第8章「満月と三日月」【7】
ようやく剣を抜く事が出来たが、その頃には右肩からほぼ垂直に斬られていた。
「俺はね、賞金稼ぎは全部殺すって決めてるから」
裏口にいた仲間が駆け付けてきたが、既に数名倒れている事に驚きを隠せない。
「もたもたしてると無抵抗のまま死んじゃうよ?」
宿の一室では、ゼオンとトミア兵が向かい合って座り、いくらかの時間が過ぎていた。
「あんた、誰を待ってるんだ?」
トミア兵は涼しい顔で、ゼオンと目を合わせる。
「アミネとエルスを追いかける素振りもせず、ずっと座ったままだ。俺が足止めする必要もない」
それでも動かないのは、やはりノネレーテに真相がバレても構わないという事なのだと推測出来る。
「駐屯所で一人勤めのあんたには、いつまでも遊んでる余裕はないはずだ」
という事は、ここで誰かが来るのではないかとゼオンは読んだ訳だ。
「まあ、その通り。今はここで私の仲間と待ち合わせをしていてね。あんたらとの話が終わる頃には到着すると思ってたんだけど」
トミア兵としては思ったより話し込んで時間もかなり経過したはずなのだが、まだ待ち人は来ないようだ。
「すっぽかされたんじゃねえのか?」
「仕事での仲間だし、私の方が立場が上だから、それはまず無いよね」
「じゃあ、寝坊でもしたのかもな」
「ああ、あるとしたら、それかな。だけどそれなら構わないよ。物事は予定通りにはいかないものだし」
その“待ち人”が既に亡き者となっているとは、トミア兵も想像していないだろう。
コソ泥の男は一人で語りながら、賞金稼ぎを一人ずつ、一太刀で瞬時に切り倒していく。
「逃げなかったのは立派だ、褒めてやるよ」
これもまた、一太刀で仕留めた。
そして気が付くと、コソ泥以外に立っている者はいなかったのだ。
彼は倒れている者を見渡して、首を傾げる。
「おかしいな…」
その時、背後で物が地面に落ちる音がした。
振り返ると、青ざめた表情の女が立ち尽くしている。
彼女の足元には紙袋が転がっていて、その口から食料と思しき物が飛び出していた。
「なるほど、そういう事か。どうりで一人足りないと思ったよ」
コソ泥は歩いて彼女に近寄る。
そこで彼女は我に返ったのか、踵を返して逃げようとした。
コソ泥はぴょんぴょんと軽快な足取りですぐに彼女に追い付き、背中から斬ろうと剣を振りかざす。
ところが次の瞬間、自分の周囲から数十の人の気配を感じ取った。
剣は振り下ろしたが、さすがに動揺して手元が狂い、浅くしか斬れなかった。
もう一度斬ろうとしたが、あっという間に数十名の男たちに囲まれてしまった。
「おい、何だ、お前ら⁈」
男たちは剣を腰に帯びたままで、抜いてはいなかった。
戦う気はなさそうだが、この数が相手となったら不味いとコソ泥も慎重にならざるを得ない。
女は逃げてしまっただろう。
するとコソ泥を囲む男たちの中から、一人の大男が進み出てきた。
「おお、良かった。無事だったのだな」
大男は安心した表情でコソ泥の顔を覗き込む。
「いや、誰だよ、あんた?」
「おお、おお、心配するな。私の名はレザナム。ユドード様に頼まれて、君を迎えに来たんだ」
「えっ、誰?」
「いや、だからユドード様だ」
「いやいや、ユドードって誰だよ?」
「えっ?」
「えっ?」
「君はロッグディオスじゃないのか?」
「知らねえよ。俺はロッグディオスじゃないから」
レザナムは、かつて大盗賊団“大地の爪”の頭領としてリグ・バーグで大暴れしていた男である。
大きな斧を振り回し、近付く者を薙ぎ払っていた。
しかしある時、大軍を投入したリグ・バーグ軍に敗れ、部下を残して逃亡した。
だが結局逃げ切れず、捕えられてしまう。
そこに、やがてリグ・バーグ騎士団副団長となるユドードがいた。
このまま本城へ連行されれば、極刑は免れない。
レザナムは必死で命乞いをし、ユドードは自分の手駒となるならと彼を無罪としたのだ。
そして命の恩人ユドード様の命により、本城から失踪したロッグディオスをトミア国まで捜索に来たという訳だ。
「つまらない物ばかり盗むチンケなコソ泥がいるっていうから、てっきりそれがロッグディオスなのかと」