第10章「狙いは呪術師」【2】
テネリミはしかし、涼しげな笑みを浮かべるだけであった。
「あの子から力が消えたと言ってただろう?」
「確かに言ったわね。私だけじゃなく、クワンやルジナ、ソエレも認めてた」
「じゃあ、どうして…まさか、力が戻ったのか?」
その問いには首を左右に振る。
「残念ながら、まだよ」
「じゃあ、無力のあの子に何をさせる気だ?」
「勘違いしないで、今のヌウラに何かさせる気はないわよ」
ミジャルは訳が分からないといった表情を露骨に見せる。
「ヌウラの意思を確かめたかっただけ。クワンたちを救いたいという気持ちがどこまで本気なのかって、ね」
しかしミジャルはあくまでヌウラが無力だという事にこだわっていた。
「ヌウラにはもちろん言ってないけど、期待はしているわ」
期待とは、力が戻るという事であろうか。
「力が戻る事があるのか?」
「可能性がない訳じゃないわ。フェリノアにいた頃、数十人の呪術師と会ったの。その中で力が消えてしまった者も当然いた」
原因は高齢や病気、怪我と様々だったとテネリミは言う。
その大半は力が戻らず引退していったが、中には病気や怪我の回復と共に力を取り戻した者もいたのだとか。
「あの子は病気も怪我もしていないぞ」
「そこなのよね。原因が不明だから、どう対処すれば良いのかも分からない。病気や怪我なら待つしかないのだけれど。逆に病気や怪我じゃないのだから、待ってるだけでは駄目って可能性もある…かもしれない」
先ほどとは違う表情で、テネリミはクスッと笑う。
ミジャルもこの笑顔には好感を持った。
「だから、意思を確かめたのか?」
「その通りよ。彼女たちを絶対に救いたいという強い気持ちがあれば、ヌウラの奥底に隠れている力が、また表に出てくるかもしれないから」
消えたというのは消失ではなく、身体の何処かに引っ込んだだけで、実際には残っているのではないかと、テネリミは期待しているようだった。
ただ、確かめる方法がある訳ではなく、どれもこれも推測でしかないのだが。
「力が戻れば、クワンたちを救えるのか?」
「あれだけの力があれば、間違いなく私たちの勝利になるわ。あなただって、まるで見当がつかないなんて事、無いのでしょう?」
分からない話ではない。
かつてミジャルは自らが住むラーキン村の近隣にある町や村の結束を固める為、ヌウラに協力を求めた。
彼女が高名な呪術師フリシアの娘である事を利用したのだ。
娘のヌウラを一目見る為か、始めこそ人が集まってくれたのだが、肝心の話には誰も無関心で、耳を傾けてくれる者はほとんどいなかった。
ところがある時、突然全員が喰い入るように話を聞いてくれるようになったのである。
異様なまでに全員が。
ミジャルの中で、それがヌウラの力ではないかと結び付けた事は、確かにあった。
「でも、それだけでは終わらないのだろう?」
「あら、何の話かしら?」
「とぼけるなよ。あの子の力を、クワンたちを助けた後も利用する気だよな? 元々そのつもりであの子を連れ去りに来たんだから」
ラーキン村近隣の住民たちの集会にガーディエフ軍は乗り込み、ヌウラを奪取したのだ。
「力に関しては、私たち程度の平凡なものでもあれば御の字だと思ってた。まさかヌウラがあれほどの力を持ってたなんて誤差だったわ。もちろん、良い意味でね」
「一体あの子の力を使って何をするつもりなんだ?」
「それはまだ先の話よ。楽しみに待ってなさい」
「待っていられるものか。俺はあの子をラーキン村の暮らしに戻してやりたいだけだ」
「よく言うわね。ヌウラを表舞台に引きずり出したのは、あなたでしょうに」
反論の余地はない。
「まあ、おかげで思ったよりもずっと早くヌウラを見つける事が出来たのだから、あなたには感謝しているわ。これは本心よ」
頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
「俺のせい?」
「どちらにしても私たちはヌウラを探し出すつもりでいたから、それを気に病む必要はないわ」
もしもガーディエフ軍がヌウラの捜索に手間取っていて、ミジャルの方が先に彼らの存在に気付いていれば、ヌウラを見付からないように隠す事が出来たかもしれない。