表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

めざめ


なりませぬぞ王様・・・!






”―――――目覚めよ”









夢とも現実ともわからない闇のまどろみ中で、青年は誰かの声を聞いた。その声は、まるでこだまのように、何度も何度も闇の中で響き渡る。やがてそのこだまは、輪郭を徐々に失いながら、小さく、か細く、消えていった。そして、青年は、夢と現実の境目を破り、ゆっくりと目を見開いた……。


青年が目を開けると、眼の前には満点の星空が広がっていた。赤色、黄色、青色、みどり色。きらめく星星の粒と、それをとりまく星雲の美しさ。夜空に光る星の煌めきは、まるで手を伸ばせばそこにあるかのよう。空をまっぷたつに横切る天の川の白い輝きは、月の光にも負けないほどまぶしかった。


(イラスト 021 01)


【青年】「……ここは、一体どこなんだ……?」


青年はそうつぶやき、手をついて体を起こした。その途端、彼のからだを鋭い痛みが走る。どうやら、彼はかたい石の上に寝ていたらしい。それも、おそらく相当長い時間だろう……筋肉はつめたく、かたくなり、相当にこわばっていた。


彼が頭を振りつつ体を起こすと、自分のすぐ背後に、衣擦れの音を聞いた。


【青年】「誰だ!」


青年は鋭く叫び、振り返った。


するとそこに、一人の青年がいた。彼はオールバックにまとめた黒い髪に、突き出た鼻梁と鋭い眼光を持つ、いかつい顔をした青年だった。彼は仰向けに寝たまま、目だけを動かして、青年をみつめていた……。


青年は、そばにいたのは彼だけではないことに気づいた。見ると、そこにはほかに二人の男女がいたのだ。彼らもまた眠りから覚めたばかりらしく、まどろみにぼんやりとしており、小さな方の女の子は、大きく口を開けてあくびをしていた。


【青年】「なあ、君たち……」


青年が口を開くと、みなは彼を見つめた。


(イラスト 021 02)


【青年   】「君たちは、自分が誰なのか分かるか?俺は、自分が誰なのか、ここがどこなのか、わからない……」


【黒髪の青年】「……俺も同じだな。ついさっき、夢の中で誰かに起きろって言われた……。それで目を冷ましたら、お前がいた」


【金髪の青年】「僕も同じだ。夢の中で、誰か女の人に、目覚めよって言われた……」


金髪の青年が答えた。彼はサラサラした長髪に、エルフの尖った耳を持っている。彼の声音は優しく、どこか女性的な響きがあった。


【茶髪の少女】「私も、自分が誰なのかわかんない」


あくびをしていた小さな方の女の子が応えた。彼女は、豊かな茶色いくせ毛に、赤い瞳を持っている。彼女は、とてもかわいく、愛らしい。彼女の顔にはひとつ特徴的なことがあった。彼女の頭の側面から、羊のような白い巻き角が突き出ているのだ。


青年たちは、よろよろと立ち上がった。


彼らの立っている場所は、どうあら小さな島の上に建てられた古代の遺跡の上だった。いや、島というよりは、むしろ岩礁と呼ぶべきだろうか。島全体の大きさはおよそ直径80フィートほどで、周囲を古びた石柱が囲むように円を描いて立ち並んでいる。それらの柱は、無数の風雨にさらされた結果、所々崩れ落ちていた。


遺跡の外には、暗い海が広がっていた。


満点の星空とは対象的に、海は暗い。青年は水平線になにか見えるものを探したが、陸地は見えなかった。


ここは、一体どこなのだろう。青年たちはわけもわからず、ただぼんやりと立ち尽くした。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



四人の男女は、いつの間にか暗い塔の頂上で目を覚ました。

覚醒と同時に、全員が寒さに震え、肌に刺さる冷たい空気が身を苛むのを感じる。塔の床はざらついていて、彼らはその上に散らばったまま、重たい瞼をゆっくりと開けた。


「ここは……どこだ?」

誰かが呟く。


周囲を見回しても、塔の外にはただ暗く広がる海があるだけだった。星も月もほとんど輝かず、波の音も聞こえない――不気味なほどの静けさだ。水平線のようなものも見えない。まるで世界が終わっているかのように、暗闇が果てなく広がっている。


