表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/143

10話-2 連邦騎士

「わしはあの城で直に奴らのすることを見てきたからのぅ。詳しくて当然じゃ。そうじゃ、先に言うべきじゃったな。ここにおるのは奴らに召喚された異世界の娘よ。魔力はなく、この世界の知識もない。ゆえにわしと契約を結んだ」


 その瞬間3人の視線が私に集まる。緊張しすぎると、唾すら飲み込めないんだと知った。


 3人の視線が痛い。そんな反応をされると、いけない事をしたのかと思ってしまう。魔人との契約とは、そんなに悪い事だったのかと。


 助けて欲しくて魔人を見ても、彼らの表情を楽しむように笑っているだけ。


 エルダーが顔を強張らせたまま口を開いた。


「閣下ほどの方がなぜ、ヘリオンにいらっしゃったのでしょうか。その、もしや、領主であったヘリオン子爵にテイム」

「なぁにを抜かすか小童がっ」


 魔人が軽く声を上げた瞬間、エルダーとドゥアは素早く身構えた。剣のつかに手を伸ばし、あと一呼吸あれば抜くんじゃないかと、そう思わせるほどの危機迫った表情。


 それを見て思わず後退る。


 テイムとはなんだろうか。分からないけど、魔人が怒るほど失礼な言葉なんだろう。まさかそんな言葉をこの場で使うとも思えないけど。


 場の空気は重い。


 怒ったと言っても、私たちの頭をぐしゃぐしゃ撫でるときのトーンだった。つまり、本気じゃない。


 なのにこんな風になるなんて。魔石を取り出そうとした時もだったけど、かなり警戒されている。


 どうしよう。何か言って場の空気を変えたいけど、私なんかにできるわけない。

 リュカもしゃがみ込み、椅子の隙間から彼らを見つめて動かない。魔人は魔石を食べるだけ。


 静かなテント内に石を砕く音だけが響く。


「閣下、部下の無礼‥‥お詫び申し上げる。大変失礼した」


 フェグラスが2人を制しながら言った。彼の言葉にエルダーもドゥアもはっとして腕を戻す。


「不快であるなら下がらせるが、いかがか」


 謝罪だと言うのに団長の口調は相変わらずだったが、魔人は鼻を鳴らしただけ。2人は「申し訳ございません」と魔人に対して頭を下げる。


「よいよい」


 面倒くさそうに手を振る魔人は少し不機嫌そうだ。その不機嫌は、発言に対してというよりも、怯えられたことに対してという風に見えた。


 魔人は雑に魔石をガリガリ噛んだ後、わざとらしいほど穏やかな声で語りかけた。ため息混じりに。


「そう怯えんでもよいわ。わしは今腹が減っとってな。少し苛立っておるのはそのせいじゃ。しかしこの衝動、むやみに貴様らにぶつけるほど理性をなくしてはおらん。安心せい」


 言いながらさらに魔石を噛み砕く。その音からは隠しきれない苛立ちがうかがえる。しかしそれを押しとどめるように魔人は言った。


「今は我が契約者の希望に沿い、対話の時間じゃからな。貴様らがいくら失言したところで手は出すまいよ。しかし、わしがあの程度の人間にテイムなどされるわけがなかろうに。節穴か、その目は。訳あってあの城から出れんかったんじゃ。あの城におれば、少なくとも空腹は満たされたからのぅ」


 耳まで裂けた唇から尖った歯がのぞく。口の端から涎を垂らし、魔人はくっくと喉を鳴らした。


 袋の中の魔石を食い尽くし、ようやく魔人は落ち着いたようだ。空っぽの袋を渡される。


 バッグの中の魔石はあと一袋だけ。明日もてばいい方だが、その明日を無事に迎えられるだろうか。


「話を戻す。先も言うたがここにおる娘、チトセとわしは契約関係にあるでな。貴様らがこ奴に何かする気であれば阻止せねばならん。死にたくなくば勝手なことをするでないぞ。娘はできるだけ丁重に扱うがよい。小僧もじゃ」


