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時流の楽章:永遠者の輪舞曲  作者: 羅翕
第一節 目覚め
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4話 庭間旅話

 火の光が木々の葉影に踊っている。

 鳥獣が集まる場所から離れた小さな空き地に焚き火が上がっていた。元々何もなかった簡素なキャンプ地は、白髪の女性が虚空から次々と物を取り出す動作と共に、椅子、テーブル、ベッドのような大型家具から、手ぬぐいや食器、毛布などの小物まで、次第に多様な生活用品が揃い、豪華で快適な休憩所に変わっていった。

 周囲には水気が豊富で、空間魔法で凝結点を設置して空気中の遊離元素を集め、小さな流泉を簡単に作り出すことができる。幽魂使の認識阻害能力を領域概念として展開し、生物は自然にこの場所を無視するようになっており、虫除けや獣避けの準備も万全だ。

 もし何か問題があるとすれば——


「ウラン……なぜ私たちはここでキャンプしているのですか?」

 そう、間違いない。

 リフは元々すぐに伊方イカタに会えると思っていたため、自然とウランに従い、昼から黄昏、黄昏から日没まで歩いていた。夜になるとウランに「少し待っていてください」と言われ、彼女の流れるような動作でキャンプ地が作られていくのを隅で見守っていた。そして当然のように、柔らかな寝具に自分が置かれ、温かいスープの入った小さなテーブルが手際よく目の前に差し出された。

 もし疑問が実体を持つなら、今リフの頭の上には巨大な疑問符が浮かんでいるに違いない。

伊方イカタ様の住処には、今いくつかの入るためのルールや制限があります。リフは『異界災禍』の知識を得ていますか?」

「異界災禍…浮界の歴史のその部分ね。単純な文字記録しかなく、276年前に起きたことだと記載されている。異界の神がこの世界に侵入し、巨大な災害をもたらした。」


 黎瑟歴700年。

 災害が発生する前は、当代の天族を含め、浮界の民は「異界」という認識や概念を持っていなかった。事件が終わった後、人々は自分たちが生きる世界の他に、さらに広大な混沌の海が存在し、時界が同時に門扉の管理責任を担っていることを知った。

 災害を引き起こした異界神は、界主たちの末妹の一人だった。彼女は混沌の海の彼方から時界の主を訪ねてきた客人としてやってきた。久しく弟妹を迎えていなかった時界の主は非常に喜んでいたが、その隙を突いて異界神は時界の主を不意打ちし、重傷を負わせた後、時界の界域壁を突破し、直接浮界に侵入した。

 異界神は自らの怨念を呪いの結晶として変え、時界と接続する浮界の空を通じて黒い隕石雨として各地に撒き散らした。生物であろうと霊体であろうと、浮界の民はこの結晶に触れると怨念により魂が蝕まれ、次第に理性を失った殺戮者と化していった。浮界は未曾有の混乱に陥った。

 事態の解決のため、時界の主が倒れた後、エグリオンが浮界に赴き天族を助けたが、少数の天族だけでは全浮界の変異に対処しきれなかった。そこで浮界の主と幽界の主は翊雰ヨクフン默弦モクゲンの全族人を動員して支援に向かわせた。時界の管理権を臨時に引き継いだ幽界の主は時界を封鎖すると共に、魂に絶対的な抑制力を持つ6人の幽魂使を浮界各地の大陸に派遣し、怪物の鎮圧にあたらせた。この事件で浮界の民は初めて幽魂使の存在を認識することとなった。

 最終的に、異界神はチロディクシュ大陸で打ち倒された。チロディクシュ大陸の中北部の一部地域と都市が破壊され、残された巨大なクレーターは、百年後、時空の歪みが残る巨大な湖となった。


「——だいたいそんな内容です。ウランも幽魂使としてこの件の解決に協力したのですか?」

「記述に誤りはないけれど……いや、それが正しい判断でしょう。」

 ウランは少し考え込んだ。

「私が助けになったのは怪物の鎮圧の部分だけです。途中退場したため、最後まで見届けることはできませんでした。」

「途中退場?」

「ここから先はリフが知らない部分です。幽魂使の本質について聞きたいですか?」

「うん!聞きたい!」

「やっぱり、好奇心旺盛な子ですね。」

 目を輝かせるリフを見て、ウランは微笑みながら自分の右手を伸ばし、袖を少しまくり上げた。

「幽魂使の身体は『生前の肉体の投影』です。だから肉体の状態は生前最も執念が強かった時期に応じて現れます。リフも触ってみて、自分の体と比較してみるといいですよ。」

 比較?以前にも体に触れたことがあるのに、幽魂使のローブ越しだと何か違うのだろうか。興味が湧いて前に身を寄せ、指をウランの手首に触れた。

 不思議な感触が広がる。

 これは、同じ天族としての共感——相手の許可を通して「情報」を得たのだ。なるほど、天族の虚無の体は確かに真の実体ではなく、魂自体が選んだ概念に応じて世界の表層に現れる形態だった。これが成年した天族が外見を変える原理なのだ。でも、ウランの体は……

