
「ろ、ローベルト達がやってきたことの方が悪いのに、どうして」
「だからその証拠を集めているのだ、我々は。しかし連邦裁判への出廷協力も、閣下殿の話では叶いそうにない。城で起きた事も証拠はすべて閣下殿の胃の中。これでは我々もどうしようもない」
フェグラスと直接話をすると、やはり彼のことはこわいと感じてしまう。言い訳も逃げも通用しなさそうな、意志の強いまっすぐな瞳のせいだろうか。
私が肩をすくめたからか、ドゥアがフォローするように「何も我々は」と割って入る。
「協力しなければ指名手配をかけると、脅しているわけではありません。ただ、我々は連邦騎士です。事情は理解しますが、知ってしまった以上、騎士団上層部へ、連邦国へ報告する義務があります。証拠もなくあなた方の無実を訴えられないのです」
言いたいことはよくわかる。
私たちはお城にいた人間を全て殺した大量殺人犯。真実を知らなければ、誤解されたままじゃ指名手配もされるだろう。当たり前だ。
しかも、せっかくの弁明の機会を自ら捨てようとしてるんだから、その上で分かってくれだなんて言える立場にないことくらい、理解できる。
殺されそうになったのだから、殺しても構わない。本当にそれがこの世界のルールなのだとしても、団長の言ったように規模が大きい。殺した数が多すぎる。
お城にいたのが何百人かはわからない。もしかしたら飛行機の乗客と同じくらいか、それ以上いた可能性もある。
例え弁明したとしても、それだけ殺しておいて、自分が完全な被害者だと言い切るのは正直無理があると思う。
私が生き延びるためには、逃げ出すためには、最低でもローベルトとその手下の4人だけ殺せば良かったはずだから。
それでも、何度考えても後悔はない。
そうしなければ殺されていたし、これから先もあんなことが続いていただろうから。それになにより、あの場にいた誰のことも許すつもりはない。許せる気もしない。
私はどうすればよかったんだろう。
他人が私のしたことを良い、許すと言ってくれたとして、良いことでも許されることでもないのは分かってる。けど、言われたくて仕方がなかった。
私は間違ってない。あの状況じゃああするしかなかったよって、誰かに認めてもらいたい。できればこの世界に生きる、人間に。
それを知るためにも法廷、つまりは裁判に出た方がいいと思う。証言をすれば、少なくとも国に、皆に理解を求めることはできるかもしれない。このまま逃げるよりはずっといい。
それでもまだ迷う私は自然と魔人を見つめていた。なんでだろうと考えて、そうかと思う。
裁判に出た場合、魔人との契約はどうなる?
魔人の望む通り、人探しを優先しなければペナルティがあるかもしれない。それがなくても魔人は嫌がってるんだから、無理強いはできない。したくない。
みんなの視線がまだ痛い。私の答えを待っている。
どうしたらいいか、わからない。
「わ、私たちの話が本当だって、信じてはくれるんですよね?」
「信じます。今はまだ証言のみの段階ですが、その証言が現場の状況、我々の持つ情報と一致している。その場にいて、見ていなければできない話もあった。閣下の話は状況証拠として十分なのです。あとはこれを補強する物的証拠が出れば尚良い。しかし、だとしても法廷にいない人物についての弁明を我々が行う事はできません」
目を細めたにんまり顔と目が合う。じっと見つめ返すと私の迷いを見透かすように鼻を鳴らし笑った。
「指名手配も仕方がなかろうな。人の世はめんどうじゃからのぅ。しかし、わしらを追うのであれば覚悟せよ。こやつは嫌じゃと言うじゃろうが、邪魔立てするならば容赦はせん」
「どうしても、ですか」
「仕方あるまい。わしらには貴様らに協力してやれる時間などないのじゃよ」
「それはなぜ」
「わしらの目的など、それこそ貴様らには関係のないことじゃ。しかし、今はそうさな。魔女に会い、山を越えたいのぅ」
「魔女‥‥か」




