30話 白翼神話
「蒼は……魂を持つ存在なの?」
「うん。私は最初から蒼の魂を見ることができました。それはまるで寄せ集められた未完成な破片のように見えたけれど、確かに彼自身の魂でした。それに、ヴァンユリセイが言っていたわ。『蒼以外の庭の民は皆、命軌を持っている』って。だから私は、蒼が『無名者』なのだと思うの。」
「そんな……蒼に魂があるなら、どうして私が気づかなかったの!?私は見ていなかったのに!」
インヤは激しく立ち上がった。それが推測ではなく事実だと理解していながらも、彼女の心は本能的にそれを否定していた。
「君は無意識のうちに彼と庭を創り出し、そして彼の存在の基盤を無意識に否定してきたの。『元の彼とは違う』という理由で自分を納得させてね。インヤ、君はまだ逃げているわ。ブエンビと同じように。」
感情のこもらない冷徹な言葉が、再びインヤの自己欺瞞を打ち砕いた。
「私が……逃げている?ブエンビ、みたいに……」
「インヤ!?」
あっ、インヤが地面に座り込んじゃった——!
あの、ブエンビっていう人、すごく悪い人なのかな?ヴァンユリセイがその名前を例えに出した時、インヤの気持ちが一瞬で絶望的になっちゃったの。
もしかして、その人も幽魂使なの?インヤみたいに、「執念の庭」みたいな何かを作ったのかな?
「兵燕蒼。リフへの数々の世話を考慮し、これが唯一の忠告だ。お前はインヤが無意識のうちに残魂を集め、強引に繋ぎ合わせて生まれた『無名者』だ。再構築された魂と再現された肉体が完全に融合し、お前は『死して蘇る者』となった。だからこそ幽魂の鎖はお前を亡魂と判定できないのだ。『執念の庭』が誕生する過程を見届け、生前から記憶を今に引き継いでいるお前自身が一番よく知っているはずだ。もしそれでも惚け続けるつもりなら、お前の願いは決して叶わないだろう。」
「な、何を……」
ヴァンユリセイの鋭い刃のような言葉がすべてを暴いた。その場でインヤを支え起こしていた蒼は体を硬直させ、インヤは彼の肩を掴んで真っ直ぐに視線を合わせた。
「庭が生まれる過程を見届けた?記憶を引き継いだ?それって……どういうことなの、蒼。庭の現象も、庭の性質も……全部知ってたっていうの?」
「インヤ……俺は……」
蒼はためらい、言葉を発しなかった。彼は光を帯びたインヤの右手の袖をそっと握り、彼女を胸に引き寄せ、その真っ直ぐな視線から逃れようとした。
しかし次の瞬間、インヤは力強く彼を押しのけた。
かろうじてバランスを保った蒼は地面に倒れることはなかったが、インヤの怒りに満ちた表情に驚愕した。彼女のことを誰よりも理解しているつもりだった蒼は、それが普段彼女をからかった時に見せる苛立ちではないことをすぐに悟った。生前から今に至るまで——これほどまでに怒った彼女を見るのは初めてだった。
「答えて……蒼。いったい、どういうことなの?もしあなたに魂があるのなら……もし最初から全てを知っていたのなら——」
「全てを知りながら知らないふりをして、私が犯した罪を見逃していたの!?」
インヤの頬に涙が流れ落ちると同時に、彼女の右手の袖からは厚い布地を貫くほどの強烈な光が放たれた。
「イ、インヤ……」
「インヤ——!?落ち着いてよ!」
隣にいたリフはその場でうろたえた。インヤが庭に初めて入った日のように、悲しみに満ちた感情が制御不能なほど膨れ上がっているのを感じたのだ。蒼は再びインヤに駆け寄り、彼女を抱きしめたが、インヤは彼の行動に何の反応も示さず、光も弱まる気配がなかった。
「ごめん。本当にごめん、インヤ。俺が悪かった。俺が君にもっと正直であるべきだった。だから……もう泣かないでくれ、インヤ。」
「蒼、インヤ……」
目の前の二人は、深い悲しみと喪失感の渦に飲み込まれていた。どうすればいいのかわからないリフはしばらく考えた後、インヤの背中に身体を預け、少しでも慰めになればと試みた。
実際、リフの存在は大きな役割を果たした。彼女はインヤに、まだ守るべき存在がいることを思い出させたのだ。何とか気持ちを立て直したインヤは、再び蒼を強く押しのけて振り向き、リフを抱きしめた。
