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7話-1 お城の地下の怪しい会場

 目の前には大きな鉄の扉がある。


「ここ‥‥なんだよね?」

「そうだってば。大丈夫、中は誰もいないよ」


 と言われても、はいそうですかと簡単に開けられる雰囲気じゃない。私は扉を見てごくりと喉を鳴らした。


 位置的にここはおそらくお城の真ん中。その地下だ。

 あれから私たちは地下へ入り、窓も明かりもない石の壁に囲まれただけの通路をリュカが取り出した小さなろうそくでなんとか照らしてここまでやってきた。


 地下だけあって空気は冷たいし、なんだか生臭い。人を殺す部屋なんだから当たり前なのかもしれないけど、それを閉ざす黒い鉄の塊みたいな扉は仰々しくて、その先にある光景の想像を掻き立てられる。


 室温のせいか雰囲気のせいか、はたまた両方のせいか、私は大きく身震いをしてから拳を握りしめた。


「よし、開けよう。リュカ、手伝って?」

「うん。ワールドエンドが鍵はないって言うから、押せば、たぶん開くと思う」

「押すのね。じゃあ、せーので一緒に押してくれる?」

「うん、わかった」

「せーのっ、うん、しょ! ふぎぎ‥‥!」


 扉は相当重たくて、私は変な声をあげて踏ん張った。リュカは特に力持ちということもなくて簡単には開かない。二人で全力で押しやってなんとか体を滑り込ませられるくらいの幅をこじ開けた。


 重たい扉は傾きがないのか自動で閉まる感じでもないので、手を放しても大丈夫そうだ。とはいえホラーのお約束的に進むと扉がばたんと閉まって開かなくなる展開はこわいので、なにか物を挟んでおくことにする。

 挟むものを探しつつ部屋の中の様子をうかがうと、中は通路と同じように真っ暗だった。暗いのは同じだけど、通路よりずっと臭いも強く、もっと不気味な感じがする。


 部屋は広くて入り口付近に立っているだけでは全貌がわからなかった。


「真っ暗だね」

「うん」

「天井も、暗くて何にも見えない」


 天井はどこまでも高くて、暗くて、よく見えない。


 リュカがろうそくを差し出すと、近くに椅子が見えたのでそれを扉に挟んでおくことにした。きれいな彫刻がされていてつやつやの高そうで重たい椅子だ。それを扉に挟み、これで帰りの準備はばっちりだった。


 じゃあ、先に進もう‥‥こわいけど。


 あらためて部屋の中をみる。真っ暗だ。

 扉の前にはゆるやかな下り階段が部屋の先へ向かって続いていた。とりあえずその階段を進んでみる。


 段一つごとに左右に道が分かれていて、左右には椅子が並んでいた。まるで野球場の観客席のように、階段の先をみんなで見るためのような置かれ方だ。

 野球をみて楽しむように、人を殺すのを見て楽しんでいるみたいな‥‥そんな想像をしてしまう。なんともいやな感じがする。


 階段を下りきると石の床。円形の広間のようだ。広間の真ん中には石でできた人が一人寝ころべそうな黒い石の台がある。

 この台に人を乗せて殺すのを、周りの椅子に座った人たちがじっと見るのだろうか。そんな光景を想像し、ぞっとする。そっと台から離れた。


 広間から天井を見上げると、暗闇の向こうから何本もの太い鎖が垂れているのが見えた。鎖の先には汚くて錆びている巨大なフックがついている。

 何を吊るすんだろう‥‥と考えて、大きな魚とか食肉用の家畜を思い浮かべた。なにかの授業でみた資料にそういう写真が載っていた気がする。肉だけになった家畜をああいうフックにかけて吊るしておくんだ。


 儀式には人間が使われているのを思い出すと、気分が塞いだ。


「うぇ‥‥。わかっていたけど、嫌なところ」

「チトセ、大丈夫?」

「うん。なんとか。でもさここ、すごく臭くない? この臭いもあって、ほんと‥‥」


 なぜ私がフックを見て食肉を連想したかと言うと、この臭いのせいもあった。スーパーの鮮魚コーナー付近と似ているようで違う生臭さに、汲み取り式トイレのような鼻をつく悪臭が足されたような、どぶの臭いというのだろうか。