「固定されているのね。変わらないの?」

「そうです、変わることはありません。身体の状態は生前とまったく変わらないが、幽魂使になった瞬間に時間が止まっています。そして、ヴァンユリセイ様の力で具現化された実体は、同じレベルの概念によって破壊されない限り簡単には壊れません。」

「破壊?もしかして、ウランの体は異界神に破壊されたことがあるの?」

「だから途中退場したんです。すべてが終わったとき……私は無力でした。」

 炎の光に照らされたウランの表情は、どこか悲しげだった。遠い昔の記憶を思い出しているように。

「でも、ウランの体は今完全に見えるから、元に戻ることができるのですね?」

「いくつかの制限があります。幽魂使の体が破壊された場合、強制的に幽界に召還され、ヴァンユリセイ様の力を得て再度具現化されるまで待つ必要があります。ある特別な事情により、私は五十年待ってようやく体を取り戻し、それまで幽界で司書たちの仕事を手伝っていました。」

「なるほど。」

 幽界の宮殿にいた半透明な司書たちの姿を思い出した。ウランが体を失ったときもあのような姿になり、水晶の欠片を抱えながら宮殿を行き来していたのだろうか。そんな情景を想像するだけで、不思議な気持ちになった。

「私たちがここでキャンプをしている理由も、異界災禍と関係しています。災禍が終わった後、浮界の主を訪れる道には概念的な制限が設けられました。来訪者は庭園の中を一か月歩かなければ、浮界の主の宮殿への入口は開かないのです。」

「庭園?」

「そうです、伊方様の庭園です。ここに生息している生物は外界とは少し異なるため、庭園にいる間、環境をしっかりと観察できます。知識として得ることと、実際に体験することには違いがありますから。」

「体験……」

 ウランの言葉を聞き、感覚を広げようと試みた。


 昼間とはまったく異なる林の景色が広がっていた。

 遠くの、日中は緑の冠で雲を遮っていた迷楮が、夜になると満開の瑩亮玉花を咲かせた。四方に光を放って木の周りを昼間のように明るく照らし出していた。その光に引き寄せられるように、さまざまな生き物たちが集まってきた。高慢な表情の夫諸フショは、水脈が木の下を貫く場所に佇み、水面に映る姿を眺めながら枝のような長い角を整えている。同じく純白の毛を持つ数匹の茲白シビャクは、木の下でのんびりと横になって休んでいた。

 樹冠には色鮮やかな羽を持つ鳥たちがとまり、それぞれ羽を整えたり追いかけっこをして遊んでいた。羽を広げるたびに起こる気流は、木の根元で樹液を吸っていた瑛蟲エイチュウを驚かせ、羽ばたきながら光を反射し、まるで飛び回る宝石のようだった。

 光が届かない夜の闇もまた、賑やかだった。低木の茂みからは、まん丸な幼い赤狡シャクコウたちが顔を出し、まるで外へ抜け出そうとしているように見えたが、次の瞬間、後ろから追いかけてきた母親の一撃で巣に押し戻され、そのまましっかりと体で囲われた。

 昼間には平凡で目立たなかった黒い地面は、夜になると蛍光を放ち、長い耳を折りたたんだ肅兔シュクトが、電光石火のごとく地穴から飛び出して、幹に隠れていた鐘蛛シュチュウをくわえ軽やかに着地すると、別の位置にある穴へと消えた。低い草むらに潜んでいた数匹の黃鼠オウソが音もなく這い出し、持ち主を失ったクモの巣に入り込み、貯蔵してあった食料をきちんと運び出し、土をひっくり返して痕跡を掃除すると、再び草むらへと隠れた。

 いずれも水晶の映像で個別に見たことのある生物たちだった。映像の中で単独で現れるのではなく、目の前でそれぞれが不統一な意志を持って動き回り、規則性はないものの自然に集まっている様子には、どう表現すればよいか分からないが、ある種の躍動感があった。