「……あれを見て」



一人の女性が塔の縁から身を乗り出し、闇の底を指さす。そこにはかすかに、黄色い光が揺らめいていた。その光は儚く小さいが、じんわりと暖かさを漂わせ、不安に包まれた四人の心を一瞬だけ和らげた。


「あそこへ行ってみよう」

「……そうだな。それしかない」


誰もが合意した。ほかにできることはなかったのだ。


◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇


「うわ、なんか暗いよ……」

茶色の少女が言った。


塔の中には、手すりのない螺旋階段があった。

螺旋階段の真ん中はぽっかりと開いていて、闇の穴がそのまま塔の底へと続いている。もし足を滑らせでもしたら、塔の底まで、まっさかさまに落ちてしまうだろう。


「こわいよ……」

「大丈夫よ。私の手を握ってください」」

紫の髪の少女が言った。


四人は、手すりのない螺旋階段を降り始めた。塔の中は想像以上に暗く、足元がまったく見えない。四人は壁を触りながら、階段を一段一段降りていく。壁は冷たく、じっとりと湿っている。塩気を含んだ湿り気は、べっとりとした感触で指先に絡みつく。


階段は、どこまでも、どこまでも続いているようだった。


カツ、カツ、という足音が、闇の中に規則的に響く。すると時間を掛けて、カツ、カツ、という足音のこだまが返ってくる。その長い時間差は、この塔の底の深さを物語っている。


「うへぇ、まだ続くのか……?」


一人が呻くように言った。この声は、黒髪の青年だろう。その声に、誰も返事をしなかった。


青年は先頭に立ち、慎重にゆっくりと降りていく。だが、突然足元がすべり、彼は壁に手を突いてどうにか踏みとどまったが、その拍子に、彼はつま先で小石を蹴った。小石は「カツン」と音を立て、闇の中に転がり落ちた。


小石ははるかな時間を掛けて、「カツン」となにかにぶつかり、音を立てる。そうして跳ね返った小石は、また長い時間を掛けて、何かにぶつかる。そうして何度も何度も跳ね返りながら、長い時間を掛けて小石は落下していく。そして二十秒もたっただろうか、最後に「カツン」大きないう音を立てて、小石は止まる。


全員が思わず立ち止まった。


「まじか、どんだけ深いんだよ、この階段は」


また、黒髪の青年の声が響いた


彼らはしばらく立ち止まっていた。が、ここに留まっても、埒が明かない。かれらはそのうちにまた、そろりそろりと階段を降り始めた。


青年は上を見上げた。


遥か遠く、まるで針の穴のように小さく、夜空が覗いている。あれほど明るかった星空も、今はほんのわずかな光で彼らを照らすだけだ。彼らが階段を降りたび、その明かりは小さくなり、周囲はますます暗くなっていく。


それから、どれほどの時間がたったのだろう。青年は、足に疲労を感じてきた。彼は脚を上げ下げして痛みを和らげると、また前に進もうとした。そうして一歩踏み出そうとした時、彼は思わずけつまずき、よろめいてしまった。


「うわっと!」


青年は前につんのめった。次の瞬間、恐怖が彼を支配した。まずい方向に足を踏み出せば、そのまま落下してしまう。そう思い、青年はあわてて壁をまさぐる。

しかし青年は気付いた。彼がつまずいたのは、もうそこに降りる階段がなかったからだ。気づけばそこはもう、塔の最下層だった。


塔の底は真っ暗だった。青年は上を見上げたが、光はまるで見えない。彼は壁を触りながら、塔をぐるりと一周した。そしてついに、扉を見つけると、青年は扉を押し開けた。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇


