第10章「狙いは呪術師」【1】
そこまで自信がないなどと言うなら代わってやらなくもない、ケベスはそんな風に考えていた。
「しかし、ビルトモス様が私に期待してくれていると伝わってきます。それに応えなくては」
「ああ…そうか」
ルーマット村の畑では、ガーディエフ軍の兵士たちが農作業に勤しんでいた。
彼らは村から貸し与えられた畑を四つの区域に分けた。
そこにそれぞれ収穫時期をずらす為、数種類の野菜を区域毎に植えたのだ。
兵の数は五百人弱。
この畑の大きさでは多すぎるので、必要な人数を除いて、残りの兵は他の土地の開墾にあたっている。
「気のせいか、寂しく感じるのう」
働く兵の様子を遠くから眺めていたガーディエフが、ぽつりと呟く。
「士気が上がっていないのは事実でしょう。皆、仲間の仇を討ちたくてもそれが出来ずに悶々としているはずです」
隣でビルトモスがそっと答える。
「テネリミはどうしておる? あれからあまり姿を見かけんが」
「自分の部屋に閉じこもっている様子で。オパッセとやらの目撃談が相当堪えたのでしょうな」
「気持ちは分かる。我とていまだに信じられん。呪術師が兵士となって正規兵を殺すだなど」
呪術師が兵士になった事と、彼女らが正規兵を殺す事が出来た、その両方である。
「その点はあくまで推測の域を出ておりません。可能性がある、というだけで」
しかしクワンたち呪術師だけが誘拐された事実を合わせれば、その可能性はぐっと高くなる。
「おや、あれは…?」
ガーディエフの視線の先には、畑の近くを歩くテネリミの姿があった。
彼女の進む先にいるのは、ヌウラとミジャルである。
「ヌウラ、ちょっといい?」
テネリミに声をかけられ、ヌウラは顔を上げた。
「テネリミ、俺たちも遊んでいる訳じゃない。こうして雑草を抜いているんだ」
ミジャルがテネリミとヌウラの間に割って入る。
「そんなに警戒しないで、ミジャル。私は何もヌウラに嫌な事をするつもりで来たんじゃないのだから」
「しかし…」
するとテネリミはミジャルの耳元に顔を寄せて、こう呟いた。
「少し離れてなさい」
「あ…く…」
ミジャルは言われた通りに、ヌウラから距離を置いた。
「お話をしたいだけなの、いいわよね?」
「ええ、大丈夫。だから、ミジャルにかけた術を解いてください」
その場でミジャルは突っ立ったままになっていた。
テネリミは口角を上げる。
「もう、術だって分かるのね。頼もしいわ」
ミジャルの方へ顔を向けたテネリミが、聞き取れないほどの言葉を何かしら呟いた。
次の瞬間、ミジャルはびくっと身体を震わせた。
「クワンたちと毎日一緒にいたのだから、それくらいの知識は覚えたって訳ね」
ミジャルがテネリミを睨んでいる。
どうやら術をかけられた自覚はあるようだ。
「ミジャル、私は大丈夫。テネリミさんと話をするから」
歳の割に落ち着いたヌウラの様子に、テネリミは苦笑するしかなかった。
テネリミとヌウラの最初の関係は、連れ去った者と連れ去られた者である。
その後も、テネリミは決して積極的にはヌウラと接触を持たなかった。
その彼女が一人でヌウラの元へ乗り込んできたのである。
「クワンたちがいなくなったのは、見知らぬ連中に誘拐されたからってのは知ってるわよね?」
「知ってるわ、みんな言ってるから」
みんなとは、兵士の事であろう。
「いいわ。私たちは今、彼女たちを救う為に動いているの。まずはリャガ隊が疑わしき相手を探りに出発した」
「でも、どうしてクワンたちが誘拐されたのかは知らないの。みんなも分からないって」
「実際には私たちも分かっていないのだけれど、呪術師だから、という可能性が有力よ。特に、クワンたちは優秀だから」
呪術師を集めてどうするのかまでは言う必要がないだろうとテネリミは判断した。
「ここからが一番大事な所よ。ヌウラにもクワンたちの救出に手を貸してほしいの」
「私に出来る事なら何でもするわ」
「そう言ってくれると助かるわね」
立ち去ろうとするテネリミに、ミジャルが詰め寄った。
「どういうつもりだ?」