「あ、そうだ。」

 浮界に来てから、まだヴァンユリセイと話していなかった。指を鎖に触れながら、名前を呼んでみる。

「ヴァンユリセイ、聞こえる?」

「ずっと聞いていたよ。浮界に来た感想はどう?」

 穏やかな青年の声が鎖から響いた。

「思ったより面白くて、今まで学んだ生物たちをたくさん見たよ。実際に動いているのを見ると、特別な感じがする。どうしてだろう?」

「それが『生きる』ということの意味だよ。これからも、そんな生の喜びをたくさん体験してほしい。」

「うん、ちゃんと体験する!」

「これからの時間は、ウランに任せるよ。この一ヶ月を大切に過ごしてね。」

「大切に?」

 リフは疑問に思ったが、鎖から感じる雰囲気が変わった。見ても触れても感じられるけど、徹底的に静まり返り、外からの干渉を受け付けない隔絶状態になった。ヴァンユリセイに尋ねるような視線をウランに向けると、注がれる視線に微笑んだウランは、新しい薪で焚き火をかき立て、光と熱を一層強くした。

「前に言っただろう?リフを伊方イカタ様の元に届けるのが私の役目で、それが終わったら次に会うのは二十四年後だって。」

「ええ〜〜……」

 確かに、ヴァンユリセイも以前に似たようなことを言っていた。何か順番が関係しているのだろうか?少し長いけれど、会えなくなるわけではないし、「大切に」という表現が少し変に思えた。

「一期一会、だよ。今の君と、旅を終えた君では、私に対する感情もきっと変わるだろう。過ぎ去った時間は記録になるから、今を大切にね。私もヴァンユリセイ様も、そう願っている。」

「……ウランも、心が読めるの?」

「単に表情から判断しただけさ。ヴァンユリセイ様ほどではないけれど、私にも人を見る術くらいはある。」

 頬を引っ張って、表情を整えようとする。表情を整えている間に、ウランがなぜか急に笑い出し、熱いスープをさらにリフの前に差し出した。

「目覚めたばかりだから、あまり複雑な食事は用意しなかったよ。まずはスープからゆっくりと食事に慣れていこう。」

 途中で動作が中断され、仕方なく目の前の木の碗を手に取った。軽くて手を熱くしない材質で、保温効果もあるのか、話している間も表面にはちょうど良い温かさの湯気が立ち上っていた。ほんのり甘いスープをすするたびに、柔らかな具材を噛みしめながら、身体が次第に温まっていくのを感じた。

「おいしい。凌桜はもっと暖かい感じがするけど、このスープは食べ物の美味しさがある。」

「……ヴァンユリセイ様、凌桜茶を淹れてくれたのか?」

「うん。魂と肉体のどちらにも効果があるお茶だって。」

「なるほど、合理的で効率的だね。でも、凌桜茶はとても貴重だから、これからは浮界の食べ物に慣れていくといいよ。」


 ……?

 まぶたを伏せたウランは、何を考えているのだろうか。表に出た感情は、なぜかとても悲しそうだった。


 ウランは懐から一つの収納腕輪を取り出し、まだ温もりの残るリフの手のひらにそっと置いた。

「幽魂使は食事も休息も必要としない。こうして食事を取るのは、生前の習慣や楽しみを続けるためのものだ。でもリフはまだ生きているから、旅の技術を学び、旅の道具も必要になる。」

 腕輪を受け取ったリフは、その中身を好奇心いっぱいに覗き込んだ。最初に目に飛び込んできたのは、目を見張るほどの品々。実用的な携帯食や日用品、衣服や武器のほかにも、精巧な工芸品、アクセサリー、礼服まで揃っている。さらには宮廷料理のような料理や繊細なデザートもあった。衣服や道具のサイズはまるで自分のために作られたかのようで、状態も時間魔法で固定されているため、いつ使っても問題ない。

「こんなに豊富なの!ウラン、これは私のために用意してくれたの?」

「いや……それは、リフの兄上が準備されたものだ。」

「えっ、私に兄がいるの?どんな人なの?」

「今は私から言うことはできない。リフが記憶を取り戻せば分かるだろう。」

「うーん……わかった。」

 それはヴァンユリセイとの約束でもあった。リフは強引に好奇心を抑え、早く関連する記憶を思い出せるよう願った。

「夜はまだ長い。幽魂使のもう一つの性質について少し話そうか。」

「性質?」

「幽魂使は必ず死者、つまり停滞する者だ。私たちの死は時間の記録の一部であり、リフも旅の中でそれらが浮界の歴史に刻まれた痕跡を目にするだろう。」

「痕跡――」

 言葉が詰まる。

 それもまた、ただの文字記録の一部だったからだ。だからウランの意図をすぐに理解した。


 世界暦2501年。

 天族第三世代の白翼、ウランロエンは、異父兄弟である弟を禁忌の子としての粛清から逃がすため、弟を連れてイカタ大陸の夜零ヤレイ地区へと亡命した。その過程で默弦モクゲン遠流漪路オンル イロと出会い、彼女の庇護を受けることとなった。

