第9章「ノネレーテの結論」【6】
ロッグディオスの怒りは頂点まで登り切り、下っていったと思われる。
「家出した奴の席をいつまでも空けておくと思うか? 団長だけじゃなく、副団長だって公務が山積しているんだ。現にユドード様も毎日あちこち駆けずり回っていると聞いた」
家出ではなく、実際には副将軍ネルツァカからの任務を受けていたのだが。
「おい」
ゼオンに呼ばれた。
「何だ?」
「落ち込むのは結構だけどよ、少しくらいは責任を果たしたらどうだ?」
「…どうしろと?」
ゼオンも両手の剣を鞘に収めていた。
それから、家の中を指差す。
「あいつらを埋めてやろうと思う。せめてそれくらい手伝えよ」
“三日月と入道雲”の面々だけではなく、自らの仲間の遺体もある。
「私の責任、だな」
それなら、とレザナムは部下にも手伝わせると言う。
死者を弔う厳かな空気になるはずであった。
彼女が現れるまでは。
「ここにいたか!」
聞き慣れた声にロッグディオスは敏感に振り向いた。
彼は馬車から降りるノネレーテの姿を認めた。
「ノネレーテ…」
「あれは誰だ?」
「あいつらの頭領だ」
何かを察したレザナムは、部下を急遽集合させてロッグディオスとノネレーテの間に割り込ませた。
「レザナム、いいんだ。彼女には私から話をするよ」
「駄目だな。俺の役目は、あんたをリグ・バーグへ帰らせる事だ。だが、あの女はちょっと、いや、かなり面倒な予感がする」
ぼんっ!
レザナムの部下が作る人垣から、何かが宙に飛んだ。
それが人の頭だと気づく頃には、さらに多くの者がノネレーテの周りで倒れていた。
「いかん! ロッグディオス、あんたはここから逃げろ! 本国へ戻れ!」
「しかし…!」
「心配するな、こっちは七十人はいるんだ。途中でへばるに決まってる。残念ながら殺すしかないがな」
ロッグディオスはゼオンの方へ振り向いた。
「好きにしな。あんたを止める権利は俺にはない」
レザナムは、自分たちの馬を繋いでいる場所を案内し、ロッグディオスを送り出した。
「お前はどうするんだ?」
レザナムはゼオンに声をかけた。
「事の責任は俺にもある。逃げる訳にはいかねえよ」
ーーああ、パレム、皆んな、すまない。
ノネレーテの愛刀“碧仙“が、ひゅん、と唸りを上げると、レザナムの部下たちの腕が落ち、腹が裂け、頭が飛ぶ。
ーー一緒にいてやれば良かったな。
部下たちも当然抜刀して抗戦するが、彼女に傷一つ付けられない。
ーー頭領、失格だ。
「止めろ、この女を止め…」
叫ぶ途中で、斬られる。
ーーもう一つ、失格というか謝らなければならない事がある。
十人、二十人斬っても、彼女の太刀筋が衰える事はなかった。
ーーやはり私は、一人の方が向いているようだ。
彼女が乗ってきた馬車には、動けないエルスと、同じく動けないステムがいた。
ーー見てくれ、身体が以前のように軽くなっている。
エルスとステムは荷台から顔だけを出して、彼女の斬劇を眺めていた。
ーー何人でも何十人でも何百人でも、私の腕が千切れない限り、斬り続けられるだろう。
「おい少年剣士、お前エラい事をしやがったな」
ーー私は、お前たちを守ろうとするあまり、自分に足枷をはめてしまったのだ。
「何の事ですか?」
「ばっくれてんじゃねえよ!」
ーーもちろん、お前たちと過ごした時間はとても貴重ですごく楽しかった。
既に半数が肉塊と化している。
ーー悔いはない、むしろ人生が豊かになった。
「全員やる気だぞ、あの姉さん」
ーーだがこれからは、やはり一人で生きていくよ。
四十人の返り血を全身に浴びてなお、“碧仙“はますます鋭く速くなっていく。
ーー今、この時も、すごく楽しいんだ。
レザナムは呆気に取られるばかり。
ーーお前たちも、ありがとう。
ゼオンは再び剣の柄にてをかけたが、抜くには至らなかった。
どこも悪くないし怪我も負っていないが、動けないのだ。
ーーこれで終わりか、名残惜しい。
立っているレザナムの部下は一桁になっていた。
“碧仙“の唸りが、最後の部下の頭を飛ばした。
とうとう全員斬り捨てた。
真っ赤に染まったノネレーテは、静かに佇んでいる。