そこには、まばゆい光があった。


彼らは外へと足を踏み出した。塔の外には、さっき見たのと同じ、満点の星空が広がっている。そして、眼の前には光がある。その光は、天使だった。


天使は、その光の輪で周囲を照らしていた。

天使の翼は、鳶色に大きく広がっている。その羽がわずかに動くたび、空気が静かに震えた。天使は優しく微笑み、穏やかな声で語りかける。


「あなたたちは選ばれた人間です」。これから北へ向かいなさい」


その声は、不思議な力を持っていた。四人の心の中に、暖かいものが染み渡っていく。まるで、その声に逆らうことなどできないような――そんな感覚に包まれる。


誰も言葉を発することなく、四人は自然と歩き出した。塔の恐怖はいつの間にか霧散し、目の前にある新たな旅が、彼らの心を支配し始めていた。


やがて彼らは、待機していた船へと乗り込んだ。北の果てへ――未知の場所へと向かう航海が、静かに幕を開けたのだった。







◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇




「みな起きたか」


彼らの背後で、声が聞こえた。振り返ると、そこには天使がいた。


天使は、鳶色の羽を広げて立っていた。彼女の髪もまた鳶色で、長く伸びた前髪に片方の眼は隠れている。彼女は、赤銅色の金属でできた、十字架の杖を握っている。


【鳶色の天使】「君たちは、ここがどこだか不思議がっていることだろう。ここは誰も知る者はいない、使徒の島。神に選ばれた使徒が、この島に生まれ落ちるのだ」


呆然と立ち尽くす青年たちを前に、天使は語り続ける。


【鳶色の天使】「君たちは、神の代理として選ばれた五人の使徒だ。君たちは過去、この世界において偉業を成し遂げ、世界を救った。今一度、その力を神に託せ」


天使は続けた。


【鳶色の天使】「今から40日の後、ここから東にあるロードランという国において、アマンダという王女の戴冠式が執り行われる。アマンダは神に選ばれ、天使として生まれついたものである。そこである出来事が起き、アマンダは東へ巡礼の旅に出る。その目的は、さらに東の地に眠る、救い主を救うことである。君たちはアマンダを助け、共に東の地へ向かへ」


天使は続けた。


【鳶色の天使】「君たちは記憶をなくし、清いからだとして生まれ変わった。その身をアマンダに捧げよ。ここに君たちに名を与える」


天使は青年を指さして、言った。


【鳶色の天使】「君の名はロキである」


続けて、天使は黒髪の青年を指さして、言った。


【鳶色の天使】「君の名はバッツである」


続けて、天使は金髪の青年を指さして、言った。


【鳶色の天使】「君の名はカインである」


続けて、天使は茶髪の少女を指さして、言った。


【鳶色の天使】「君の名はアルである」


最後に天使はこう言った。


【鳶色の天使】「我が名はメーベルである。ではみな、参ろうか」


天使は海辺を指さした。岩棚の間の小さな浜辺に、一艘の舟が浮かんでいた。


天使は船に向かって歩き出すと、そのまま海面を滑るように歩き、船べりに足をかけ乗り込んだ。ロキたちも彼女の後を追って、海の中に入り、腰まで水に浸かりながら、船に乗り込んだ。


大きな横帆が風を受け膨らんだ。船はゆっくりと岸を離れ、沖へ進みだした。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇


ロキたちが濡れた服を絞っていると、いつの間にか船尾にある船室に明かりがついていた。小さな窓から、淡い光が漏れ出している。


ロキは船室に近づき、窓から中を覗いてみたが、誰もいない。彼はドアノブに手を伸ばし、扉を開いた。


明るい船室の中には、食事が用意してあった。


部屋の真ん中にはテーブルがあり、その上に5人分のパンとスープが並べられている。透明な茶色のスープからは、温かい湯気が立っている。テーブルの真ん中に立てられた大きなキャンドルが、明るく部屋を照らしている。


