第10章「狙いは呪術師」【9】
エギロダの間者が紛れ込んでいる節があるとユーゼフは語り、その表情は憂いを秘めていた。
「いや、紛れ込んでいるというのはおかしいですね。ユドリカの住人がエギロダ側に寝返ったというべきでしょうか」
いつからか、ユドリカの出来事がエギロダに筒抜けになっていた。
だがユドリカに見知らぬ人間が住み着いたという事実はない。
元々住んでいる者の誰かが、エギロダに情報を漏らしているとユーゼフは確信していた。
「テネリミ様にエギロダの退治を頼んだのは本心からです。聞かれているかもしれないのに、あの時は藁にもすがる思いで、ええ」
案の定、あの後エギロダからの食料の掠取が酷くなったのだとか。
「間者はおそらく一人や二人ではありますまい」
だから、とユーゼフは付け加えた。
「だから、間者の振りをした者をあの要塞へ潜り込ませているのですよ」
ユドリカの住人の中でも特に優秀な人物を選び、要塞で働かせた。
僅かな期間でその者はエギロダの信頼を勝ち取り、三階の部屋まで入る事を許されるようになったのだ。
「力を通させない壁だと?」
ケベスは目を白黒させた。
そんな物が存在するなど、当然聞いた事もないから。
「術が使えないのでは、クワンたちには手も足も出ませんね」
リャガもため息をつく。
「しかし、皆さんが無事で良かった」
自身やユドリカを守る為とはいえ、リャガ隊をエギロダに売ってしまったのだ。
「その罪悪感から、ここへ来たというのだな?」
まだケベスは信用に足るとは思っていない。
無理もない、下手をすれば全滅の可能性だってあったのだから。
「信じてくれとは言いません。何しろ、私に出来るのはこれくらいですから」
ユーゼフが立ち去った後も、ケベスの表情は険しいままであった。
「事情は分からんでもない。だが、奴の言う事を鵜呑みにしていいものか」
力を通さない壁については、信じてもいいかもしれないと。
もちろんその存在自体は驚きでしかないので、半信半疑ではあるが。
問題は、クワンたちがまだ中にいるかどうかなのだ。
「我々も間者を送り込むしかないか」
今ひとつユーゼフを信用しきれない以上、中の情報を自分たちで入手するしかない。
だが、ここにいるのは一般兵ばかりである。
諜報員のウマーチでもいれば、話は別なのだが。
現状リャガ隊に出来る事は、身を隠しつつ外から要塞の様子を監視して、もしもクワンたちが中にいるなら、外へ出される機会を待つ、これだけである。
「例の、仲間を殺した女たちがいるかもしれませんが」
「悪い方にばかり考えるな。こちらは二十二人いるのだ。三人だけでは術をかけ切れるかどうか分からんじゃないか」
もしも、かけられたら?
もしも、三人だけではなかったら?
「まったく、隊長としてはまだまだ経験が乏しいな。怯えてばかりでは任務を果たせんぞ?」
疲れているのだろうと、リャガは無理矢理休まされた。
要塞の三階、慌てた様子で手下がエギロダの部屋へ入ってきた。
その手には封筒が握られている。
「エギロダ様、書簡が届きました!」
この知らせには、椅子にふんぞり返っていたエギロダも、飛ぶように立ち上がった。
手下の手から封筒を奪い取り、素早く中身を取り出す。
折り畳まれた便箋を焦りながら開き、文面に目を通す。
彼の目が、きらりと輝いた。
「女たちを移動する日が決まったぞ! 向こうからお迎えが来るそうだ!」
期せずしたエギロダの大声は、真っ白な部屋に閉じ込められているクワンたちの耳にも届いた。
クワンは全身に寒気を覚えた。
「とうとう来たわね」
ところがルジナもソエレも、殊の外落ち着いている。
ここにいる間、ずっと彼女らは会話を続けてきた。
エギロダや要塞についての話は早々にネタが尽きたので、それ以降は取り止めのない話が中心になっていた。
故郷の事や幼少期の話、恋愛や結婚観についても正直に語った。
ソエレはクンザニの事まで。
時には妙に盛り上がったりして、外まで声が漏れそうになった事も。
「三人いれば、大丈夫」
最終的には、この言葉を幾度となく繰り返した。