第9章「ノネレーテの結論」【4】
ーーこれじゃあ、なぶり殺しじゃないかよ
ーー子供のくせに、やる事がえげつないよな
ーーああ、これで死ぬのか…
「………?」
いつまで経ってもトドメの一撃がやって来ない。
見たくもないが、えげつない少年剣士の方へ身体を捻ってみた。
そこでステムは、きょとんとする。
あの恐ろしき少年剣士が、うずくまるように地に伏していたのだ。
エルスはステムの両手両足を斬って刺して、大きな痛手を負わせた。
これでもう動けないだろう、勝ったと思った矢先であった。
がくんと膝から崩れ落ちたエルスは、全身の力が消え失せたかのように地面に伏したのだ。
「あ…あれ…」
一体何が起きたのか、自分でも皆目見当がつかない。
立ち上がろうにも、手にも足にも力が入らない。
そういえば、顔すら上げられない。
そういえば、呼吸が激しく乱れている。
どうしてこんな事に?
ついさっきまで、ステムに数え切れぬほどの連撃を喰らわせ、動けなくした所だ。
なのに、今は自分がぴくりとも動けなくなっていた。
「なんだか知らないが、死ななくて済んだって事か?」
動けなくなったエルスを眺めつつ、ステムはほくそ笑んだ。
同じといえば同じだが、こちらは痛みに耐えてじたばたすれば、移動できないこともない。
視線の先には地面に転がっている自分の剣があった。
あれを拾ってエルスを刺せば、勝利が転がり込む。
「形勢逆転って訳だ、ざまあみろ! ふ、ふふっ、よし、あと一踏ん張りしてみるか」
動けば傷口が開いたり閉じたりするのか、激痛に声が漏れる。
そして、思った以上に剣は遠かった。
「いや待て、時間かかり過ぎだよなあ?」
エルスが一人とは限らない。
近くに仲間がいるかもしれない。
結論を出さねばならない時だ。
「今回は見逃してやるよ、エルス」
逃げるが先だ。
無理をして捕まったり殺されたりしたら、意味が無い。
エルスの他に誰もいないうちに、何処かで身を隠せる場所へ行かなくては。
仰向けのままでは効率が悪いと気付き、ステムはまず必死にうつ伏せに体制を変えた。
それから、這う。
傷口が地面に擦れる時があり、それはもう痛くてたまらない。
時折ちらりとエルスを見やるが、彼に変化は無くうずくまったままである。
「構わん、逃げろ、逃げ…ぐはっ!」
突如、背中に重いものが落ちて来た感覚に襲われた。
「お前か?」
女の声が聞こえる。
背中に落ちて来たのは、その女の足のようだ。
「私は“三日月と入道雲”の頭領ノネレーテだ。部下が世話になったそうだな」
背中に乗った女の足にどんどん力がこもってくると、ステムは息が出来なくなってきた。
「どちらか選べ。このままじわじわと窒息するか、背中から刺されて即死するか」
どちらも選びたくない。
だが許してはくれないだろう。
人違いだと嘯いても、信じてくれる可能性は爪の先ほども無いのだろう。
「ダメ…で…すよ…」
息も絶え絶えの声が聞こえてくる。
これは少年剣士のものだ。
「エルスか。君は凄いな、本当になんとかしてくれた」
「君は大丈夫か? 後で君も病院へ連れて行ってやろう」
少しだけ顔を傾ける事に成功したエルスの顔が、半分だけ見えてきた。
「殺…さ…な…いで」
「私には分かるのだ。おそらく全員、こいつに殺された。カーシャを除いては」
カーシャは助かったという事か。
「病院へ連れて行った後は、アミネに任せた。だから実際にみておらんのだが、カーシャはきっと助かっている」
それも分かるというのか。
「それでも、十人の命を奪われた怒りは収まらんよ」
それは当然だろう。
「ソレは…僕の…え…もの…です」
「…うん? 獲物と言ったのか?」
「その…コソ泥…は…生かして…捕える…のが…満額…の…条件…なん…です」
「同じ額を私が払おう」
「それでは、ダメ、なんです」
「何が駄目なんだ?」
「賞金稼ぎが、ソイツを、賞金首として、捕まえなくちゃ、意味が、無いんです」
賞金稼ぎを憎む上で殺しているステムへの罰は、賞金稼ぎに捕まる事だと。
まだ身体が動かせないままのエルスをじっと眺め、ノネレーテはしばらく考えた。