青年はあらためて部屋を見回したが、そこにはだれも見当たらなかった。


【アル  】「これ、食べていいんだよね」

【メーベル】「もちろんよ。でもその前に、祈りを捧げましょう」


青年がテーブルの中央に置かれた手紙を指さすと、みなはじめてそれに気付いた。青年はそれを手に取ると、折りたたまれたそれを開き、声に出して読みはじめた。


こうして、彼らはテーブルについた。ロキはパンに手を伸ばしたが、ふとその手を止めた。アルとメーベルの二人が、祈りを捧げているのだ。


(イラスト 021 03)


【ロキ】「へえ、祈るんだ」

【メーベル】「当然でしょ。神様が用意してくれた食事だもの」

【バッツ】「ほーん。お前ら敬虔だねえ」


バッツがそう言うと、パンをひょいと取り上げ、これみよがしにがぶりとかじる。そして、「うんめー」などと口にした。そんなバッツを、メーベルは片目を開いて睨む。

カインはというと、女子ふたりの祈る姿を見て、自分も祈ろうと手に持っていたパンを置き、手を組んで目を伏せた。


【バッツ】「おいおいカイン、裏切りかよ!」

【メーベル】「いいのよ。食前の祈りを捧げるなんて、当然のことなんだから」

【ロキ】「そうだな、おれもそうするか」


ロキもそう言うと、パンを置いた。パンにはもう歯型がついていたので、実際のところ不信心さではバッツとあまり変わらないのだが、そんなことはおくびにも出さずに、みなと一緒に両手を合わせて祈った。それを見て、バッツは口をモゴモゴと動かしながら、すねて言った。


【バッツ】「ロキもかよ。あほらし!俺は神なんて信じてねえからな」

【メーベル】「神様がいないっていうなら、そもそもなんでわたしたちはこの船に乗ってるの?この食事は一体誰が用意したの?」

【バッツ】「別に神様がいねえとは言ってねえだろ。おれはそいつを信じてねえってだけだ」

【メーベル】「何が違うのよ」

【バッツ】「俺は神はいるとは思ってるが、そいつはアホだと思ってる」

【メーベル】「はあ?不敬よ!」


急にメーベルの声のトーンが変わったので、みな細目を開けて彼女を見た。彼女は眉間にシワを寄せ、バッツに向かって身を乗り出していた。


【バッツ】「不敬で結構コケコッコー!神様なんてなんもしてくれねーもーん。神様に祈るぅとか、ばっかじゃねぇの!死んじまえってーの!ぎゃはははは!」


メーベルは椅子に体を沈めると、机の下からバッツを蹴り飛ばした。


【バッツ】「いっってぇえええ!」


バッツが叫んでスネを抑えている間に、メーベルはバッツの皿に手を伸ばした。そして皿ごと料理を取り上げて、こういった。


【メーベル】「不信心者は食べんでよろしい」

【バッツ】「なんで前がそんなことお勝手に決めるんだよぉおお」


バッツはそう言って皿を掴み返すと、二人の間で料理のつかみ合いになった


【ロキ】「ははは。なんだか、にぎやかになりそうだな」


ロキはそう言って笑った。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



そうして食事を終え、彼らは吹きさらしの甲板に戻った。

外は暗く、星は明るかった。

。彼らは、起きたときと同じように、剥き出しの甲板に身を横たえた。


【メーベル】「夜なのに、なんだか風がとても温かいわね」

【ロキ】「そうだな。ここはきっと、かなり南の海なんだろうな……」


そう言いながら、彼らは空を見上げた。空には、あいかわらず満点の星空が輝いている。あの何十万もの星星には、きっとそれぞれに名前があり、たくさんの星座をかたち作っているのだろう。もし自分に記憶があるのなら、きっとたくさんの星や星座の名前を言えるに違いない、ロキはそんなことを考えた。


やがて睡魔が襲い、みなは眠りへと落ちていった。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



朝になり、ロキは目を覚ました。冷たい湿気が甲板を覆い、海には濃い霧が立ちこめている。その霧はあまりにも濃く、すぐそばにあるマストですら、白く霞んで見えないほどだった。ロキが体を起こすと、あいかわらず体は重い。見ると、そばにメーベルが起きていた。彼女は、何やら船尾の方向を、じっと睨みつけていた。


