第8章「満月と三日月」【8】
「チンケな物ばかりって、確かにその通りだが、面と向かって言われるとムカつくな」
「しかし、お前がロッグディオスでないのなら、捜索は振り出しだな」
「尋ね人が見つかると良いな。俺は俺の尋ね人を追いかけるとしよう」
そう言うとコソ泥はレザナムの部下の人垣をかき分け、自らが仕留め損ねた女の後を追った。
女は深傷を負っているようで、時折り地面に新しい血痕を見つけた。
どこに逃げようと追い詰める、賞金稼ぎに狩られる側の恐怖を教えてやるとコソ泥は意気込んでいた。
駐屯所ではノネレーテが一人で留守番をしていた。
何もする事がなくて退屈なので、身体が鈍らないように外に出てうろうろと歩き回っていた。
そんなところに、アミネとエルスが彼女を訪ねてくる。
「ちょうど良かったぞ、エルス。話し相手が欲しかったんだ…そっちは?」
アミネとは初対面だったので、簡単に挨拶を済ませる。
「それはそうと、礼がまだだったな。私がこうして自由の身になれたのも、エルスとゼオンのおかげだ。本当にありがとう」
ノネレーテが殺めた者が盗賊だったか否かを確定させるには、チリパギの証言が必要だった。
ところがチリパギはこの町を出て行こうとしていたのだ。
それをエルスとゼオンが追いかけて連れ戻した。
ただ、エルスもゼオンもそれを自分たちがやったとは誰にも言っておらず、チリパギにも名乗らなかったので、どうしてノネレーテが知っているのか分からなかった。
「そんな奇特な真似をしてくれる二人組なんて、エルスたちしか私は知らん。だから、それで良いと思ったんだ」
ノネレーテは楽しげに笑う。
アミネはその様子に、二刀流の大男を思い出していた。
「だったら、エルスから話した方がいいわね。恩人の言葉なら聞いてもらえるでしょう?」
「むむ、何をだ?」
エルスはこの駐屯所の主である“トミア兵”の本性について、ノネレーテに語った。
所々言葉足らずな箇所については、アミネが補足する。
トミア兵を好意的に見ていた彼女にとっては寝耳に水であったが、恩人のエルスの言葉を無下に疑う事も出来なかった。
「彼が、パレムたちを囮にしているというのか? 賞金稼ぎを狙う連中を炙り出す為に…」
トミア兵は、ノネレーテの部下に危険は及ばないと言っていたが、絶対にとは言い切れない。
「よし、分かった」
ノネレーテは椅子から立ち上がる。
「そのコソ泥が危険な人物なのか、それとも本当にただのコソ泥なのかは分からんが、注意するに越したことはない。それだけは奴らに伝えてくるよ」
だが、既に遅かったと彼女は思い知らされた。
「カーシャ…?」
駐屯所から真っ直ぐ伸びる道の先に、女がいた。
よろよろと足元がおぼつかない様子だ。
見れば、彼女は脇腹を手で押さえている。
「駄目だ、カーシャ…!」
ノネレーテの大声に、エルスとアミネも何事かと立ち上がる。
ノネレーテは悲痛な面持ちでカーシャに駆け寄った。
頭領の顔を見たカーシャは安心したのか、膝から崩れ落ちた。
「カーシャ、どうした、カーシャ!」
彼女の脇腹は真っ赤に染まっていた。
「頭領…」
「いい、喋らなくていい、傷口が開いてしまうぞ」
カーシャは小刻みに震えながら口を動かす。
「痛いよ…」
「ああ、痛そうだな。だけどすぐに病院で医者に手当てして貰えば大丈夫だ」
「コソ泥に…やられた…」
最悪の事態がノネレーテの脳裏をよぎる。
「私が食べ物を買って戻ったら、皆んな倒れてた…そこにコソ泥がいて…」
もう片方の手で頭領の腕を掴むカーシャの両目からは涙が溢れていた。
「私…怖くて…逃げたの…皆んなを助けなきゃいけないのに、自分だけ、逃げたの…ごめんなさい…」
エルスがやって来て、辺りを警戒する。
遅れて来たアミネは、カーシャの様子を見て、ハッと息を呑んだ。
「謝らなくていい。危険を感じたら逃げろと、私がいつも言っているじゃないか。カーシャはその言い付けを守ったんだ。それで皆んなの危機を私に知らせてくれた。よくやったぞ、カーシャ」
ノネレーテはエルスとアミネの方へ顔を向けた。
「駐屯所の裏にトミア兵の馬車がある。それでこの子を運びたい。頼めるか?」