「ごめんね、リフ。また私、自分の感情を抑えられなかった……もう遅い時間だし、部屋に戻って休ませるわ。」
「待って、インヤ!蒼とちゃんと話をしないなら、私は寝ないよ!」
「えっ……」
リフの強気な態度に少し困惑したインヤは、抱き上げてその場を離れようとした足を止めた。その隙に、蒼が背後から彼女を強く抱きしめた。
蒼と出会ったあの日の情景が、リフの目の前で少し違う形で再現された。
「インヤ、俺は全てを話すよ。庭が生まれる前、俺の意識がどこにあり、何を見て、何をしていたのか……全部正直に伝える。だから、行かないでくれ、俺を置いていかないでくれ。俺が間違っていた。本当に間違っていたんだ。もう、俺の大切な妻に隠し事はしない。君が怒るのをやめてくれるなら、俺は何だってする。」
首元にうなだれる蒼の声は、恐れとともに哀願の響きを帯びていた。その卑屈な態度を初めて目にしたインヤは、驚くと同時に、少しずつ心を和らげていった。
「わかったわ。話が終わったらリフを部屋に連れて行く。だから、まず私を離してちょうだい。」
「……わかった。」
三人は再びソファに並んで座った。しかし、左右にいる大小二つの手が同時にインヤの手をしっかり握りしめており、彼女は少し困ったような表情を浮かべた。
「そんなに強く握らなくてもいいわ。約束する。蒼との話が終わるまではここにいるから。」
「それならよかった!蒼、早く話して!」
苦笑しながら蒼は、インヤの左手をさらにしっかりと握りしめたリフと、彼女の胸元にある鎖に目を向けた。
彼はかつて古文献で幽界の主に関する記述を目にしたことがある——「運命と死を司る神、その目はこの世の万物を見渡す」。当時は誇張された神話だと思っていたが、今となってはそれが単なる事実を語っているだけだったと気づくのだった。
「では、死ぬ前の記憶から話し始めよう。幽界の主が言った通り、俺の記憶は他の庭の民とは異なり、途切れや欠落がない。世界暦3500年、イエリルの怒涛が起こった時――俺は兵燕の秘法を用いて自らの魂を燃やし、黄翼天族と黒翼天族が共同で築いた大陸結界を破壊した。その後、俺の意識は混沌の中に沈み、曖昧で朧げな状態に陥ったんだ。」
「時間の流れを感じることはできず、自分が何者で、どこに漂っているのかもわからなかった。ただ、その朦朧とした中で、誰かの泣き声が微かに聞こえたんだ。その声に引き寄せられるように、俺はその泣き声の主の側でさまよい続け、果てしない年月を過ごした。」
「ある日、俺の周りに温かい気配が漂い始めた。その温もりに包まれる中で、少しずつ自我を取り戻し、自分が何者であるか、愛する君のことを思い出した。当時君と手を繋いでいた時の温もりまでも、鮮明に蘇った。そして完全に意識を取り戻して目を開けると、そこは暗い海底で、目の前には微かに光を放つ君がいた。」
「俺は君を抱きしめ、目を覚ましてほしいと呼びかけた。しかし、君は何の反応も示さなかった。その直後、君の体から強い光が放たれ、その光が海底を覆った瞬間、全てが色彩を帯び、物質が創造された。俺たちが元々いた場所は⋯⋯君が命を落としたあの涼亭へと変わっていたんだ。」
「海底の景色が完全に変わった後、ついに君は目を覚ました。目覚めた君は普段とは全く違い、熱烈に俺を抱きしめ、泣きながら『この夢が終わらないでほしい』と願った。その後、俺たちは家に帰り、かつてのように生活を続けた。流れる時間の中で進むことのない日々を過ごしながら、俺は少しずつ君が海底の変化を全く知らず、それをただの夢だと思い込んでいることに気づいた。だから、君の夢を守ることを決めたんだ。」
「庭の他の住人たちは俺以外、認識に何らかの霧がかかったようで、不合理な事象を自然に無視していた。その性質を利用して、庭の制約や規則を少しずつ確認し、地底を改造し、地上に拠点を築き、支配できる領域を拡大していったんだ。北方の諸島へ君を連れて行った時は失敗したけれど、君は俺から離れることなく、むしろ俺たちの時間をより大切にするようになった。それなのに――あの女が!」
