第10章「狙いは呪術師」【4】
テネリミの言葉にミジャルの心は深く抉られ傷付いていた。
ヌウラがラーキン村から遠く引き離されてしまった原因の一つは自分にある、そう言われたのだ。
それは元から自分でも分かっていたような気がする。
ただ単に認められなかっただけなのかもしれない。
「ミジャル、どうしたの?」
ヌウラが彼の手にそっと自分の手を添えた。
彼の様子がおかしい事は、ヌウラだって空気を感じ取る事が出来る。
「あ、ヌウラ、俺は…」
「クワンたちを助ける為に、私は何をしたらいいのかな?」
「え…」
「悪い人たちに連れ去られてしまったんだから、やっぱり戦いになるんだよね。私、それは役に立てるかどうか自信がないわ」
「あ、あは、それはそうだよ。兵士じゃないヌウラに戦えだなんて、ガーディエフだって言わないさ」
どうしてヌウラがそんな事を言い出したのか、ミジャルはすぐには分からなかった。
「戦わずに済む方法なんて、無いのかな」
「そうだな、もしかしたらあるかもしれない。それは俺たちで考えよう」
そう、今はクワンたちを無事に救出する事だけを考えなければいけない時。
それを知ってか知らずか、ヌウラは教えてくれたのだとミジャルは解釈した。
ユドリカからさほど遠くない荒野の一画に、エギロダの要塞がある。
四角い箱をドンと置いたような外観のそれは、白い壁からは想像出来ないような闇を感じさせる空気を吐き出しているようであった。
中へ入るとそれは三階建ての建物で、一階には周辺の町や村から搾取した食料を備蓄する巨体な倉庫、エギロダの大勢の部下が寝泊まりする空間がある。
二階も部下の為の空間であるが、一階の者より格上の者たちの為のようだ。
そして三階の中央には、エギロダの広い部屋がある。
一人で使うには広すぎる感のあるこの部屋の隅に、白い壁で仕切られた小さな部屋があった。
その中に、三人の女性が監禁されていた。
クワンとルジナ、そしてソエレである。
リャガが睨んだ通り、彼女らはエギロダに捕まっていたのだ。
三人でどうにか横になれる程度の広さしかない部屋で、彼女らは何日も閉じ込められていた。
一枚の壁の下方に、扉が付いた小さな四角い穴がある。
彼女らへの食事は、そこから彼女らの元へ入ってくるのだ。
タラテラの町では市場ではしゃぎながら大量の食材を買い込み、意気揚々とルーマットへの帰路に着いた。
だがそこで、理解不能な惨劇に見舞われる。
それをはっきりと目撃したのは、ルジナであった。
ガーディエフ軍の兵士が、正体不明の女たち三人に、何の抵抗もしないまま斬り殺されていったのだ。
その時ルジナは狂ったように泣き叫んだ。
その声に驚いて、クワンとソエレも幌馬車から外の様子を見て、恐怖に動けなくなってしまった。
ガーディエフ軍の兵士は全員殺され、クワンたちだけが残った。
兵を斬り殺した女兵士三人はすぐに姿を消し、代わりにガラの悪そうな男たちが現れた。
彼らはクワンたちに“逃げるなよ”とだけ命じ、彼女らが乗っていた幌馬車ごと連れ去った。
他の男たちはガーディエフ軍が買い込んだ食材も奪って、エギロダの要塞へと帰っていった。
エギロダの要塞に着く頃には、ルジナも落ち着きを取り戻してはいたが、この先どうなるのかという不安は三人共が感じていた。
「ようこそ、呪術師の皆さん」
要塞の三階へ連れて行かれたクワンたちは、そこで初めてエギロダと対面する。
茶褐色の髪はわざわざ染めたもので、目付きの悪い乱暴そうな人相は生まれつき、高い身長は筋肉の鎧で覆われているが、これは訓練により手に入れたもののようだ。
ともあれ、クワンたちはこの男に不快感しか覚えなかった。
彼女らはすぐに、エギロダの部屋の中にある白い壁で覆われた狭い部屋に押し込まれた。
「皆さん、何も心配はいらないよ。俺たちは決して皆さんを取って食おうだなんて、これっぽっちも思ってやしないからね」
エギロダの猫撫で声が癇に障る。
「皆さんにはしばらくここに滞在してもらって、準備が整い次第、別の場所へ移動してもらう事になってるよ。だから、それまでは大人しくしててね」