 約一か月後、黒翼と赤翼の第一世代が協力して派遣した粛清部隊が夜零ヤレイ地区に追跡してきた。部隊は默弦の長老からの情報を得て、遠流漪路オンル イロの住居でウランロエン姉弟を発見し、ウランロエンとの交戦に入った。ウランロエンは勝ち目がないと判断し、弟を駆けつけた遠流漪路オンル イロに託し、時間を稼ぐために一人残った。

 数名の天族に囲まれたウランロエンは重傷を負い、ついには自らの命核を砕く決断をした。虚無の体を自ら否定した瞬間、ウランロエンという存在が経験した「時間」が浮界に概念の空洞を穿ち、浮界が虚無を補填する過程で反作用により周囲のすべてが完全に消滅した。同時に、默弦一族の多くが犠牲となり、残された破壊の痕跡は後に夜零ヤレイ地区の自然地形の一部となった。


「……夜零ヤレイって、ここから遠いの?」

伊方イカタ様の庭園は嗣翎シレイの内部にあり、確かに夜零ヤレイと隣接しているよ。それに、そこは漪路の故郷でもあるから、彼女が案内してくれるだろう。」

 記録に同じ名前が登場しているのを聞いて、リフは一瞬戸惑った。默弦の寿命は約千年とされており、長寿でも二百年を超えることはないはずだ。

「漪路は第二の幽魂使だ。ただ、私たちが幽魂使になった時代はかなり違うし、死因も全く異なる……詳しくは本人に直接聞いてみて。要するに、幽魂使の存在理由は死と深く結びついているんだ。他の人と接する時、少なからずその話題に触れることもあるけれど、リフはそれを気にする必要はないよ。」

「そうなんだ?分かった。」

 ウランの率直さにリフは少し驚いた。

 現在の浮界で使われている黎瑟暦は976年で、これを世界暦に換算すると4476年に相当する。つまり、ウランが亡くなってから約二千年が経過しているにもかかわらず、彼女の死の痕跡は今も浮界の大地に刻まれていて、誰もがそれを目にすることができるのだ。

 まだ生と死の境界についての理解は曖昧だが、ヴァンユリセイから与えられたさまざまな文化知識と記録を通じて、リフは少しずつその意味を理解しつつあった。浮界の民にとって、自身の死を話題にするのは避けられがちなことだからだ。

 おそらく、幽魂使が生と死の間に立ち、浮界を行き来する存在だからこそ、ウランは「気にしなくていい」と言ったのだろう。


「リフが見た文字の記録は、すべて第三者の視点で観察されたものなのかい?」

「そんな感じかも。」

 映像の記録はまた別物だが、文字の記録や歴史書とは違って、ただ事件の理由を述べるだけで、主観的な感情の描写は欠けている。読む時、立場のない純粋な傍観者としての感覚が強いのだ。

「じゃあ、寝る前の話として、少し私の主観で家族の話をしてみようか?」

「おお。」

 リフはすぐに正座して聞く姿勢を取ったが、輝く眼差しと顔に浮かぶ好奇心はすでに隠せていなかった。そのため、ウランが笑みを浮かべながらすぐに手首を背後に隠し、鎖が発する光を遮るのに気付かなかった。

 説教する資格はないと分かっていても、ヴァンユリセイが幽魂使たちの行動に干渉しないことも理解していても……それでもやはり、ウランがもう少し無理をしなければいいのにと思わずにはいられなかった。


「どこから話そうかな。そうだ、まだ天族の都・イエリルが完成していなかった頃のことだ……」


 黒、赤、白の三つの翼が始まりとなった第一次天族大戦が終結した後、白翼は隠居生活を始め、黒翼と赤翼はそれまでの自由なやり方を改め、各大陸に散らばっていた天族を強制的に集め、集権体制を築き、天族の都イエリルの建設を始めた。

 イエリルの建設が半ばに差し掛かった頃、天族第一世代は天族の繁栄を保証することを目的として「複数配偶制」を推進し始めた。これにより混血を禁忌と定めた上で、第二世代のすべての者が最低二名以上の同じ翼の種と共同で後代を生育することが義務付けられた。生育の方法や時期については制限されず、配偶者と同居する必要もなかったが、目標を達成できずに長引いた天族は、自らの領地に配分される資源が著しく減少することになった。この強引な体制は、多くの第二世代から激しい不満を引き起こしたのだ。