蒼は拳を固く握りしめ、その瞳に苦しみの色を浮かべた。
「あの白翼の女が、全てを壊したんだ!君の願いはこの夢を続けることだけ、俺の願いも君と一緒にいることだけだったのに!君はあんなに長い孤独と苦しみに耐えてきた。それなのに、どうしてこんな小さな願いさえ許されないんだ!」
「蒼……そんなこと、許されるはずがないわ。私が創造した庭は……何十万人もの命を奪い、彼らの魂を囚えたのよ。そんなことを知ってしまったのに、どうして夢を見続けられるというの?」
海底で過ごした六十年間、蒼がずっと自分のそばに寄り添ってくれていた……その事実を知ったインヤは、怒りがすっかり消え去り、代わりに深い悲しみが心を満たしていた。
「なぜ……なぜ私が庭を創ることができたの?なぜ、たかが人造人間の私にそんな力があるの?私の執念が原因なの?そんなに私の執念は深く、救いようがないものだったの?」
「インヤ、君は何も悪くない!庭に入った連中は、どいつもこいつも自分の欲望のためだったじゃないか。富だろうと家族だろうと、安穏な生活だろうと、皆庭の中でそれを手に入れているんだ!君が責められる筋合いなんてない!」
「そんな言い訳で私の罪が消えるわけないわ!私は幽界で記録を調べたわ。どれほど多くの人が、大切なものを奪われて嘆き、帰らない者を生涯待ち続け、ついには絶望に沈んだか――それらはみんな庭が引き起こしたことよ!私は自分自身があの絶望を体験したのに、無数の人々にも同じ苦しみを味わわせたのよ……!」
インヤの悲しみは再び涙となって溢れ出した。蒼は彼女の肩をそっと抱き寄せ、その涙を拭い取ろうとしたが、彼自身の表情もまた険しいものだった。彼は、妻のそばにいること以外、何もしてやれない自分の無力さを痛感していたからだ。
受けたその濃厚で陰鬱な感情の影響で、二人の様子を見つめていたリフも、少し悲しい気持ちになった。
先ほどの会話を通じて、リフはインヤのもう一つの心の傷――「庭を創造した事実」――に気づいた。インヤは数百年もの間、自分の犯した過ちに苛まれ続けていたのだ。しかし、リフはインヤが罪悪感を永遠に抱え続ける必要はないと考えていた。
リフは心の中で、これまで聞いてきた物語や歴史、世界の記録の数々を丁寧に整理していく。そして、清夜廉摩の物語を思い出した。
清夜廉摩は数千万の命を奪うという重罪を犯した。しかし、彼女は幽界で数百年に及ぶ刑罰を受け、その後さらに司書としての職務を全うした末に、自らの罪を清算し、ついには浮界の輪廻に戻ることができたという。それならば、幽魂使として数百年も働き続けたインヤも、とうにその罪を贖い終えているはずだ。
問題は……その「罪」の起源が何なのかということだ。インヤは「庭を創造したこと」を罪だと考えているが、自分がなぜその罪を犯したのか理解できておらず、そのため自分を許すことができない。もしその起源を遡るとすれば――
しばらく躊躇した後、リフは胸にかけていた鎖を外し、手のひらに乗せて広げた。
「ヴァンユリセイ。インヤが庭を創造できた理由、白翼と関係があるのでしょうか?私、ずっとインヤと蒼の魂には似たところがあると思っていました。二人とも『寄せ集められた存在』のように感じたからです。初めてインヤを見た時、彼女の中にはたくさんの『混ざり物』があるように思えました。それに、どこかウランと似た雰囲気も感じました。『幻想を現実に変える』ことや『精神と魂を操る』って、どちらも白翼の権能ではありませんか?」
リフの声に引き寄せられ、二人は彼女の方を振り返る。彼女の手のひらにある鎖に目を向けると、リフは頭を垂れ、これまで自身に多くの温もりを与えてくれたその金属の表面をそっと撫でた。
「ヴァンユリセイ……私は知りたいんです。インヤが執念の庭を創造できた理由、それが第一世代白翼と関係があるのかどうか。過去の物語を話してくれませんか?もし無理なら、努力して気にしないようにしますから。」
空気には緊張感の漂う静寂が満ちていた。
