『時計塔の魔術師と、五百年の手紙』
かつて、空の裂け目から時がこぼれ落ちた。
それを閉じたのは、たったひとりの魔術師。
彼は“時間を巻き取る魔法”で裂け目を封じ、そのまま、世界の時を見守る存在になったんだ。
それから五百年。彼は誰とも話さず、ただひたすらに――
一通の手紙を、何度も書いては燃やしていた。
彼が愛した少女は、人間だった。もう何百年も前に死んでいる。
でも彼はまだ、その少女に伝えられなかった言葉を探していた。
「君に出会えて、幸せだった」
――それだけが、どうしても、書けなかった。
彼の部屋には灰しか残っていない。
書いては燃やし、また書いて、燃やす。
ある日、突然彼の塔に訪問者が来る。
「この手紙を、受け取ってほしい」と言って差し出されたそれは、
五百年前に少女が残した“未来の彼”への手紙だった。
中には、こう書いてあった。
「あなたは私を忘れてしまっても、私はあなたを忘れません。
どうか、あなたが“時”の中で、独りぼっちになりませんように。」
彼は、それを燃やさなかった。
初めて、“伝えるべき言葉”が胸に浮かんだ。
「ありがとう」
ただそれだけが、涙と一緒に漏れた。
そして次の朝、塔は静かに崩れていた。
まるでその役目が、ようやく終わったかのように。