第8章「満月と三日月」【6】
十一人全員で近くの植え込みに身を隠し、小まめに交代を繰り返していた。
しかし中には既に飽きている者もいて宿へ戻りたいと言い出す始末。
それをパレムがなだめすかして留まらせる。
食料はこれまた順番に、一人ずつが店のある方まで走る事になる。
今日の昼食の買い出しは、ノネレーテを除く女性二人のうちの一人カーシャである。
見張りをしていたパレムが交代となって少し横になろうとしていた時、見張り番が彼の脚をチョンチョンとつついてきた。
「何だ…」
パレムが喋ろうとした瞬間、見張り番は自分の口元に人差し指を立てた。
次いで顎をクィッと民家の方へ向けたのだ。
のっそりと起き上がったパレムが枝葉の隙間から覗いてみると、民家の中へ人が入っていくではないか。
慌てて休んでいる他の仲間を静かに目覚めさせる。
いつでも声が大きい者に対しては、あらかじめ口を押さえてから声をかけた。
それから見張り番に声を潜めて問いかける。
「奴なのか、どうだった? 鼻は?」
「角度が悪くて確信はないけど、鼻は目立っていたような気がする」
「よし、確かめよう。全員、行くぞ」
面子を二手に分けて、民家の玄関と裏口に配置する。
玄関の仲間を扉のすぐ横へ潜ませ、中の人間が出てきた時にパレムの姿しか見えない様にした。
これで相手がコソ泥だとしても油断させられるはずである。
「まったく、世話が焼ける連中だ」
民家の中にいる男は、窓から外の様子をこっそり窺いながら吐き捨てた。
「全然隠れてない。丸見えだぞ」
ため息をつきながら窓を離れ、奥の台所へ向かう。
この男、パレムたちが追っているコソ泥ではない。
例の“トミア兵”の仲間である。
この民家へパレムたちを誘導してきたのは、彼なのだ。
盗品専門の商人へ簡単に辿り着けたのも、彼のおかげである。
パレムたちに情報が回ってくるよう、各所に手数料を払って頼んでおいた。
商人には、この家の場所を教えるように依頼する。
そう、この家はコソ泥のものではない。
彼があらかじめ用意しておいたのだ。
彼が“トミア兵”から受けた指示は、しばらくの間賞金稼ぎの面々をこの民家に釘付けにしておく事。
その為に今日は民家の中へ入ったのだ。
もしも誰も来ないままだったら、賞金稼ぎの連中が諦めてここから離れてしまう可能性があるからだ。
彼らに刺激を与える為なのだ。
どうやら賞金稼ぎたちが植え込みから出てきて、玄関と裏口に回り込んだようだ。
「やれやれ、焦り過ぎ…!」
彼は後ろから伸びた手に口を塞がれた。
一体いつから、どうやって気配を殺していたのか、そう考えるのも束の間、彼は背中に激しい痛みを覚えた。
その切先が胴体を貫通し腹から突き出る頃には、その感覚も麻痺していた。
刀身は彼の身体の中で半回転してから、抜き取られた。
彼は力を失ってそのまま倒れるところを、背後の者に支えられ、静かに床に横たわった。
彼を刺し殺した者は頭からフードを被っていたが、鼻だけは見えた。
大きかった。
緊張しながらパレムが玄関の扉を叩く。
しばらくは音沙汰がなかった。
「あれ、いないのか? いや、そんなはずは…」
玄関と裏口には仲間がいるのだし、例え窓から出たとしても気付かない訳がない。
もう一度、パレムは扉を叩いた。
すると今度はすぐに扉が開き、中から人が出てきた。
パレムは、彼の鼻を見て確信した。
「お前は、賞金首のコソ泥だな?」
男は無表情でパレムの顔を眺めている。
「あんたらは、賞金稼ぎだな? ど素人の」
ヒュン、空気を斬り裂く微かな音がした。
剣がパレムの首の左半分を貫いていた。
声を上げる事すら叶わなかった。
刀身が抜けると、パレムの身体は仲間たちに見守られながら後ろへ倒れていった。
「へへ、無防備だなあ」
男はパレムの血に濡れた剣を振りかざしながら表へ歩み出た。
「パレムが! パレムがやられたー!」
かろうじて一人が危急を叫ぶ。
裏口まで届いただろうか。
その間に、もう一人が胸から腹を一太刀に斬られ、またも倒れていく。
「遅いって、そんなんじゃ誰も捕まえられないよ」