 白翼第二世代のフェンリヤメス——私の母エンリヤも複数配偶制に反対する者の一人だった。他の第二世代とは異なり、母は制度そのものや個人的な好みによる拒絶ではなく、第一世代の因縁に深く影響されており、子を持つことも伴侶を探すことも望まなかった。しかし、優しい母は自分のわがままで家族に迷惑をかけたくなかったため、最終的に白翼の第一世代は妥協案を考え出した。それは、母と子をもうけたいと望む男性たちの中から抽選で選ばれた一人が生命精華を提供し、結婚せずに後代を育てるというものだった。まず一人の子供を得ることで、目標達成の期限を交渉できるようにしたのだ。


 こうして私は生まれた。しかし、私と母はあまりにも似ていたため、母の精神は崩壊寸前に追い込まれた……母は私に全ての愛情を注いでくれたが、一歩でも外に出ると恐慌に陥り、私以外の家族の世話や面会を拒否した。白翼の長者たちはこのような事態を予想していなかったため、皆私を特別に気遣い、血縁上の父親も罪悪感から私に「叔父」と呼ばせた。そうすることで私は母にとって唯一無二の子供であり続けることができたのだ。

 私たちは数百年の間、母の心の傷を癒すためにあらゆる手を尽くしてきましたが、最大の進展は母が庭園へ散歩に出かけることをようやく受け入れたことでした。そんな中、私は叔母からある地下組織の話を聞きました。配偶制に不満を持ち、翼種の違いを気にしない第二世代や第三世代の者たちが、密かな時間と場所で交流を重ねているとのことでした。特に重要なのは、そこには黒翼や紅翼のメンバーがいないという点です。

 叔母の紹介で、まず私がその組織のメンバーとなり、危険性や母にとって刺激となる要素がないことを確認した上で、あらゆる手段を駆使し、ついに母を家の外へ連れ出すことに成功しました。長い間幽居していた母は最初こそ外界を恐れていましたが、集まりに参加するうちに、久しぶりに会う友人たちと再びつながりを持つことで、私と一緒なら外出できるようになり、笑顔を見せる時間も次第に増えていきました。

 そしてある日、青翼の第二世代の先輩が新たなメンバーを連れてきたことで、集まりの参加者たちの間に大きな騒動が起こりました。その新メンバーの正体は、なんと第二世代の黒翼であり、天族の権力者である黒翼の第一世代・ポラリスの次男——クファリヘポ。彼は母親が強硬に推進する配偶制に賛同せず、現状を変えるために志を同じくする仲間を探しに来たのです。それは二人が初めて出会った日であり、運命の分岐点でもあった…


「⋯⋯ん?リフ?」

 ウランが話の冒頭を言い終えたところで、リフはまだ正座の姿勢を保ちながらも目を閉じ、時折うなずいているのに気づいた。苦笑しながらウランは、既に意識を失っているリフを寝台に横たえ、暖かな布団をかけ直した。

「どうやら私には、ヴァンユリセイ様のような語りの才能はないようですね。」

「ウランのせいではない。あの子は目覚めたばかりで、身体がまだ適応するのに時間が必要だから。」

 ウランは視線を分身の鎖に向け、その鎖から幽魂使に馴染み深い魂の波動を感じ取った。リフの穏やかな寝顔を一瞥し、ウランはその波動に意志で応えて、無言の交流を始めた。

「ヴァンユリセイ様、何かご助言はありますか?」

「お話を必ずしも寝物語にする必要はない。五分で終わる短いエピソードに分けて旅の途中に挟んでいけば、『次回へ続く』という形でリフの期待感を保てる。」

「次回へ続く、か⋯⋯わかりました。得意ではないけれど、できる限り頑張ってみます。」

「焦らないで。君とリフにはまだ何十もの昼夜があるし、家族の話を思い出すことは君にとっても簡単なことではないでしょう。少しゆっくり進めた方がいいわ。」

「わかりました、ご助言に感謝します。」

 思いがけない心遣いにウランは驚きながらも、ヴァンユリセイの言葉を受け入れた。彼女の驚きを理解することができた。結い上げた髪のヴァンユリセイは、礼儀正しく温和でありながらも距離を保つ人物で、普段は必要のないことは言わないのだから。「干渉しない」との言葉を覆すためならば、悪いことではないのかもしれない。