——そしてついに、あの子の「もう一つの面」を思わせる冷たい声が、この広い空間に響き渡った。
「かつてインヤが幽魂使となった際に、『執念の庭』が誕生した理由を私に尋ねたことがある。その時、私は『深い執念』とだけ答え、詳しい説明を避けた。だが今、この出来事の発端を話すことができる。兵燕蒼も聞いて構わない。ただし、一度語り始めれば、拒否する権利は君たちにはない。」
「答えよ。過去の物語を聞く覚悟はあるか?」
普段とは少し異なるヴァンユリセイの様子に気づいたリフは、首をかしげ、疑問の色を浮かべた。そしてインヤと蒼の方を見やると、夫婦はしばし目を合わせた後、揃って力強くうなずいた。
「ヴァンユリセイ様、どうかお聞かせください。それは私がずっと知りたかった答えです。」
「幽界の主よ、その寛容に感謝します。過去を知る機会を賜った以上、どのような答えであろうと、インヤと共に全てを受け止めます。」
リフは少し緊張した様子で頷き、掌の鎖をそっと持ち上げた。
「私も覚悟はできています。ヴァンユリセイ、どうか過去のお話を聞かせてください。」
準備が十分であるかどうかにかかわらず、君たちはあの子に覚悟を捧げたと言えるだろう。
だからこそ……過去の物語は、久しぶりに新たな保存者を迎えることになるのだ。
「ジェンパロン大陸は、もともと第一世代の白翼が生活し管理していた土地だった。天府と天相の姉妹、そして文曲の統治により、ジェンパロンは浮界で最も繁栄した大陸となり、彼らの住まいは第一世代と第二世代が最も頻繁に交流する場ともなっていた。」
「特に、黒翼、赤翼、白翼の子供たちは互いに行き来が多かった。第一世代の間にあったわだかまりは、第二世代には関係なく、彼らは兄弟姉妹のように共に暮らし、お互いの家族の愛情と庇護を受けていた。」
「だが、その生活も、祿存の愚かな行動によって終わりを迎えた。大戦の後、ジェンパロン大陸の北方は廃墟となり、かつて親しくしていた友人たちの魂は散り散りになった。黒翼と赤翼は白翼を憎み、二度と交わることはなかった。」
「きゃっ!?」
「インヤ!」
生者にも死者にも絶対的な抑圧を与える無形の威圧が、手を取り合って互いに支え合う二人に重くのしかかった。
リフは目を見開き立ち上がる。ヴァンユリセイの声はなおも響き続けていた。
「祿存はいつもいい子だった。だが、求めても得られないものに心を囚われ、ついには狂気に陥り、戻れぬ道を歩んだ。彼女のために心を殺した陀羅、そして二人を忘れられなかった擎羊もまた、、ついには虚無へと消え去った。」
「祿存の絶望と狂気、陀羅の執念、そして擎羊が抱えた他者への罪悪感。これらの感情は、魂が消滅した後も、微細な魂の残滓と共に重く残り続けた。それらは塵のようにジェンパロン大陸の各地に降り積もり、千年以上経っても消え去らなかった。」
「あぁ……あああ……」
「インヤ……!うぅ!」
無形の威圧は空間に留まり続けた。耐えきれなくなったインヤは床に倒れ込み、蒼は自分の体をクッションにして彼女を支えながら、ソファーから共に転げ落ちた。
「ヴァンユリセイ、待って!」
リフは慌てて手で鎖を包み込む。しかし、ヴァンユリセイの声は物質を越えてなおも止むことなく響く。
「ジェンパロン大陸の土地がイエリルの怒涛によって破壊された後、祿存を模した姿を持つ、強い執念を抱いた魂が同じく海底に沈んだ。その魂は、残された感情と悲哀が海中の残滓と共鳴し、それらを引き寄せて融合した結果、白翼の一部の権能を使えるようになったのだ。」
「その魂は無意識のうちに白翼の権能を操り、自らの周囲を漂う残魂を再構築して補い、さらに、自身と彼に生前と極めて似通った形態を与えた。そして、魂はその執念や感情、大地の記憶を物質として具現化し、それが『執念の庭』誕生の根源となったのだ。」
「ヴァンユリセイ、やめて!お願いだから一度止めて!!」
……彼の声と威圧はようやく止まった。
「どうした、リフ。過去の物語はまだ半ばだ。話を聞きたくないのか?」
「そういう問題じゃないの!」
初めてこんなふうなヴァンユリセイを見るの!
