第9章「ノネレーテの結論」【7】
一方“碧仙“は血糊に汚れる事なく、美しい刀身のままである。
愛刀を鞘に収めたノネレーテは、立っている二人、ゼオンとレザナムに目を付けた。
「うむ、こっちに来るぞ」
「そりゃあ、こっちに来るつもりだったんだから、来るだろ」
ノネレーテがその気なら、最早逃げても無駄だろうと腹を括る。
「トミア兵はどこへ逃げた?」
「アイツはトミア兵になりすましたリグ・バーグの騎士だったんだとよ。名前はロッグディオス、らしいぜ」
「ほお」
あっさりとぶちまけてしまうゼオンを、この場では止めようもないレザナムであった。
匿おうとするなら、自分も斬られてしまうに違いないと思ったからである。
「私の部下は、この中か?」
「ああ、十人いる」
「か、彼らなら我々が家の中へ運んだんです。外で野晒しになっていたので、はい」
「そうか、世話になった」
レザナムにそう言いながら、ノネレーテは家の中へ入って行った。
ゼオンも後からついていくが、ちらりとレザナムに視線を向けた。
「逃げるなら今じゃねえか?」
「そういう訳にもいかんなあ…」
馬車の荷台で転がっているエルスとステムは、静まり返った空気の中で放置されている。
だがエルスは少しずつ回復してきたようで、手を握ったり開いたりが出来るようになっていた。
「俺はなあ、エルス」
「何ですか?」
「ガキの頃からずっと一緒だった連れが、賞金首になってしまったのよ」
「はあ…」
「コソ泥ではなくて、もうちょっと重い罪だったんだが、生け取りなら満額って条件だったんだ」
多額の金を盗んで指名手配されたステムの幼馴染だが、決して“死んでも構わない”というほどの重罪扱いではなかった。
「ずっと一緒にいたはずなのに、アイツがそんな事をしてただなんて、ちっとも知らなかったのよ」
生きたまま捕まれば、刑務所で罪を償い、生きて元の世界へ戻って来られる。
彼に二度と罪を犯させぬよう、ステムはこれからも一緒にいてやる誓いを立てていた。
「真人間になる可能性は山ほどあった。あの日アイツは俺に言ったんだ、真面目に働いて生きていくってさ」
しかし幼馴染は帰らぬ人となった。
軍に出頭しようとした途中で賞金稼ぎに見つかり、逃げようとしてしまった為に背中から斬られたのだ。
「もちろん、分かってるさ。罪を犯したアイツが悪いんだ。そんな事は重々承知だ。だけどな、何も殺す事はないだろうって、俺は思ったんだ」
やり切れぬ思いを抱えていたステムに、“彼ら”は近付いてきたのだ。
「俺と同じ思いをしている人間が他にもいるって知ったんだ。中には俺の連れより酷い目に遭った賞金首だっていたらしい」
無関係の家族まで殺された賞金首もいると聞いて、賞金稼ぎへの憎しみがステムの中で更に積み上げられていった。
「俺は彼らの仲間になった。賞金稼ぎは正義の味方だなどと勘違いしている連中の目を覚まさせてやるってな」
ステムの最初の仕事は、幼馴染を手にかけた賞金稼ぎだった。
自分より年下だったが、彼に躊躇いなど毛頭無かった。
「俺に課せられた役目は、この活動をもっと広く知らしめる事だ。賞金稼ぎたちも命を狙われていると知ったら、恐れをなして廃業する奴だって出てくるかもしれない」
広報活動の一環として、ステムは国境を越えてトミアへやって来たのだ。
「きっと世界中に賞金稼ぎはいると思いますが…」
「うん?」
「その全員が全員、殺さなくてもいい賞金首を殺してしまうという訳ではないと思います」
「賞金をかけられた奴の全員が、根っ子から極悪人なんてのも考えにくいと思わねえか?」
「賞金をかけるのは、罪を犯した人をなんとしても捕まえる為の手段の一つです」
「そのエサに釣られて、物を考えない馬鹿な賞金稼ぎがうようよ湧いているのが、この世界の間違いの一つなんだよ!」
パレムを始めとする“三日月と入道雲”の十人と、ロッグディオスの仲間一人の遺体が床に並べられている。
部下の亡骸を前に、ノネレーテは深く首を垂れた。
“碧仙“を振るっていた時の彼女とはまるで別人のようにゼオンには感じられた。