「今後は必要でない限り干渉はしない。あの子のこと、しっかり頼むわ、ウラン。」

「⋯⋯?はい、必ずや。」

 鎖は再び先程の隔絶状態に戻り、まったく素直じゃないね。ウランは少し戸惑っているようだったが、すぐにその違和感を忘れ、眠るリフを真剣に見守った。その様子は事情を知らない者の目には少し不気味に映るかもしれないが、ウランの気持ちは理解しやすいものだった。

 彼女にとって、あの子を見守ることは過去の後悔を埋める行為でもある。自身の無力さに対する罪悪感を、彼女はずっと抱えていたのだ。しかし、世界に影響を与えるほどの大災厄の前では、誰の行動も簡単に善悪で語れるものではない。もし間違いがあったと言うなら、それはきっと——



 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯



 朝、日の出。

 ウランはまだ眠たげに目をこするリフに挨拶し、何度も練習した手際の良い方法で彼女の身支度を整え、食事を準備してあげた。二人の庭園内での短い旅は順調に進み始め、ときにはウランが先導し、ときにはリフがその時の気分で歩き回り、生き物を観察したり、野営して宿泊したりした。

 旅の中でウランは一方的に与えるだけではなく、リフに一人のときの対処法も教えていた。天族は万物に対する基本的な感覚を備えており、ヴァンユリセイからも事前に多くの知識を与えられていたため、もともと賢いリフは何でもすぐに覚えてしまった。ただし、白紙のような純粋な精神については注意が必要だったが、幽魂使がそばにいる間は心配ないだろう。

 その間、ウランは勧められた通りに話を少しずつ組み立てていった。次第に完成していく物語は、やがて世界の記録と互いに繋がり合っていった。


 クファリさんの存在は私の母を恐怖に陥れ、彼女は全てを顧みずで集会場から逃げ出しました。しかし、クファリさんは追いかけて母を引き止め、「ここに来たのにはもう一つ理由がある」と伝えました。それは、親代の影響で生まれた黒、赤、白の三翼間の隔たりを消し去りたいというものです。彼は自分の母親と兄姉たちがなぜ白翼を憎んでいるのか理解していましたが、たとえ親が許されない罪を犯したとしても、その罪を子どもが背負う必要はないと考えていました。私の母には何の過ちもなく、彼女が自責する必要はまったくない。

 ……そうです。母はこの数百年の間、彼女の母、つまり私の祖母が犯した罪に苦しみ、昼夜を問わずその罪が私にまで及ぶのではないかと心配していました。白翼の皆は母に過去を手放してほしいと努力してくれましたが、母はそれを自分への家族の寛容としか見なさず、自分が祖母に似た容貌を持っていること自体が罪だと思い込んでいたのです。しかし、クファリさんは被害者側である黒翼として、母の立場を理解し、彼女を受け入れてくれたことで、母の長年の心のしこりを解きほぐしてくれました。


 その後、彼らは交流を重ねるうちに次第に親しくなり、運命に導かれるように恋愛関係を築いていきました。白翼の皆は母が集会に参加することを応援していましたが、黒翼と白翼の間にある溝は依然として深く、二人の関係を知っているのは私だけでした。こうした生活が約百年ほど続いたある日、母が突然体調を崩し、私が付き添って部屋に戻った際に、一つの天族の卵を産み落としました。それは黒翼と白翼の血が混ざり合った卵。

 天族は卵を産む前に必ず兆しがありますが、この混血の卵は常識を覆すものでした。驚いた母はすぐに恋人であるクファリさんを呼びました。クファリさんも驚いていましたが、彼は突然やってきた子どもに対する驚き以上に喜びを抱き、すぐに母に頼んで、内密に白翼の第一世代たちとの面会を取り付けてもらいました。彼は、この奇跡的な存在として生まれた子どもが、親の代から続く怨念を消し去る架け橋になることを望んでいたので。


 幸いなことに、白翼の第一世代の二人はとても寛大で、二人の交際と子どもについて前向きな態度を示してくれました。彼女たちは黒翼の第一世代を説得するのは難しいとし、全てが自然に進んでから子どもの存在を公にするのが良いと助言しました。その時点ではまだ前途が明確ではありませんでしたが、少なくとも片方の家族からの承認を得られたことは、彼らにとって大きな救いだったでしょう。

 私の記憶にある母の笑顔は、その時が一番幸せそうでした。しかし、弟が一か月後に孵化した時、状況は一変してしまったの。


 弟の姿を見た白翼第一世代たちは激しい怒りに駆られ、彼を禁忌の子と断じ、その場で抹殺しようとしました。最終的に母の懇願と涙、あるいは駆けつけたクファリさんが命を懸けて守ったからでしょうか、彼女たちはついに弟に情けをかけました。