感情が全然見えないし、そこにいるかどうかも分からない!まるで、全部を拒絶する黒い穴が目の前にあるみたい!
私だけは大丈夫だけど、インヤと蒼はこんなにつらそうにしてる⋯⋯
たとえ、今のヴァンユリセイがすごく怖く見えても⋯⋯でも分かるよ、これは彼が本当は話したくないお話なんだって!
「ごめんなさい、ヴァンユリセイ!もし私たちの好奇心や願いを叶えることがあなたを苦しめるなら、もう何も言わないで!私、約束する!これから絶対に好奇心を我慢して、無理にお話を聞こうなんてしないから!」
「誤解だよ、リフ。」
「?」
「君たちが苦しむ様子を観察すると、私の心は実に愉快になる。」
わセイ、もうリフの前ではふりをしないんだろう!?見せてよ、リフが言葉を失って絶句してる、その顔を!これ、浮界の民に『善意の隠し事や嘘』が必要な理由を完璧に体現してるじゃない!そりゃあなたの部下も二派に分かれるよね。一方はインヤみたいな優しくて器の大きい良い子たち、もう一方はいつか上司をぶん殴りたいって密かに野望を抱く良い子たちだよ。実力がある空気読めないキャラが空気読めない全開になると、ここまで腹立たしいのかって感じるわ!
「ヴァンユリセイって⋯⋯そんな一面もあったのね⋯⋯」
ああーーー!好感度が崖から落ちたよ!予想してたけど、実際に見るとやっぱり怖いよ!こんなことで本当に大丈夫?リフに嫌われている理由が白翼の子供たちのことだとしたら、笑っていられないよ!
「でも⋯⋯こういうふうに自分らしいわがままを表に出すのも、逆に親しみやすいかも⋯⋯?よく考えたら、私も前にわがまま言ったことがあるし!なら、ヴァンユリセイだってたまにはわがままでもいいんじゃない?」
えっ。
「⋯⋯はい。意外ではありますが、ヴァンユリセイ様にそんな一面があるなんて⋯⋯でも、もしそれでお気持ちが楽になるなら、私たちが少し苦しい思いをするくらい構いません。あっ、でもリフには優しくしてくださいね⋯⋯」
「ううん、私なら大丈夫だよ、インヤ!うん、心の準備はできてるから。どんどん私たちが苦しくなる話をしていいよ!」
わセイ⋯⋯今聞いた話が本当かどうか疑い始めちゃったよ。そして、好感度が自動的に回復している。こんな優しすぎる良い子たち、もっと大事にしてあげてよ、無理させすぎないでね。
「自分は安全なところにいて、人を戦場に送り込むだけの臆病者をどう思う?」
「?ヴァンユリセイ、それってどの戦争の話?」
「戦争⋯⋯そんな大層なものじゃない。実力が拮抗している対決だけが戦争と呼ぶに値する。」
分かった分かった、あなたの勝ちだよ。でもちょっと抑えて、まだこれで三人目なのに、リフの好感度の上下履歴がほとんど波形になってるよ。まあいいや、続けて話して。私はもう見なくていいみたいだし、しばらく邪魔しないからね。
「リフ。白翼の物語は君にとって遠い昔の話かもしれないが、決して無関係ではない。彼ら三人が引き起こした愚行が、第一次天族大戦を招いたのだ。起こったのはちょうど世界暦2000年のことだ。」
「世界暦2000年って、ちょうど神話時代の終わり頃よね?ええと——」
世界暦、2000年。
黒翼、赤翼、そして白翼の間で第一次天族大戦が勃発。三翼の第一世代の半数が消滅。
……?
名前すら残っていないの?何が起こったのか、全くわからない。
唯一の手掛かりは「三翼の半数」という言葉だけ。つまり、この戦いで九名の第一世代が命を落としたということだ。
しかも、消滅したのは白翼だけではなく、黒翼も赤翼も犠牲者が出ているらしい……もし争いの原因が白翼にあったとしたら、一体どんな出来事がこんな悲惨な結末を招いたというの?
