第10章「狙いは呪術師」【3】
言葉が出なくなったミジャルに背を向け、話は終わったとばかりにテネリミは歩き出す。
「まずはクワンたちを探し出してもらわないと、だけどね」
そう彼女は一人ごつ。
リャガ隊はユドリカを訪れていた。
ここはガーディエフ軍がコルス国に来て初めて訪れた集落である。
リャガとケベス、その他三名は馬を降りて、徒歩で長のユーゼフの元へ向かった。
その間、集落の住民が通りすがりや家から彼らを見つめていた。
「全員が敵に見えるな」
ケベスが小声で一言。
口には出さないが、リャガも同意である。
決してユーゼフの住民がクワンたちを攫ったと考えている訳ではない。
しかし仲間の兵が殺されているのだから、誰に対しても警戒心を抱いてしまう。
「本日はテネリミ様やビルトモス様はご一緒ではないのですかな」
ユドリカの長ユーゼフは、殊の外穏やかであった。
かつてガーディエフ軍はユーゼフの願いを無下にした事がある。
ユドリカを始めとする周辺の集落や村、町を暴力で支配するエギロダという者がいる。
そのエギロダをガーディエフ軍に成敗してもらいたいとユーゼフは願い出たのだが、無駄に兵を減らす訳にはいかないという理由から断ったのだ。
その時ガーディエフ軍はユドリカに居候をさせてもらっていたが、その件があってユドリカを出て行き、今のルーマット村に落ち着いたのだ。
ユーゼフと顔を合わせるのは、それ以来である。
「今我々は大変な事態に巻き込まれていて、皆忙しくしているのです」
「そうですか…」
「タラテラの町から戻る途中で正体不明の賊に襲われ、仲間の兵数名が命を落としました」
「それはまた、お気の毒に」
ケベスはユーゼフの表情をじっと観察している。
「その上、同行していた呪術師三名が賊に誘拐されてしまったのです」
「おいたわしい限りですな。酷い目に遭っていなければ良いのですが」
「その時の状況を目撃していた者がいて、話を聞く事が出来ました」
一瞬、ユーゼフの右目がピクッと吊り上がった。
「タラテラもルーマットもここから南にあるのですが、目撃者は賊が北へ逃げていったと証言しています」
「ふむ…」
「賊が“女”を欲していたのか、はたまた“呪術師”なのかは分かりません。しかし、もし呪術師であるなら心当たりがあります」
ユーゼフの表情は既に穏やかではなかった。
「ユーゼフさん、あなたはエギロダに、我々が呪術師を連れていると教えましたか?」
「まさか。私どもとエギロダはいがみ合う仲なのですよ。口をきく事すらありません」
「違いますよね」
リャガも、ケベスが見た事のない表情になっていた。
「エギロダが支配し、ユドリカは支配されている関係ですよね。だからエギロダの言葉を無視出来るはずがない」
台所の方から人の気配がする。
おそらく妻のルスネであろう。
「若しくは、あなたの方から進言したか」
点数稼ぎの告げ口は、よくある事。
「た…たまたま、そんな話題になっただけで、進言というのは誤解です」
ユーゼフの顔は上気し、汗も浮かんできた。
「話したのは認めるという事ですね」
「それなのに、“おいたわしい”だの“酷い目に遭ってなければいい”だのと、よくもぬけぬけと言えたものだな⁈」
ケベスが口を挟む。
彼も熱くなっていた。
「エギロダはいつも、呪術師を見かけたら教えろ、と口癖のように言っていたのです。それでたまたま思い出して、それを口にしました」
まだ何か言ってやりたい様子のケベスであったが、リャガが制した。
「分かりました。進言、感謝します」
長椅子から立ち上がるリャガに、ユーゼフは懇願するようにこう言った。
「どうか、私が喋ったとはエギロダに言わないでください。お願いですから」
リャガは、ぷいとユーゼフに背を向け、ケベスたちと共に家から立ち去った。
「確定だな」
「ええ」
「次は、エギロダだな?」
「そうですね、様子を見に行きましょう」
集落の外で待っていた仲間と合流したリャガは、エギロダの棲家へ向けて出発した。
クワンたちに一歩近付けたのではないかとの手ごたえを感じつつも、それがほんの僅かな一歩でしかない事も同時に感じていたリャガである。