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みんなのはなし

ダガバジのテレビジョン

作者: ゆとうよみ

みんなのどこにでもありそうな日常系ホラーです

3話目は、ダガバジのお話

23番

テレビなんて必要ではなかった。


タブレットがあればモバイルもある。

ダガバジはラップトップも所持しているので、回線さえあればすべて事足りる。

家にいる間は、ほぼ大きなクッションにもたれかかって過ごしている。


が、一人暮らしをすると知った叔母から、半ば強引に押し付けられた。どうやら一人暮らしの従兄弟のいえにあったが、しかしすぐに同棲することになったから不要になったらしい。

ダガバジは断るのが苦手で、だから余計な親切まがいの事はしてほしくないのにこちらの気持ちなど斟酌しない人間というのはどこにでもいるものだ。


実家では、祖母がいつもぼんやりテレビを見ていた。

もうテレビ前のちゃぶ台の付属品のように、ただテレビを扱うリモコンのように居間にいた。たまに母や、まれに父が一緒に画面を眺めながらあれこれ勝手なことを言っているのをおかしなもののように感じていた。

遠くのニュースも芸能人の結婚や離婚やお悔やみもドラマの出来不出来もバラエティの演出への不満も、こんなところでぶつぶつ言うくらいなら見ない方がいいのに。見たいものだけ、見たいところだけ見る方法がいくらでもあるというのに。


ある日、玄関を開けるといきなり男性の声がしてぎょっとした。

玄関で靴を履いたまま中をうかがうと、正体はテレビの中の俳優の声だった。

「なんで……」

ダガバジはテレビをつける習慣がなく、朝の時計代わりにもちょっとした天気予報を見たりもしない。

間違ってリモコンのボタンを押したんだろうか?

鍵をかけ、靴ひもをほどくと、画面の中では女優がにこにこと笑いながら魚の捌き方に挑戦している

ところだった。

カバンをしまいながらなんとなく眺める。

見ていてイヤなものではないけど、面白くはない。リモコンを手に取ると、適当に数字ボタンを押す。

画面には次々と様々な人と、場所とが映る。

圧倒される情報量だ。

更に、数字以外のボタンを押してみるとどんどんチャンネルが切り替わる。

こんなにチャンネルってあるんだっけ…?と、ぼぅっと押し続けてみる。


と、不意にダガバジの好きなアイドルが映った。


あれ⁉

たしか、これは最初の頃のファン限定ライブかつライブビューイングも無くて、しかも円盤にもなっていない筈のものだ。

この衣装、古参のファンが意味ありげに上げてくるスクショで見覚えがある。

活動内容を共有しているSNSでもそんな情報は流れてこなかった。

どうして、これが流れているのかわからないけれどMCの内容からしてライブはまだ序盤のようだった。

すごい……!

このライブを撮ったカメラマンは5人のメンバーを均等に映してくれるタイプらしく、メインボーカルでも人気メンバーでもないダガバジの推しがこんなに映ることは殆どないので、瞬きする瞬間すら惜しく画面にかぶりつきになっていた。


約2時間半。

2度のアンコールまでを必死で見つめていたダガバジは、ステージ上のライトが完全に落ちたところで、ようやく深く息を吐いた。

感動と興奮で、落ち着いて座っていられない。


モバイルを手に取って、SNSで世界に向かって叫びたくてしょうがなかった。

リアルで同じグループのファンと知り合ったことは無いけれど、ネット上ではあちらこちらにいろんなタイプの付き合いの知り合いがいる。

いまだったら──


と、何かの通販か何かのミニ番組が終わったところで、次の番組がはじまろうとしていた。

適当に押していたので、チャンネル名も番組表も分らないけれど音楽番組とかライブ映像ばかり流すチャンネルだろうか?

ふたたびモバイルの画面に目を戻しかけた瞬間、ダガバジはびくりと肩を揺らした。


聞き覚えのあるフレーズ。

ボーカルの最初のコール。

舞台上の特徴的な照明。


ダガバジが、最初に行ったライブのそれだ。


あの時、ナマの現場にいる という感動で泣いてしまって最初の1時間の記憶がないけれど素晴らしいライブだったのは覚えている。

地方にいて映像とSNSで追うしかなかった2年間。

ようやくライブにも行けるようになったあの時。

その直後にタイアップ曲がブレイクしたせいでチケットが取れなくなって、なんとか通って3年が過ぎようとしている。

なかなか行けないライブの全貌が見れることは無いし、ダガバジが好きなメンバーはなかなか映ることもない。


だが、ここで流れる映像では、どれも自分の見たい公演の、自分の見たいところがびっくりするくらい的確に撮られている。

そう!これが見たかった!

ダガバジは興奮にぐっとこぶしを握りしめた

たとえ自分が好きでも1人だけを見たいわけでもないし、さりとて誰かだけが贔屓されるのも嬉しくはないし、グループはグループのメンバー同士のやり取りも見たいし、ステージ全体の雰囲気も味わいたい という欲望が存分に満たされる映像なのだ。


初めて見た時の、あの感動を追体験しながらも見そこねていたところや、興奮しすぎて記憶できていなかったところまで余すところなく鑑賞できて、2時間45分後には汗だくになっていた。


その後──

2度目に行ったライブ、チケットが取れなくて暫く食事が喉を通らなかった5周年ライブ、初のドームライブ、間近で見れる幻の超小規模ライブ、メンバーが日替わりで出た演劇公演、3度目に行ったライブ……と次々と流れる映像を見続けた。

もうどれだけの時間が過ぎたのかわからないけれど、どういう訳かまったく疲労感は感じなかった。




「どうしてこんな事になったのかしら……」

『うちの子、サークルの先輩に貰ったテレビだったんだけど……どうやら普通のテレビって言う人と、見続けちゃうって人がいるらしいのよ』

「……そう」

『そうよね、ごめんね……そういういわく付きなら先に言うべきだったわよね』

「うちの子、テレビはそんなに見ないと思ったんだけど……まさかね」

通話を切ると、ため息を吐いて部屋の隅にうずくまる我が子を眺める。



何も映らない暗い画面を、ひたすら凝視したまま時折何事かを呟き、かすかに唇だけで笑う我が子を……。

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