「リフ、さっき君はもっと話を聞きたいと言っていたね。それなら教えてやろう。しっかり覚えておくんだよ。」
「祿存は二千年もの間、良い子だった。だが、それが初めてで最後の『悪い子』になった時だった。」
「祿存が最初に仕掛けた、赤翼を利用して黒翼を排除する計画は完全な成功には至らなかった。それに対抗しようと黒翼と赤翼が報復を始めたとき、陀羅は自分の力でジェンパロン北部を巨大な迷宮拠点へと変え、擎羊は守護者として侵入者を排除し始めた。」
「他の白翼の兄姉たちが弟妹たちの愚行に気づいた頃には、すでに手遅れだった。」
「ジェンパロンの白翼たちの住処は戦場と化し、自らの手で故郷を破壊することになった。祿存は黒翼に最初に討たれ、擎羊は長年の宿敵であり友人と共に滅びる、陀羅は生きる意志を失い、赤翼によって滅ぼされた。三人が姿を消した後、文曲は発狂した赤翼に捕らえられ、道連れとなった。最後に残ったのは、天府と天相の姉妹だけだった。」
「しかし彼女たちも、第二次天族大戦の中で赤翼や黒翼と過去の清算を選び、戦いの果てにが消滅する運命を辿った。」
「これが、白翼の愚かな子供たちそれぞれの結末だ。」
「たとえ記録が完全でなくとも、彼らの又名と本名を覚えておかなければならない。天府が『アセラ』、天相が『アークエート』、文曲が『メグレズ』、祿存が『フークダ』、擎羊が『スカペメス』、陀羅が『ドライト』だ。」
「君が物語を聞くことを望んだ以上、それを記録する責任を背負ったということだ。忘れられた物語が、君にとって意義を持つのだから。」
どうしてだろう。
「忘れられた物語」という言葉を聞くと、胸が締めつけられるような悲しみを感じる。
天族は他の浮界の民とは異なり、肉体が時間の流れで衰えることはない。だが、幾多の大災厄を経た後、世界暦2000年以前に生きていた天族たちは徐々にその数を減らし、ついには誰一人として残らなくなってしまった。
今の第三世代の天族たちの中で、白翼の物語を覚えている者が一体どれほどいるのだろうか?
「問いかけなくても構わない。今の私は特におしゃべりだから。」
「浮界で白翼に関する記録や遺物を見つけるのは難しい。第一次天族大戦の後、黒翼と赤翼は白翼との交流で残された多くの物や痕跡を破壊した。さらに、第二次天族大戦で白翼が滅亡した後、黒翼がいくつかの遺物を保管していたが、後に起きた『イエリルの怒濤』によって、それらも全て海淵の深みへと飲み込まれてしまった。」
「たとえ浮界で忘れ去られても、幽界の記録には残っている。君はすでに、ウランや漪路の物語を聞いているだろう。」
「そうなんだ……」
長い時を越えて存在する幽魂使――それ自体が、一つの記録なのかもしれない。
客観的で個人の感情を排した世界の記録とは異なり、温かみや感情に満ちた記録。
「第二次天族大戦の話が出たついでに、もう少し補足しよう。ウランの母親の名前を覚えているね?」
「うん。ウランは以前、『フェンリアメス』と話していました。第一世代に照らし合わせると――」
「祿存と擎羊の長女だ。彼女は第二次天族大戦の中心にいたが、何も悪いことはしていない。祿存のような罪を犯したわけではない。」
「第二次天族大戦は、第一次天族大戦での遺恨の清算に過ぎない。執念を捨てきれなかった愚かな子供たちが、最後に選んだのは最も愚かな結末だった。」
ヴァンユリセイは先ほどからずっと「感情を見せない」状態を保っている。
世界の記録によると、世界暦2500年の第二次天族大戦以降、第一世代の数は一桁になった。肉体と魂を物品に融合させた青翼の一人を除けば、生存しているのは黒翼、赤翼、黄翼の計七人のみ。
それ以外の者たちは……すべて消滅した。
普通の死とは異なり、その魂は幽界に行くこともない。世界から完全に消え去った彼らと再び会うことは、永遠に叶わない。
……ヴァンユリセイに、その後のことを尋ねたくない。
私にとっては遥か昔の出来事だが、ヴァンユリセイにとってはきっと、別の意味を持っているに違いない。
「ヴァンユリセイ、どうして最初から全てを話してくれなかったのか、分かった気がします。」
記録も記憶も、その重みは計り知れない。
常に全てを見届けてきたヴァンユリセイにとって、それはなおさらだろう。
「これから私が他の第一世代のことをもっと知りたくなったら、また話してくれますか?」
「その時点で君が知っていいことなら、話そう。」
「じゃあ、約束ですよ!」
……あれ?インヤと蒼の様子、何だか迷っているみたい。
さっきの話が多すぎたせいかな?あっ、そうだ、もう一つ聞きたいことがあったんだ!