【ロキ】「メーベル、どうした?」


ロキはメーベルの視線を追いかけたが、濃い霧に阻まれてよくは見えない。しかし、しばらく待っていると、突然何かが水面を叩く音が聞こえてきた。それは、なにか細い液体が勢いよく水に流れ込むような音だ。それは明らかに、誰かがいま、船尾で小便をしているのだ。


ロキはそれがバッツだろうと思った。周りを見渡すと、そばでカインが眠っていたので、やはり音の主はバッツなのだろう。小便の音は長く続き、それがようやく止むと、メーベルは深くため息をついた。ロキはおもわず笑いながら言う。


【ロキ】「別に、小便ぐらいしょうがなくないか?」


しかし、ロキにそう言われて、メーベルは顔をしかめた。


【メーベル】「それ、わたしがいま顔を洗おうとしていたところだって知っても言える?」


彼女はそう言うと、あらためて船べりに身をかがめて、水を掬おうとした。


だが、次瞬間、小便よりもさらに不快な音が船尾から響き渡った。その水面を叩くいやな音に、メーベルは顔を引きつらせる。


【メーベル】「ちょっと……まさか……」


彼女は言う。彼女の声が聞こえたのか、船尾からバッツの大声が響き渡ってきた。


【バッツ】「フハハハハハハハハハハ!


肛門よりも臭きもの!血便よりも熱きもの!


大腸の中に埋もれし偉大なるうんちの名において、我ここに腹に誓わん。


我等が肛門に立ち塞がりしすべての愚かなるクソに、我とうんちが力もて、等しく脱糞を与えんことを!


下痢便スレイブ!!!


(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!!)」


(イラスト 021 04)


【メーベル】「ちょっとおおおおおおおおおお!!!!!やめてよおおおおおおお!!!!!」


メーベルは涙声で叫んだ。やがて下痢便の強烈な匂いが濃い霧に乗って漂ってくる。ロキはそれを嗅ぎ、おもわず嗚咽をもらした。


バッツがズボンを上げながら船尾から戻ってくると、メーベルは立ち上がり、彼に詰め寄った。


【メーベル】「あんた!最っ低の最っ低の最っ低よ!」

【バッツ】「はあ?別にうんこぐらいだれでもすっだろ。逆に訊くけど、お前はこれから四十日の船旅でうんこしないつもりか?」

【メーベル】「別にうんちぐらいするけど、あんなこれみよがしに匂いかがせないでよ!っていうかあなたさ、ちゃんとおしり、拭いたの?」

【バッツ】「べつに拭きましたけど?」

【メーベル】「いつ?どうやって?」

【バッツ】「べつに普通に濡らした手でこすりおとしたけど?」

【メーベル】「汚な!絶っ対に、その手で私に触らないでね」

【バッツ】「別に汚くもなんともねえよ。うんこなんか水で洗えば簡単にきれいサッパリ落ちるぜ。ぺろぺろぺろぺろ」


バッツはそう言って手のひらを舐めだした。メーベルは絶叫した。


【メーベル】「っきゃあああああ汚いっ!!!!うぉええええええええええ!!!!!」

【アル  】「ねえ、うるさいよ」


アルがまぶたをこすりながら、不機嫌な声を出して起き上がった。メーベルはそれを聞いて、あわてて猫なで声でなだめた。


【メーベル】「あら、アルちゃん起こしちゃった?ごめんなさいね」

【アル  】「もおお」


アルは、まるで寝起きの子どものように不機嫌に、顰め面で目をこすっていた。いつの間にか起きていたカインが、言った。


【カイン 】「なんかいい匂いがするね。朝にしようか」


彼に言われて、ロキも船室から香ばしい香りが漂っているのに気付いた。メーベルがバッツにがみがみ言うのを聞きながら、彼らは船室に向かった。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



船室に足を踏み入れると、彼らの目に飛び込んできたのは、テーブルの上に並べられた豪華な肉料理だった。香ばしいかおりが漂い、骨付き肉が、赤いソースの下で湯気を立てている。


