第9章「ノネレーテの結論」【5】
ステムは呼吸が出来ずに苦しげである。
するとノネレーテは、ステムの背中から足を上げた。
「ノネレーテさん…」
「コレは確かに君がここまで痛め付けたのだ。それを私が横取りする訳にはいかないな。いかないが、この胸のモヤモヤが晴れないんだ」
一気に酸素を吸い込んだせいで、ステムは激しく咳き込んでいる。
まだエルスも身体を動かせないが、顔だけはノネレーテに向けている。
「まだ、いるじゃないですか」
「むむ?」
「ノネレーテさんの部下を酷い目に遭わせた元凶の人が」
「ロッグディオスって、誰だ?」
ゼオンには聞きたい事が山ほどあるが、まずは聞き慣れない人名から。
「リグ・バーグの騎士だ。とんでもなく強い騎士団の副団長だ。まあ、”元”だがな」
「…?」
「なるほど、お前はトミア兵じゃなくてリグ・バーグ人で、ロッグディオスって名前って訳だな?」
「勝手に決めるな」
「ロッグディオス、ここで何をしたいのか分からんが、本国でユドード様が心配しておられるのだ」
既にレザナムは決め付けて話をしている。
「ユドードってのも騎士なのか?」
ゼオンの興味はトミア兵に移っていたので、戦う気が失せかけている。
「ユドード様だ、気を付けろ。ユドード様は現在の副団長だ」
「はあ、そのユドード様ってのも、とんでもなく強いって事だよな?」
「もちろんだ。騎士団長はメイザロームだが、ソイツをも凌ぐと俺は睨んでいる」
「思い出したぞ、レザナム。お前は“大地の爪”のレザナムだな?」
びりびりと怒りがゼオンにも伝わってきた。
「うむ、その通りだ。しかし俺を知っているという事は、ロッグディオスだと認めるのだな?」
“大地の爪”は隣国トミアの国境付近で暴れていた大盗賊団である。
その名がトミアに知られていても不思議ではないのだが。
「いいさ、認めてやる。私はロッグディオスだ。だがレザナム、なぜお前は生きている⁈」
レザナムは逃亡中に捕らえられ、その場で死刑にされたと本城に伝えられている。
「うむ、話せば長くなるが、ユドード様の寛大な裁量により、俺は無罪放免となった。一旦死んだ事にしたのは、その方が使いやすいとユドード様が判断したからだ」
「終わりか?」
そんなに長くなかった。
「それで今はユドードの犬という訳か」
「部下だ。秘密部隊として働いている」
やっぱり怒っている、ゼオンは確信していた。
「ユドードに頼まれて、私を連れ戻しに来たのか?」
「降格させられたとはいえ、あんたは副団長を務めた男だ。家出したままでは示しがつかん」
「え、お前、家出したのか?」
その瞬間、ロッグディオスにぎろりと睨み付けられた。
神経を逆撫でするのは良くないかと、ゼオンもさすがに反省する。
とんでもなく強いらしいから。
一対一では勝ち目が無さそうだと、ゼオンでも分かる。
「…任務があった」
「任務?」
思わず聞き返してロッグディオスの顔を見つめるゼオンに対し、彼は長い長いため息をついた。
「私の話を聞いていただろう、あれは事実だ」
あれとはどれだとゼオンは逡巡する。
「あっ、あれな! 賞金稼ぎを狙う輩を追っているってやつだな!」
良かった、思い出せた。
「それで家出したのか?」
「任務だと言っただろう! どいつもこいつも話を聞いてないのか!」
レザナムも剣幕に押された。
「正式な任務だ。極秘ではあったが」
「ユドード様は知らなかったはずだが…もし知っていたら、わざわざ俺にあんたを探せなんて命じないだろうし」
「騎士団で知っている者はいないさ。当然、メイザロームもな」
「しかし、家出をするまではあんたは副団長だった。そのあんたに極秘の任務を命じるって事は、よっぽどの偉い人だよな?」
「ネルツァカ・オエ副将軍だ」
レザナムはギョッと目を丸くした。
「おい、リグ・バーグの副将軍ってヘルザダットじゃねえのか?」
「副将軍は一人じゃない。いちいち細かい事は言わんぞ。あんたはどうせすぐに忘れるだろうからな」
「小さい事は気にしない性格だ」
しまった、余計な事を。
「ああ、そうなんだろうな」