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1-1話 帰路

 修学旅行は海外だった。

 どうせ飛行機に乗る距離なら、京都とか、東京とか、北海道とか沖縄でもよかったのに。去年から世間で修学旅行先に海外を選ぶのがトレンドになったようで、うちの高校もそれに倣った結果だ。


 正直東京に行きたかったが、スマホの翻訳片手に見て回ったこの国も終わってみれば案外悪くはなかった気もする。それなりに楽しかった。


 きっと私はこういう学校の行事でもなければ、一生海外なんて行かないだろうから、いい経験ができたんじゃないかなとそう感じてもいる。嘘じゃない。


 けど、それでも正直本音を言えば、東京に行きたかったなぁという気持ちが胸にくすぶっている。

 特別思い入れがあるとか、見たい場所があるとか、行きたい場所があるとか、欲しいものがあるってわけじゃない。

 ただ漠然とした憧れと言うか、人生で一度は行ってみたい場所と言うか、どうせ連れていかれるなら行ってみたかっただけっていうか。


 自分で行けば良いだけの話だが、自ら動くには動機が足りない。

 どうしようもない心残りを残したまま、本日帰国である。


「ねぇ、言おうか」

「多分いけるよ」

「なぁー! 誰か充電器貸してー?」

「窓側の席がよかった」

「交換する?」

「みんな静かにー。一般のお客さんもいるんですよー」


 ざわめく同級生たちの中、引率の先生の声が離陸前の飛行機の中で一番響いている気がしてふと顔を上げた。

 先生の言う通り、飛行機は貸し切りではないので一般の旅行客やビジネス風の人たちもいる。けれど大半は同級生だ。


 機内を見渡していると、数人の女子生徒が何か言いたげに私を見ているのに気が付いた。

 先頭の子と目を合わせるとこれ幸いと声を掛けられる。


「ねぇ、加藤さん。今、良い?」

「うん。どうしたの?」


 少しわざとらしいくらいの甘えるような可愛いトーンで話しかけてきた彼女の名前は、渡辺さん。その後ろ隣には山口さん。一番後ろに控えているのは、三谷さん。


 三人ともあまり話したことはないが同じクラスの子だ。いつも三人で一緒にいるのを見かけている。


「よかったら、三谷さんと席を交換してもらえないかな? 窓際だよ」


 渡辺さんはそう言って私の前の席の背もたれに腕をかけた。渡辺さんの脇を通って私の真横に立った山口さん。二人の後ろでなりゆきを見守る三谷さん。


 三人はどこかよそよそしい微妙な笑顔を張り付けて私をじっと見つめる。

 その様子にどことなく圧迫感と緊張感の混ざったような気持になるが、要は仲良し同士で並んで座りたいのだろう。


「もちろん。三谷さんの席って、どこ?」


 笑顔で答える。すると三人は安心したように顔を見合わせアイコンタクトをとった。くるぞくるぞと覚悟を決める。


「ありがとう~! 27Aだよ」

「加藤さんって本当優しいよね」

「大人っぽいし」


 予想した通り、席を変わっただけなのにわかりやすいおべっかを口々にされ、居心地が悪くて仕方がない。


「はは、そんなことないよ。じゃあ‥‥」


 どうにもこういうコミュニケーションは得意じゃない。さっさと席を移動したくて立ち上がるが、渡辺さんは私の前から動こうとしなかった。

 絶妙な沈黙が一秒、二秒。

 渡辺さんがいつも通りだがどこか意思の強い視線を向けてくる。避けるつもりはないらしい。

 誰も座っていない二つの座席の前を通って行けと言うことなのだろう。私は三人に背を向けて三谷さんの席へ移動した。


「ね」


 背後で再度アイコンタクトを取ったのだろう三人の視線が私に集中するのを、聞こえてきた小さな頷き一つで想像する。


 彼女たちの態度には少しもやりとしたが、言われた席はちょうど真横の並びだったから、このルートの方が近道だったなと納得する。と同時にさっさとこっちの道を選択しておけばよかったと後悔した。


 すでに座っていた一般客のお姉さんに一言ことわりを入れて前を通してもらう。


 着席すると、ようやく人心地ついた。嫌な気持ちにもなったけど、真ん中の左右を同級生で囲まれた席から一転、窓際の心地の良い席にかわれて、少しラッキーだったなと思いなおした。


 仲良したちの邪魔をして今後の学校生活に支障をきたすくらいなら、知らない人の隣に座るほうがよっぽどいい。

 それに、同じクラス、同級生と言ってもほとんど話をしたこともない子が左右にいるのは、それもそれで落ち着かないし。渡辺さんに声を掛けられなかったら、私を挟んで二人が話し始めただろうし。


 うん、渡辺さんがああいうタイプでよかった。


 というか、先生も気を遣って好きな子同士で隣り合うように席を決めればいいのにね。飛行機だけ同じで、席は航空会社のランダムなんて今時つまんないことするよね。

 とはいえ、私にはああやって隣り合いたい友達なんかいないから、知らない人の隣に座るという意味では、どの席も同じなのだけど。


 ちらりと先ほど交換した真ん中の席を見る。仲良し三人組はもうすでにおしゃべりに夢中になっていて、楽しそうにけらけらと笑いあっていた。

 そちらを見ると誰かと目が合いそうで、私は窓の方を見た。


 この席の前後の席も一般客ではなく同級生が座っているらしい。どこからも楽し気なざわめきが聞こえてくる。

 そりゃ、高校の一番のイベント修学旅行ですから、楽しいよね。普通はね。


 隣のお姉さんは手慣れた様子で座席正面のテレビをつけてイヤホンを取り出していた。私もこんな風に一人で旅行に行くような、そんなかっこいい大人になりたいなと思う。


 なんとなく手にしたスマホの画面には、特に興味を惹かれるアイコンも通知もない。

 最後のメッセージは飛行機に乗り込む前にお母さんに送った「今から飛行機に乗るよ」に「気を付けてね」のスタンプが返ってきただけ。


 なぜかため息が出た。


 飛行機が飛ぶまではまだ時間がある。なんだか眠くなってきたし、ちょっと寝ようかな。

 今日はもう、空港から家までまっすぐ帰るだけだし。明日は振替で休みだから、荷解きは明日でいいかな。


 そんなことを考えながら、うとうととする瞼を閉じると、意識はすぐに夢の中へ落ちていった。


読んでくださりありがとうございます。

小説を投稿するのははじめてなのでこれでいいのかわからないのですが、

書き溜めた分は平日に連続投稿?というのをしていくつもりですので、

お時間ある時にまた読んでいただけますと嬉しいです。


今日は初投稿なのでもう一話投稿していますので、続けて読んでいただけますと嬉しいです。

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