【バッツ】「おお肉!肉だ!」


バッツは大声で叫びながら、椅子にガタンと勢いよく座った。


【ロキ】「ふーん、これは子羊の肉か」


ロキが骨付き肉をクルクルまわしながらそうい言うと、バッツはニヤけた視線をアルに送った。


【バッツ】「おいアル、お前がこれ食べたら共食いになっちゃうぜ」

【メーベル】「やめなさい、馬鹿なこと言うのは」


メーベルに叱責されると、バッツは肩をすくめて言った。


【バッツ】「別にいーじゃん、ちょっとふざけただけじゃん」

【 アル 】「メーベル、わたし別に気にしてないよ」

【メーベル】「んもー、アルったら優しい子なんだから……バッツ、あんた浮つきすぎじゃないの。わたしたちは、神様に選ばれた人間なのよ。もっと自覚を持って言動を……」

【ロキ】「なあ、また手紙があるみたいだ」


ロキが言うと、みな話をやめてロキに注目した。ロキは机の上の手紙を手に取り、それを開いて読みはじめた。


(イラスト 021 05)


【ロキ】「『君たちに告ぐ。

この航海のすべては神により予定されている。

消して進路を変えてはいけない。

君たちが使徒であると、誰にも告げてはならない』」


ロキが紙を折りたたむと、バッツは言った。


【バッツ】「それだけ?」

【ロキ】「ああ」

【バッツ】「ふーん、予定ねえ……なんか、昔よく聞いたいいまわしな気がするなあ……。おれはその『予定』って言葉が気に入らねえ。いまおれが頭の中で考えることすら、あらかじめ決まってるつうんだから。嘘つけっての」


バッツはそう言いながら、骨だけになった羊の肉をくるくる弄ぶと、皿に放り投げた。メーベルは彼に反論した。




【メーベル】「あなたが神を疑うことすら、全ては決まっていることよ」


バッツは顎を引き、逆にメーベルに問いかけた。


【バッツ】「なんでもかんでも決まってるっつうんなら、なんでわざわざこんな手紙出して注意喚起する必要があるんだ?」

【メーベル】「神の意図は計るべきではないし、人間に計ることもできない」


その返答に、バッツは皮肉な笑みを浮かべて答えた。


【バッツ】「けっ。いかにも神官様のいいそうなこったな。おれは、自分が自分の意志で物事を考えてるっつーことぐらい分かるんだよ。どっかの神様の奴隷さんとはちがってね」

【メーベル】「そんなにもの考えてるなら、もっと分別をわきまえた言動をなさい」

【バッツ】「ほらな?ああ言えばこう言うだろ?ま、神様が食事も船も用意してくれるってんなら、楽でいいけどね」



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



彼らが食事を終えて甲板に出ると、朝もやの霧はすっかり晴れ、青い空と広い海が無限に広がっていた。湖面のような凪の静かな海を、船はなめらかに進んでいく。各自各々が甲板に腰を下ろし、心地よい風に

吹かれながら、のんびりとくつろぎ始めた。


【ロキ】「それにしてもこの船って不思議だな。風がないのに勝手に進んでいる」

【メーベル】「そうね。きっとこの帆が特別なのよ」


メーベルが言った。船の中央に張られている帆には、青い不思議な模様が描かれている。帆は、ひとりでに膨らみ船を推し進め、時々左右に揺れて進路を調整している。これはどう見ても魔法の力だ。この帆のおかげで、操船の心配はなさそうだった。


(イラスト 021 06)