 思いつく限りの悪臭を思い浮かべてみたけど、わからない。どれにも一致しないが、どれもこれもを混ぜたような、それでいてその上を行く感じの臭さ。


 ‥‥一体何の臭いなんだろう。


 臭いはすれど、見る限り広間も階段もどこにも汚れは見当たらない。きれいに片付いた場所なのに、どこかからか明らかな汚臭って感じの臭いが漂ってきているのだった。

 それとも、この部屋自体にそういう臭いが染みついているんだろうか? それもあるとは思うけど、臭いの現況が見当たらないっていうのは不気味だ。

 地下だし、下水でもあるのだろうか。


 というか下水がどんな臭いなのか知らないや。


 臭いの出どころを探りながら、高くて暗くて見えない天井をもう一度見上げていると、リュカが先を示した。


「反対側にも大きな扉があるけど、そっちは違うって。あっちにある、小さな扉がみんながつかまってるところみたい」

「うん‥‥」

「どうしたの? やっぱり気分悪い?」


 どうやら人形のリュカには臭いはわからないようで、陶器の顔は歪み一つなくきょとんとしている。


「うん‥‥。けど大丈夫だよ」

「もし辛いなら、戻る?」


 こんな場所だからなおさら、私を心配してくれるリュカの優しさに癒される。私は首を振って示された扉のほうへ体を向けた。


「ううん。まだ生きてる人がいるなら‥‥ミズキママを助けなきゃね。行こう」


 私は意を決して扉の方へ歩き出した。


 しかし、ろうそくの灯が付いてこない。振り返ると、広間の台のところでリュカが止まっていた。


「どうしたの?」

「‥‥ねぇ、チトセ。もしかしたらね、あの扉の先、ここよりももっと嫌なところかも」


 せっかく人が怖い中進む決心をしたところなのに、そういう決心が揺らぐようなことをいわないでほしい。


「そりゃ、こんな場所だし。もうすでに嫌な気分だけどさ。‥‥本当にどうしたの?」


 リュカはうつむいていて、なんだか様子がおかしい。声もちょっと、震えているみたいに思える。


「行かないほうがいいと思う。いやぁな感じがするもの」

「‥‥こわいこと言わないでよ。もうここだけで十分怖いんだからさ。‥‥ワールドエンドさんが何か言ったの?」


 さっきまでと異なり、明らかに怯えた様子のリュカが気になる。本当にどうしてしまったのか。


「ううん。ワールドエンドはその先だとしか言わなかったよ。けどもう声が聞こえなくなっちゃったから、これは僕が感じてること。なんだか、よくない気がするの」


 ろうそくの揺らめく明かりに照らされているリュカは、光の加減かなんだかさきほどよりやつれて見えた。それが一層不気味で、私の恐怖心をあおってくる。


 私は勇気を振り絞ってリュカに近づいた。


「‥‥けど、ミズキママがいるかもしれない。お嬢様はミズキママを助けてって言ったんでしょう? なら、行かなきゃ‥‥」

「ミズキママはチトセだよ。だから、チトセがあの先に行く必要はないんだよ。行って、もし生きてる人がいても‥‥多分僕らには助けられないから」

「な、なんでそんなこといきなり‥‥」


 さっきまでは行こうって言ってくれてたのになんで? どうして今更そんなこと言うの?


 私はリュカの手をとった。不安で、触れたいと思ったから。手を取って、引っ張って、あの扉の向こうへ行こうと思ったから。


 その時、違和感を感じた。


「あれ、リュカ‥‥」


 リュカの手が思った以上に柔らかかった。

 思わず握ったその手を見つめる。皮膚の皺、指関節の骨っぽさ。男の子らしい、私の手とは違う筋っぽさ。


 その手は今朝までの固い陶器の肌ではなくなっていた。すこしかさついた、まるで人間のような手。


「リュカ?」


 顔を上げると、そこには人間の男の子がいた。陶器じゃない肌に、ガラスじゃない目。ちゃんと生身の、男の子。


「さっき、やっと夢から出てこれたんだけど、そしたらここの嫌な感じがすごくわかっちゃって‥‥。どうしよう。僕、すごく怖い」


 そう言って、リュカはぎこちない笑みをつくる。頬がひきつってぴくぴくとしている。


「リュカ‥‥」


 人間になったリュカは私より少し背が高かった。だけどとても瘦せていて、頬はこけてて目の下には黒々したくまがあって、すごく不健康そうにみえた。

 そんな彼がこんな場所でひどく不安そうな暗い顔をしているから、余計に怖く感じる。


「‥‥チトセ、逃げようよ。夢から出てきたから、ワールドエンドの声ももう聞けない。今ならまだ誰も僕らに気が付いてないよ。‥‥多分。今なら逃げられる気が‥‥する。だから」


 震えた声。握り返される手の冷たさ。

 リュカに影響されて、恐怖が、押し込めていた恐怖が私の中でもやもやと煙るように立ち昇ってくる。


「そんな‥‥逃げてどうするのよ。夢、全然覚める気配ないし、きっと、みんなを助けるまで私夢から覚めないんでしょう? そうなんだよね? だから行かなきゃ。夢から覚めなきゃ‥‥」


 私は私に言い聞かせるように、そうあってほしいと願うように、呪文のようなそれを口にした。すると私の手を握るリュカが私を引き寄せてじっと目を見ていった。


「夢じゃない。これは夢じゃないよ、チトセ」


 真剣な表情だった。


「‥‥嘘だよ」


 そう口から洩れたけど、もう私は自分の言葉を信じられなくなっていた。


 そうだ。いつからか気が付いていた。けど怖いから気が付かないようにしていた。夢だ夢だと思っていたかったここが、なんだか現実のような気がしてならないことに、いつからか気づいてしまっていたから。


 ここで感じた恐怖も、恥ずかしさも、臭いだってすべてがリアルだった。階段を上がって切れた息も、走った疲れも、足先から力が抜ける感覚も、ぬいぐるみの感触も陶器の触り心地も、分厚いカーペットを靴越しに踏んで歩いた感触だって、現実みたいだった。


 私の知らないことが山ほど出てきた。見たことないはずのファンタジーな世界に、想像したこともない魔法や魔術。呪術なんて普段聞かない言葉も出てきた。


 ‥‥私のみている夢じゃないことくらい、わかるよ。けど。


 だからこそ、夢だと思いたくて。だってそんなのが現実なんて、ありえない。ありえたら、どうしたらいいっていうの? 嫌だよ。こわいもん。だからゴールを見つけて、はやく目を覚ますの。


 覚めてくれないと困るのに。こんな怖いことが現実におこるわけがない。起こってほしくない。だから夢だと思い込もうとしてたのに。


 夢なら、私はみんなを助ければ夢から覚めるはずだよね。もしできなくても、いつか覚めるはずだから。


 ‥‥そうであってほしいから。


 なのに、リュカがこんな顔をするから、私は‥‥。


 認めなければならないの‥‥?

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