「ヴァンユリセイ、インヤは今でも白翼の権能を使えるんですか?」
「ウランに封印を施しておいた。解除しない限り使えない。それに、仮に使えても、物質を再現する権能だけに限られる。」
「ウランが……私のためにそんなことをしてくれたんですか?」
「インヤ。リフが君を気にかけていることを考慮して、今回限りの忠告をしよう。兵燕蒼以外の因果はすでに清算されている。私が君たちの私事に興味を持つことはない。どう選ぶかは君の自由だ。」
「ヴァンユリセイ様……」
おお~、ヴァンユリセイがそう言い終わった途端、インヤと蒼の距離がぐっと縮まった感じ。
さっきまでの胸が重くなるような黒い感情が、明るい色彩に変わり始めている。今がちょうどいいタイミングかも!
「今日はヴァンユリセイと一緒に寝ます!こんなにいろいろあったんだから、インヤと蒼はちゃんと話し合ったほうがいいです。おやすみなさい!」
まだ二人が床に座っている間に――突撃!目標はレリティテラの間の扉!
よし、扉をしっかり閉めた!……あ、念のため空間魔法で隔壁も追加しておこう。インヤが突然入ってきて、「一緒に寝る」なんて言い出す可能性もあるから。
旅の間、インヤがずっと私の世話を焼いてくれて、蒼と二人きりになる時間なんてほとんどなかった。今はやっとお互いに心を開いて話し合える貴重な機会だから、邪魔をしちゃだめだよね。数百年ぶりなんだから、きっとたくさん話したいことがあるはず。
さて、ヴァンユリセイ。一緒に寝るにはどうやって寝たらいいかな?
決めた。枕の上にちょうどいい高さで置いて、ふわふわのお布団をかけて……完成~!
「これが初めてヴァンユリセイと二人きりで一緒に寝ることになるけど、なんだか新鮮な感じがします。」
「そうか。ある意味では、私にとっても初めてのことだ。」
「ヴァンユリセイ、これまで第一世代の人たちと一緒に寝たことはなかったんですか?」
「物理的な性質上、難しいことだった。しかし当時、黒翼、赤翼、白翼それぞれに、特に愚かな子供が一人ずついて、彼らはよく私のところに来た。その中の一人が擎羊だ。」
「擎羊……擎羊おじいちゃんのことですか?」
第一世代の人たちは、第四世代の私にとって曾祖父母のような存在。名前をそのまま呼ぶのはなんだか違和感があるけど、「おじいちゃん」を付けると急に親しみが湧いてくる感じがする。
「その呼び方は妥当だろう。親しさの差こそあれ、第一世代は君にとって全員が祖父母のようなものだ。その呼び方を続けるといい。」
「そうなんですね……でも、どうして彼らを『特に愚かな子供』だと?」
「いずれ天炎大陸に行けば、もっと詳しく知ることになるだろう。」
「また待たないといけないんですね。でも、まあいいです。じゃあ、擎羊おじいちゃんってどんな人だったんですか?」
「彼は鋭い刃だった。信頼できる守護者でありながら、同時に冷酷な殺戮者でもあった。」
「あ……」
さっきヴァンユリセイが話してくれた物語の中で、擎羊おじいちゃんは家族にとって守護者から殺戮者に変わってしまった存在だった。
こんな質問、しないほうがよかったかな……
「だが、彼は素直な子供でもあった。最初から最後までな。それに、君ならきっと自然に親しむような、そんな良い子だった。」
「そうなんですか?」
擎羊おじいちゃん、なんだかすごく謎めいているなあ。いつかウランからもっと詳しい話を聞けるといいな。
「もう遅い。そろそろ眠りなさい。これからも私に質問する機会はあるだろう。」
「はーい!じゃあ、これからの夜は毎日ヴァンユリセイと一緒に寝ます!おやすみなさい~」
「君の意思を尊重しよう。おやすみ。」
物語を胸に抱いた小さな女の子は、観測者の見守る中で静かに夢の世界へと足を踏み入れる。
かつて美しくも破滅へと向かった夢の欠片を前に、星を観る者はその視線を遥かな彼方へと向けた。
——より穏やかな夢を、この地に留めるために。