 弟の族名をつけた後、彼女たちは二人に子どもを隠すように厳命し、白翼の兄弟たちの嫉妬を招かないよう、そして決して黒翼や赤翼の第一世代に知られないようにと忠告しました。


 苦悩する二人は何度も話し合い、最終的にすべてを知る私に子どもを託すことになりました。母が心から愛せる人を見つけたことが嬉しかった私は、弟との関係もとても良好でした。弟もまた、楽観的で賢い子で、外出できない理由をしっかり理解し、政務に忙しくて時折しか会えない両親を気遣っていました。いつかみんなで太陽の下を手を携えて歩ける日が来ると——あの時の私たちは、心の底からそう信じていた。


 弟が生まれて三十年後、ついにイエリルが完成の日を迎えました。完成を祝うために大規模な祭典が予定され、様々な種族がイエリルに招待されることになり、これは弟が外に出る絶好の機会だと考えました。そのためにクファリさんは青翼第一世代が作った偽装の魔道具を手に入れ、外見と気配を隠すことに成功し、私は弟を連れてイエリルの祭典の街へと踏み出しました。

 しかし、初めて外に出た弟は興奮しすぎてしまい、私ができるだけ視線を離さないようにしていたにもかかわらず、やがて人混みに紛れてはぐれてしまいました。焦った私は数本の通りを隔ててやっと弟の姿を見つけたのですが、その時の彼は見知らぬ青年と肩を組み、通り沿いで大食い早食い競争をしていました。二人が店の在庫を食べ尽くして、怒った店主たちに追い出された時、心配していたはずの私はそのあまりに滑稽な光景に思わず笑ってしまいました。


 その後、三人で連れ立って祭りをぶらぶらしながら、青年は煩わしい家の長者たちから逃げ出して一人で祭典に来たと語り、初対面の弟に親近感を抱いて不思議と意気投合したと言いました。白翼の力を通じて、青年の中にかすかながら同じような偽装の魂波動があるのを感じ取りました。時の重みは薄く、おそらく彼も第三世代でしょう。面倒事に巻き込まれないよう、すぐに理由をつけて距離を置くべきかとも考えまし、たが……初めて友達ができた弟の気持ちを踏みにじりたくはなく、結局見て見ぬふりをすることにしました。今振り返っても、あの時もっと良い選択ができなかったかと思い返すことがあります。


 祭典も終わりに近づいた頃、青年と弟が次に会う約束を交わして握手した時、強力な無効化の魔道具の魔力波が祭り全体を覆い、全員の偽装が解かれました。その瞬間、弟と青年はお互いを呆然と見つめ合いました。青年が本来の姿を現し、彼が弟と全く同じ紫の瞳を持っていたからです。私はその意味を理解し、言葉を失いました。クファリさんの兄も第一世代からこの特徴を受け継いでいたと知っていたからです。青年は噂されていた最年少の黒翼第三世代だったのです。

 異変に気づいた時には、既に私たちは青年を探してきた第二世代の黒翼に見つかっていました。それは身の毛もよだつような殺意——黒翼は弟を憎悪に満ちた目で見つめ、近くの街区と普通の観光客を巻き込んででも、ここで弟を消し去ろうとする力場を放ちました。青年が必死に黒翼を阻止し、私たちに貴重な護身の道具を押し付けてくれたおかげで、なんとか逃げ切ることができましたが、事態はそれで終わりませんでした。弟の存在、混血の子であることが明るみに出た結果、戦争が勃発したのです。


 その後、母とクファリさんから語られた過去の話を通して、私はようやく弟が「禁忌の子」と呼ばれる理由を理解しました。遥か昔、白翼は私怨から赤翼を操って黒翼を襲撃させました。消された赤翼と黒翼のために復讐を誓い、青年の祖父と私たちの祖父——紫の瞳を持つ黒翼、そして弟にその容貌を受け継がせた白翼は、互いに戦い合い、魂が過剰な使用で消滅するまで殺し合ったのです。

 あの時、第二世代の黒翼が「父の目を盗んだ卑怯者」と叫んだ理由も、きっとそこにあったのでしょう。当時の悲劇を目の当たりにした黒翼たちにとって、弟はその存在だけで彼らはを狂わせるには十分であり、たとえ弟自身に罪がなくても、その事実は変わらないのです。


 混血の子の存在は、ただの導火線に過ぎません。まだ生きていた白翼の第一世代は悲劇を引き起こした直接の原因ではありませんが、憎しみの連鎖は今や断ち切れず、彼女たちは自ら黒翼と赤翼に決着をつけることを選びました。

