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『灰の国の魔法使い』
昔々、世界の端っこに灰の国と呼ばれる場所があった。
そこではすべてが褪せていた。花は咲かず、空は曇り、誰も笑わない。
けれど、その中心にひとりだけ、色を持つ者がいた。魔法使いだった。
彼は色を作れた。火の赤、海の青、命の緑。彼が振るう魔法は、世界に一瞬だけ“美しさ”を思い出させた。
でもね、彼の魔法には代償があった。
「誰かの記憶を燃料に、世界に色を灯す」
だから彼は自分の記憶を一つずつ使った。家族の顔。名前。笑い声。
次に、友の声。恋した少女の瞳。初めて見た空の色。
魔法は見事だったよ。花は咲き、空は澄み、人々は「ありがとう」と笑った。
でも魔法使いはもう、誰のために魔法を使っていたのか思い出せなかった。
最後に彼が使った魔法は、「この国に春を」という願い。
その代わりに、彼は自分の名前を失った。もう誰にも呼ばれない、ただの影になった。
そして今でも、灰の国には春がある。
けれどその中央で、誰にも知られずに、一人の影が花びらの下に佇んでいる。