 魔人は私を気にかけてくれている。契約だから、が枕詞にくるけどそれでも妙に安心できるのは、リュカも含まれていたから。

 そこにおじいちゃんの優しさが見えた気がしたから。


 フェグラスが私やリュカを見て「そうさせていただく」と静かに頷く。


「少なくともこのキャンプ内においては、お二人の身の安全は私が保証しよう。それで‥‥もう少しお話を伺わせていただけないか。閣下」

「良いぞ。手短にな」


 彼らの興味は今や完全に魔人に集中している。こうなってしまえば、もう魔人に任せるしかない。

 私はゆっくりと椅子の後ろまで下がった。


「改めて閣下とヘリオンとの関係についてお聞かせ願いたい」

「関係というほどのこともない。言うたろう。訳があって出れんかったと」

「その訳をお聞かせ願えないか」

「大した理由ではない。わしは食い扶持に困っていた。奴らは死体の処理を面倒に思うておった。それだけじゃ」

「死体というのは、人のか」

「そうじゃ」


 魔人は人を食べている。それがこのおかしな世界でも普通じゃないって事は、彼らの反応を見ればわかる。


 私も引いてる。けど、引くだけですんでいるのはそれ以上にこの世界がおかしいからだ。おかしいのはきっと世界じゃなくてこの土地だけなんだろうけど。


 それにおじいちゃんは人間じゃなくて魔人だから、人くらい食べるって言われてもそうなんだと思えるというか、納得はできる。嫌だけどね。


 なんだか、感覚が麻痺しているかもしれない。


「閣下を疑うわけではない。しかし、まさかそれだけの理由であのヘリオンが貴方のような方を、縛りもなしに置くとは考えにくい」


 話は進むが、私は別のことを考えていた。騎士団が追っているのは本当に魔女だけなんだろうか、と。


 自国の騎士団を置けなかった土地。その土地の崩壊と、連邦の介入。連邦はヘリオンの悪事についてとても詳しい‥‥。


 やっぱり連邦はこの問題に介入する前からヘリオンを調べていたように思える。


 儀式のことや治癒の魔石のことを、私たちが城に召喚される以前から調べていたとしたら。ヘリオンの事はもうすでにこの国だけの問題じゃないとしたら。

 連邦騎士がここにいるのがその証拠じゃないか。


 私が考えを巡らせる目の前では、魔人と団長が緊張の糸を張ったような会話を続けている。最も、魔人はいつも通りの態度なのだけど。


「じゃから”掃除”じゃ。それのみじゃ。あとはそう‥‥ローベルトはわしに居るだけでよいのだと言うておったな」

「それは、生きた者をか」

「生きた者と会ったのはこやつがはじめてじゃ。わしが掃除する頃にはどの肉も人の形を保っておらんかった。可哀そうにな」

「そうか。それを聞いてひとまず安心した。‥‥閣下は彼女が召喚されるのを見ていたか。もしくは、召喚の魔法陣をご存じか」

「召喚時に立ち会ったことはないのぅ。魔法陣ならば城に残っていたはず‥‥ああ、壊されたのか、誰ぞに。しかし生憎と細かなことは覚えておらんのだ。わしの記憶に頼るのは諦めよ」

「ヘリオンではいつ頃から人の召喚を?」

「さぁ、知らん。わしはあそこに100年もおらんかったからな。しかし、わしが居付いた時にはもうしとった。その頃はまだ、領地の向こうから馬車が来ておって、そっちの人数の方が多かったと思ったが。いつの間にやら一度に数百の人間を呼べるようになっとった。人間は成長が早いものだのぅ」


 2人の話をBGMに、私は考え続ける。


 彼らはヘリオンの悪事を暴くため、前々から準備していたんじゃないだろうか。だとしたら。


 連邦がもっと早く動いてくれていたら、私は召喚されずに済んだかもしれない。みんなも死なずに済んで、私は人殺しなんて罪を負わずに済んだかもしれない。


 今さら考えても意味のないことだけど、考えずにはいられなかった。


 世界がどうだったらこんな思いをせず済んだのか。こんなことにならなかったのか。

 私はこの状況の責任を、誰かに負わせたいのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