ロキは海を眺めながらぼーっとした。


船は静かに進む。そのうちにバッツは退屈しだした。彼はおおげさなため息をついて、言った。


【バッツ】「暇だな……釣りでもすっかね」


ロキが顔を上げて訊ねた。


【ロキ】「釣りって、道具はどうするんだ?」


バッツはにやりと笑うと、ポケットから一本の骨とスプーンを取り出した。それは、さっき食べた羊肉の骨だ。バッツはそれを、スプーンで削り始めた。


【メーベル】「あなた本当に釣りするの?食事は神様が用意してくれるのよ?」

【バッツ】「別に魚が嫌いなら、お前は食べなくてもいいんだぜ?」

【メーベル】「そうじゃなくて、無駄な殺生はやめるべきよ」

【バッツ】「別にいいだろ、魚ぐらい。魚の命は人命より軽い!」

【メーベル】「あんたって本当に軽薄な人間ね」


バッツはそんなメーベルの言葉は意に介さず、作業に集中する。そして、ついに釣り針が完成した。


【バッツ】「完成~!どうよアルちゃん、お友達の骨でできた釣り針は」

【メーベル】「バッツ、いい加減になさい」


メーベルが怒ったが、アルは気にせず微笑んだ。


【 アル 】「メーベル、いいよ別に。だって私、自分が羊だっていわれても、よくわかんないし」

【カイン 】「ああ、それだったら海面を覗いてみたら?僕もさっき顔洗ったときに、自分の顔がどんな風なのか見たよ」

【 アル 】「ふうん……」


アルは船べりから海面を覗き込んだ。青く透き通る海には、くしゃくしゃに巻かれたな茶色の髪と、白い巻き角が映っていた。彼女は指先でその角を触っていたが、別に思うところもないのか、すぐに海の水をすくって顔を洗い出した。メーベルも、アルに習って顔を洗おうとしたが、ふと手を止めて、疑問を口にした


【メーベル】「さっきのウンチ微粒子とか、ここまで流れてないよね……」

【ロキ】「そんなこと、気にしてもしょうがないだろ」


ロキは笑った。メーベルは諦めて顔を洗い始めた。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



メーベルが服の裾で顔を拭いていると、、突然、船のマストの方から、なにやら嫌な音が響いてきた。それは、ビリビリ、ビリビリビリ、ビリビリビリビリ……、という音だった……。

何の音かと振り向くと、バッツがマストの下にかがみ込んでなにかやっている。見ると、彼は帆のほつれた箇所を引っ張って、一本の糸をほどいていた。


【メーベル】「ちょっと!あなた、なにやってるの」

【バッツ】「え?だめか」

【メーベル】「だめにきまってるでしょ、頭おかしいんじゃないの……それは、神様が用意してくれた帆なのよ。動かなくなったらどうするのよ」

【バッツ】「でも、他に糸の材料見当たんねーし」

【ロキ】「いやいや、ほしけりゃ自分の服の糸解いて作れって……」

【バッツ】「カンバスじゃないと強度たんねーんだよ。いいじゃねーかもう切っちゃったし」


そういって、彼は糸をぷつんと帆から引きちぎると、釣り針に結わえつけた。


【バッツ】「文句ばっか言ってっと食わせてあげねーよ」


彼はそう言うと、奥歯の歯くそをほじって針につけ、海に放り込んだ


【メーベル】「汚なっ!……そもそもこんな沖合に、魚なんているのかしら」

【バッツ】「さっき俺が撒き餌まいたろ」

【メーベル】「撒き餌……?ってまさか、さっきのウンチのこと?」

【バッツ】「もちろんそーだけど?」

【メーベル】「うわ……ドン引き……じゃあその魚って、あんたのうんち食べてるってことじゃん」

【バッツ】「大丈夫ダイジョブ。栄養たっぷりの野菜みたいなもんだ」

【メーベル】「魚は野菜じゃないし。あたし、絶対にあなたの釣った魚たべないから」

【バッツ】「だからお前は食わなくていいっての……おお!きたきたきた」


魚がクンクンと糸を引く小気味いい引きに、バッツは興奮して立ち上がった。彼は腕を上下させて、糸を手繰り寄せる。魚が海面近くまで夜と、、腰をかがめてタメをつくり、海面から一気にごぼう抜きにした。


(イラスト 021 07)