 白翼の第一世代が全滅した後、すべての天族が戦争に巻き込まれ、第一次をはるかに超える破壊をもたらす第二次天族大戦へと発展しました。クファリさんは白翼側に立ち、私の母と共にイェリルの支配者に反感を抱く第二世代を率いて、黒翼と赤翼の第一世代に反旗を翻しました。


 後代を守るため、他の翼種は第三世代を戦場に送り込むことはしませんでしたが、存亡をかけた白翼にはその余力がありませんでした。弟の保護を任された私は前線には出ませんでしたが、次第に減っていく馴染みの顔ぶれから戦場の残酷さを垣間見ていました。天族は死ぬと、虚無の体から顕現する物質が光に散化し、無依の魂は界域壁に導かれ幽界へと行くはずでした……しかし、戦闘に慣れ、魂を消滅させる術を知る第一世代や第二世代にとって、本気の戦闘は生き残りか消滅かの二択でした。

 クファリさんに最後に会った時、彼から複数配偶制の真相と起源を聞きました。複数配偶制やイェリルの存在は表向きの言い訳に過ぎず、彼の母親と他の第一世代が勢力を取り込み、権力を握り、天族を集めて一緒に暮らす環境を合理化するために、長期的で狂気じみた計画を推し進めた理由——それはただ「故人の痕跡」を作り出すためだったのです。それを聞いて私は決意しました。どんなことがあっても弟を守り抜くと。なぜなら弟は愛によって生まれた奇跡であり、決してただの繁殖実験の産物ではないからです。


 クファリさんと私の母は戻ってきませんでした。二人は戦場で黒翼と赤翼によって共に消されてしまいました。白翼が私と弟だけになった時、行く当てのない私たちはついに浮界大地へと逃れる決心をしました。道のりは非常に険しかったですが、危険を顧みず助けてくれた黒翼の第三世代と黄翼の第一世代のおかげで、私たちはイェリルを脱出し、イカタ大陸の夜零地区へと降り立つことができました。そして——そこで漪路と出会ったのです。



「——私の物語は、これで一旦終わりです。」

「ウランの主観的な話、なんて壮大なんだろう⋯⋯」

 第三十天の朝、ウランはついにリフが朝食を終えた後、物語に終止符を打ちました。

 ウランは自分に適度な休憩を挟んでいましたが、それでも鎖がリフの視線の死角で何度か輝いていました。本質的に魂体である幽魂使は感情が揺さぶられやすく観測されやすい存在です。同じく魂を観測できるリフの目を避けるため、ヴァンユリセイの権能を借りて抑制するのもやむを得ないことでした。

「それにしても、天族の昔の歴史ってこんなに複雑だったの?ヴァンユリセイが見せてくれた資料は、どれも不完全で、どこかしら欠けてる感じがするんだけど。」

「時には、知りすぎることが必ずしも良いこととは限りません。ヴァンユリセイ様もリフのことを思ってのことでしょう。」

「むぅ〜」

 ウランは不満げなリフをなだめようとしましたが、その効果はほとんどありませんでした。どうやら好感度は下がりそうです。しかし、ウランの言い分は正しく、当事者にとっては過剰な言い訳に聞こえるかもしれませんが、それが最善の策であることは否めませんでした。

「そういえば、私も紫の瞳を持ってる。話に出てきた紫瞳の黒翼って、私と何か関係あるの?」

「うん。彼はリフのお父さんだよ。これからもっと知る機会があるはず。」

「うぅ⋯⋯そうなんだ。」

 それはヴァンユリセイとの約束でもあった。リフは強引に好奇心を抑え、早く関連する記憶を思い出せるよう願った。

「時間が来ました。『門』がもうすぐ現れます。」

「門?」

「ええ、伊方様の宮殿へ通じる門です⋯⋯ほら、来ました。」

 二人の前の空間が突然、強烈な光を放ち、リフは思わず手で眩しい光を遮りました。

 やがて、青玉の大きな扉が地面から少し浮かんだ空中に現れました。扉はゆっくりと開き、その内側は何も見えない真っ白な世界でした。

「行きましょう、リフ。」

 ウランは幽界を離れるときのように両手を差し出し、リフは自然とその腕の中に抱かれました。そして、ウランは足元に力を込め、一気に跳躍し、二人は純白の幕の中へと飛び込みました。


 扉はゆっくりと閉じていきます。

 青玉の門は初めて現れたときのように光となり、消えていきました。森の中をそよぐ清風が、先ほどまであった一瞬の喧騒をさらりと消し去りました。


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