第1章「ユドリカの苦難」【9】
しかも呪術師に興味を抱くとは、少々意外であった。
エギロダには妙な趣味でもあるのかも知れないと、色々喋りすぎた事を後悔するユーゼフである。
「あの、何か呪術師に頼み事でもあるのでしょうか…?」
それとなく尋ねてみる。
「ああ? まあいい、正直なお前に免じて少しだけ教えてやろう。あるお方に頼まれたんだよ、呪術師を集めてくれってな」
エギロダ自身には呪術師に一分の興味も無いらしい。
「なるほど、呪術師を集めているんですね。それはしかし、大変でしょう」
その通り、とエギロダはかぶりを振る。
「結構な値段で引き取ってくれるからよ、俺としても大勢集めたいんだが、いかんせん呪術師は数が少ない。偽物を連れてっても、あのお方にはすぐにバレちまうから厳しい所よ」
この男が弱音を吐くなど、ユーゼフは初めて見る光景である。
確かに呪術師の数は大戦を境に激減していると思われた。
原因は一つ、金にならないからである。
呪術師としての力を備えた者は潜在的にいるのだが、なろうとする者がいないのだ。
大戦の折は、呪術師というだけで国が高給で雇ってくれたものだ。
どこの国のどの城にも、ニ、三人は呪術師の姿があった。
本城ともなれば数十人と呪術師を抱えていた。
しかし戦後、使い道の無くなった呪術師は経済を圧迫するのみで不用と判断されていく羽目となる。
ほとんどの呪術師がクビを言い渡され、次の職を探すのに四苦八苦するというのがお決まりとなっていた。
なのに、何処かの酔狂な“お方”は呪術師を集めているという。
「呪術師がいるならますます放っておけないな」
エギロダがさらに顔を寄せてくる。
そんなに需要があるなら大々的に募集をかければ良いのではなかろうかと、いささか疑問ではある。
「心当たりがない訳ではありません」
「どこだ?」
「いえ、何となく聞いた覚えがある程度ですから、まるで見当違いの可能性もあります。ですから、それは私どもの方で確かめに行って参ります」
「ふん、そりゃあ手間が省けるな」
そこでユーゼフは、ちらりとエギロダに上目遣いで視線を送る。
「ふん、分かったよ。もしお前が呪術師を見つけて、首尾よく手に入れられたら、その時は食料の上納を半分にしてやるよ」
思ってもみなかった褒美に、ユーゼフは目を丸くした。
納める食料が半分で済むなら、残り半分はユドリカの住民で食べる事が出来るのだ。
本来なら納める義務など無かったはずなのだが、支配される事に慣れてしまった故に、むしろ食料を分け与えてもらえる気分になっていた。
「ご期待に添えるよう、全力を尽くしますぞ!」
五百人の食料を調達するのは容易ではないとあらためて思い知らされる。
「そんなの、自給自足が原則だろ」
テネリミの愚痴にぽつりと答えたミジャルの一言であった。
「待ち人が来るまである程度の月日がかかるって言うなら、作物を育てるくらい出来るんじゃないか?」
故郷のラーキン村では畑を耕しタネを撒き、育った野菜を収穫していた。
ミジャルにとっては当たり前の事である。
ただガーディエフではその考えに辿り着かなかったに違いない。
「農民の真似事をするのか?」
ビルトモスにも農家の経験など皆無であった。
「うむ、必要というなら、まあ、やらねばならんな」
渋々承諾といった所か。
ガーディエフ軍はルーマットという村に到着した。
ここでもテネリミは村長と顔見知りであった。
術でも使ったのかというミジャルの問いに、テネリミはかぶりを振る。
「そんなの、長続きさせるのは大変なのよ。術を使わずに信頼を得なくちゃ」
実際、長い時間をかけて毎日対象者に術を施せば、仮初の信頼関係を築く事は可能のようだ。
だがそれを継続させようとするなら、術をかける事も続けなくてはならない。
そうしないと術が解けてしまうのだ。
ルーマットは農業の村である。
自給自足を目指すガーディエフ軍にはうってつけといえる。
ミジャルの提案で、五百人を二手に分ける事にした。
片方は野原を耕し、一から始める班と、村人の人手として手伝いをする班である。