魚は宙を飛び、甲板に叩きつけられ、ビチビチと跳ね回った。魚はそれなりに大きく、長い上下の顎から、一列にならんだ鋭い歯が突き出している。


【バッツ】「おおお、カマスの仲間かな?随分と凶暴な口してるぜ」


バッツはそう言いながら、魚を握ると、船べりに頭から叩きつけた。


【メーベル】「ちょっと!かわいそうじゃない」

【バッツ】「いいんだよ、無駄に苦しませるよりさっさと死なせた方が本人も楽なんだ。さて、捌くもの捌くものっと……」


バッツはそう言いながら、船室に戻っていった。しばらくして、船室からパリーンという何かが割れる音が響いてきた。戻ってきたバッツの手には、割れた皿が握られていた。


【メーベル】「ちょっとおおおおお!何やってるのよおおおおおお!それは神様がくれお皿でしょおおおお!」

【バッツ】「いいだろ別に。臨機応変ってやつだ」

【メーベル】「あんたバカなのぉぉぉぉおおおおおお!!!???」


バッツは、気にせず魚をさばき始めた。メーベルは彼を見下ろしながら、腰に手を当ててガミガミと叱りつけていた。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



それからの日々は、毎日が冒険の連続だった。


ある日のことだった。バッツがいつものように船べりからケツを突き出していると、尻に冷たい何かが触れた。バッツはびっくりして飛び上がり、一体何ごとだ振り返ると、彼の真下で巨大なサメがあんぐりと大口を開けていたのだ。


サメは船を飲み込むほど巨大だった。大きく開かれた口の中には、二列に並んだ鋭い歯が光り輝いている。バッツは逃げろと大声で叫びながら、みんなと船室に逃げ込んだ。


(イラスト 021 08)


サメは大暴れして、船尾に激しく噛みつき横木を砕いた。船は何度も激しく揺らされ、誰もがみな一巻の終わりだと思った。しかし、小舟は魔法の帆のちからで加速すると、右に左に船をジグザグに走らせ、ついにサメから逃げ切ったのだった。

サメの巨大な噛み跡は、いまも船尾にしっかりと刻まれている。


【メーベル】「アンタがうんちなんか垂れ流すから、へんなのが寄ってくるんでしょーが!」


メーベルはサメが去った後メーベルがこう叫ぶと、バッツはこう言い返した。


【バッツ】「っせえな。じゃあ聞くけど、メーベルさんはうんちしてないんですかー」

【メーベル】「はあ?わたし……?わたしがうんち?なんでわたしがあんたにそんなこと話さなきゃならないの?」


メーベルは目をパチクリさせ、言葉を詰まらせた。それ以来、彼女がこの話題を持ち出すことはなかった。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



ある夜、彼らは暗い海をウミガメの群れと共に進んでいた。オーロラが空に舞い、海面を虹色に染め上げていた。その美しさは言葉に尽くせぬもので、まるで幻想の世界に迷い込んだかのようだった。


(イラスト 021 10)


【メーベル】「こんなに綺麗な景色、一生見られないかもしれない……」


メーベルはつぶやいた。彼女の目は輝き、みなもその景色に心を奪われていた。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



ある日、彼らの前に巨大な鯨が現れた。島と見紛うほどの大きさの鯨は、しばらく彼らの船と並走した。ロキたちが手を振ると、鯨は彼らに応えて、何度も高く噴水を打ち上げた。その光景は、まるでお祭りに打ち上げられる花火のようで、彼らにとって忘れられない一日となった。


(イラスト 021 11)



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



やがて、バッツもみなと同じく、両手を合わせて祈るようになっていた。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



船が進むにつれて、水平線に島が見えることが多くなった。彼らはもう大陸に近づいているのだろう。ある日などは、彼らは島の岸辺からわずか100メートルの距離を通り過ぎた。船からは、昼寝をしている牛たちの鳴き声さえも聞こえてきた。


こうして、彼らの航海は、三十三日が過ぎた。彼らの船旅は、もう終わりに近づいていた。だがそんな彼らの行方には、試練が待ち構えていた。



◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇



こうしたいろいろな出来事が通り過ぎ、航海も二十日が過ぎた日、彼らははじめて人と遭遇した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