第10章「狙いは呪術師」【6】
それからどれくらい時間が経ったのか、ルジナはへたり込んだまま、ソエレは首を垂れたまま立ち尽くし、クワンは扉を睨み付けたまま鼻を啜っている。
全くの誤算だったというしかない。
三人で協力すれば何とでもなる、そう高を括っていた。
まさか術を通さない壁が存在するなんて、考えもしなかった。
「私たち、逃げられないのね」
ソエレが口を開いた。
確かに呪術師としての力を封じられた今、自分たちは無力だと失望した。
これから、どうすればいいのか。
別の場所へ移動させられるまで、ただただこの部屋で大人しくしているしかないのだろうか。
「ねえ、何か考えましょう」
へたり込んだままだったが、ルジナがはっきりとそう言った。
「このままこんな真っ白な部屋に閉じ込められていたら、頭がおかしくなってしまいそう」
ルジナの言う通りだ。
現に今でも叫び出したいくらいなのだから。
「だけど、抜け出す道は立たれちゃったのよ。今更何を考えるの?」
「そうね、まずは状況を整理してみない?
分かっている事を挙げてみましょうよ」
仕切り始めたルジナに合わせ、クワンとソエレも床に座った。
「エギロダって、テネリミが言ってたあのエギロダって事よね」
「ここがその本拠地なのも間違いなさそう。だってエギロダはずっとここにいるんだから」
「という事は、ここはユドリカに近いって事になるじゃない」
仮に計画通りにここを脱出出来ていたとして、それからどこへ行けばいいのかを決めていなかった。
万一他の方法で脱出が成功したなら、ユドリカへ逃げ込んで匿ってもらうという選択肢だってある。
少し冷静に考えてみるだけで、居場所を特定する事も出来た。
絶望するにはまだ早い。
それからは各自思い付いた事を披露し合った。
「男の人の声しかしないのよね」
エギロダはもちろんの事、彼に報告する部下の声も男のものばかりであった。
「女の人はいないのかしら?」
「まあ、あくまで報告に来るのが男ってだけで、女もいるかもね」
「もし女の人がいたら、味方になってくれるかも」
ソエレの楽観的な意見ではあるが、今それを否定して気持ちを下げる必要はない。
「エギロダは私たちには猫撫で声だけど、部下には乱暴な物言いだわ」
確かに、そう。
いや、それだけで終わっちゃいけない。
そこから何か考えなくては。
ルジナも言ってはみたものの、だからどうしたと自問自答を繰り返す。
「私たち、お客様って事じゃない?」
ふむ。
元より、わざわざこんな部屋に閉じ込めるのだから、特別扱いなのだろう。
「でもここって、呪術師の為に作られた部屋なのよね」
クワンの脳裏に、頭が熱くなるほどの屈辱が甦る。
「もっと遡れば、私たちを呪術師だと知ってて連れ去ったという事になるわね」
もっと思い出したくない記憶が。
ガーディエフ軍の兵士たちとの関係は良好だったといえよう。
タラテラでもあれこれ言葉を交わし、食材を運ぶようにお願いもした。
本城にいた頃は、そんな関わり方はしなかった。
事務的な挨拶程度、固い言葉のやり取りがほとんどだったと記憶している。
それだけに、辛い。
「…私たちを狙ったのね」
その為に兵たちは殺されたのか。
「どうしてみんな、反撃しなかったんだろう?」
兵たちは揃って剣を抜く事すらしなかったのだ。
「斬られるのを待っているかのようだった。まるで…」
そこで三人はお互いの顔を見合わせ、同じ考えである事を確認した。
「術に、かけられた」
残念なことに、兵たちを斬ったのが女だったのかどうかまでは、ルジナの記憶ははっきりしない。
「でもこれで繋がった気がする」
呪術師を捕えて何をするつもりなのか、恐ろしいながらも想像せずにはいられない。
「呪術師に人を斬るなんて出来っこないわ。私は剣だって持った事ないもの」
それはクワンもルジナも同じである。
「エギロダが言った事、覚えてる? “むこうに怒られる”って」
「それ、言ってた。怒られるの嫌なんだって思った」
「あんな強気なのにね。怒らせたくない相手がいるなんて」